第20話「野心の末路」

「レイリ、周りの機械人形オートマタが邪魔だな」

「3分あれば十分」


 答えた言葉は、ぶっ放したサブマシンガンの発射音であっという間に掻き消された。

 飛び散る破片が宙を飛び、粉塵が舞い上がる。

 被弾した一体が、爆音と火の粉を散らして吹き飛ぶ。

 俺は地を蹴り、頭上高くへ飛び上がった。

 応戦すべく、戦闘態勢に入った機械人形オートマタ達を飛び越え、ヴィクトルの操縦するジガンテの背後へ――着地と同時に左方、右方から飛びかかる2体に撃ち込んだ。

 機械人形オートマタは爆音と共に、跡形もなく爆散。その破壊力は以前よりも増している。至近距離で撃てば、俺自身も危ういほどだ。


『取引に応じる気はないのだな?』


 念を押すように、ヴィクトルが低く落とすように問いかけた。


「ないって言ってるだろ」

『そうか、よくわかったよ!』


 振り返る勢いのまま、ジガンテの腕を薙ぎ払った。

 寸でのところでかわし、飛び越え、再び頭上へ。腕に数発撃ち込んでみるが、普通の機械人形オートマタとは強度が違い、びくともしない。

 着地した直後、迂闊うかつにも機械人形オートマタに背後を取られた。羽交い絞めにされ、腕の自由がきかない。この距離でニトロ弾を打つにはあまりにも危険過ぎる。


「フラン、頭下げて!」

「っ!」


 振り向いた時には、すでにレイリの体は宙にあり、飛び蹴りの態勢だった。

 間一髪かわしたが、薙ぎ払った足は背後の機械人形オートマタの頭を直撃。千切れ飛んで、無残にも転がった。


「俺の頭まで蹴り飛ばす勢いだったな」

「フランの反射神経なら、避けられるって信じてたから」


 軽口を叩いてと身をくるりと翻し、背後から迫る機械人形オートマタを次から次へと撃ち抜く。逞しさに感心していたそこへ、ヴィクトルが迫っていた。

 俺を大人しくさせるには、レイリを捕まえた方が早いと考えたのか。狙いをレイリに定めているのがわかった。


「やることがいちいち腹立つ男だなっ」


 足元に転がる機械人形オートマタを、ジガンテに向かって思いっきり放り投げた。落下する機械人形オートマタと、ヴィクトルが乗った操縦席が一直線に重なった瞬間、機械人形オートマタにニトロ弾を撃ち込んだ。

 その爆発が思いのほか大きく、爆炎と黒煙がヴィクトルの視界を完全に塞いだ。この隙に逃げられる――レイリの腕を掴み、走り出そうとした時だ。

 視界の煙を晴らそうと、ヴィクトルがジガンテの腕を大きく薙ぎ払った。その腕が目前に……レイリに迫っていた。


「レイリ!」


 とっさにレイリを突き飛ばした。腕は俺の体を直撃。ミシッと、体の中で嫌な音がした。


「フラン!」


 弾き飛ばされた体は床に叩きつけられ、それでも勢いは止まらず、転がって、保管されたジガンテの足にぶつかってようやく止まった。


「フラン、しっかりして!」

「大丈夫……」 


 駆け寄ってきたレイリが、倒れた俺を起こそうとする。だが、体が思うように動かない。

 確かに痛みはあるが、それ以外の何かが違う。息苦しさと気怠さがあって、体から生じた力が、足に伝わる前にスルスルと抜け落ちるような感覚がして、上手く立ち上がれなかった。


『やっと大人しくなったか。さて、もう一度聞こう。素直に取引に応じるつもりはあるのかね?』


 ジガンテの中からヴィクトルが見下ろしている。今までの態度も気に食わなかったが、この見下ろされる構図と、勝ち誇ったようなあいつの顔は、今までで一番気に食わない。


「……仕方ないな」


 レイリの身の安全を考えれば従うしかない。この状態で抵抗するのは無謀だろう。

 諦めかけたその時、通信機アステリに通信が入った。力なく耳に押し当て、聞こえてきたリョウジの声を聞いて、俺は思わず笑ってしまった。


「悪い、今の話はナシだ」

『何をいま――』


 言い終わる前に、爆音と共にジガンテの機体が後方へ吹き飛ばされた。

 西棟に繋がる昇降機に、ロケットランチャーを構えたリョウジとコウがいた。見慣れた顔だが、レイリは嬉しかったのだろう。涙ぐみながら、俺の体をギュッと抱き寄せた。


「フラン、間に合ったか?」

「少し遅い」

「リョウジ、コウ、手伝って! フランが起き上がれないのっ」

「起き上がれない? 何があったのですか?」 


 駆け寄ってきたコウは、ぐったりしている俺の顔を覗き込んだ。それでもよく見えなかったのか、眼元にかかっている前髪を指先で撫でた。


「ちょっと、あれの腕に弾き飛ばされた」


 横たわっているジガンテを指差して、ヘラヘラ笑った。普段そんな笑い方はしないが、痛みのせいで少しおかしくなったのかもしれない。くつくつと笑っている俺に、さすがのリョウジも不安になったらしく、確かめるように何度も肩や腕に触れた。


「どこか、痛むところはねぇのか?」

「少し、怠いっていうか……」


 リョウジは腕や足、腹や胸と順に確かめる。何気なく、心臓に手を当てたリョウジが目を丸くする。耳を当て、何度も何度も確認し始めた。


「……フラン、聞こえねぇぞ」

「何が?」

機械心臓カルディアの稼動音」

「嘘でしょ!」


 リョウジを突き飛ばし、レイリも心臓に耳を押し当てた。

 しばらくそうしていたが、ゆっくりと体が離れ、俺に顔を向けた時は、うっすらと涙を浮かべていた。


「本当に……聞こえない」

「まさか、さっきのあれか?」


 腕が直撃した時、妙な音がした。あれのせいで止まったのか。そうだとすれば、少々厄介だ。


「……ぅっ……」


 ガランッと、何かが落ち、微かに声が聞こえた。見れば、負傷したヴィクトルが、半壊したジガンテの機体から、ズルズルと這い出てきた。


「くそっ……こんな、ことで」

「おや、まだ生きていたんですか。しぶといヤツですね」


 ロケットランチャーから愛用の小型拳銃に持ち替えたかと思えば、コウはその銃口を、這いずっているヴィクトルに向けた。

 コウが何を考え、何をしようとしているのか、すぐに覚った。その状況だけは見過ごすわけにはいかなかった。動かない体を必死に動かし、俺はコウのシャツの裾を掴んだ。


「コウ、よせ!」

「放って置けば、ああいうヤツはどこまでも追って来ます。いつかは誰かが止めないといけないんですよ」


 その横顔は、俺の知らないコウだった。見据える目に映す感情は、冷たく凍りついている。殺し屋の目をした、もう一人のコウだ。


「コウ!」

「フラン、ここでの甘さは命取りになるんです。憶えておいてください」


 引き金に手をかけた瞬間――機体はさらに爆発を起こし、激しく燃え上がった。傍に倒れていたヴィクトルはその巻き添えになり、炎に包まれる。叫びも、呻きもやがて消え、その声は聞こえなった。


「深く、強過ぎる欲は己の身を滅ぼす……悲しい末路ですね」

「コウ。撃たないでくれて、ありがとう」


 かけた言葉に、コウがハッとしていた。振り返って俺を見るその目は、いつもの綺麗で澄んだ目に戻っていた。


「……そうでしたね。何も奪わないと、約束したんですよね」

「思い出してくれたなら、それでいい。それよりコウ。頼む、肩を……」


 思うように動かない体を、リョウジとレイリの肩を借りて起こし、少しだけ踏ん張ってコウに手を伸ばした。持っていた銃を取り上げ、いつも隠しているコルセットの中に突っ込んでやった。


「しばらく、使用禁止だからな」

「はい、はい。わかっていますよ」

「そんなことより。この状態で、どうやって西棟から逃げるかが問題だよね」

「でもまだ、逃げ道はあるんだな~、これが」


 リョウジが見ていたのは、ジガンテを外へ運ぶための大型昇降機だった。ただ問題は、それが地上に上がったままになっているということだ。


「降ろしたとたん、機械人形オートマタが増員されたらどうするの?」

「んー、その心配はないと思うぞ」


 何を根拠にそんなことが言えるのか。疑いの眼差しを一身に受けながらも、リョウジは躊躇うことなく昇降機を下ろした。

 万が一に備えて身構えながら、その間に通信機アステリでロロさんへと通信を繋いだ。今頃、レイリの身を案じて気が気ではないはずだから。


「もしもし、ロロさん?」

『おぉ、フランか。どうだ、レイリは無事か?』

「えぇ、ちゃんと連れ戻しました」

『そうか! よかった』

「ロロさんは、無事ですか?」

『わしなら平気だ。荷物を降ろし終えた後、すぐに研究所を離れたからな。いやぁ、久々に重いものを持ったせいで腰が痛くてな』


 通信機アステリの向こうで、「あー」とか「うー」と唸りながら、ロロさんがトトンッと腰を叩いている音が聞こえる。それだけで、家に帰ったような安心感を覚えた。


「帰ったら、リョウジにでも揉ませますよ」

『そりゃあいい。ところで、そっちの状況はどうだ?』

「最悪です。かなり予定変更になりますが、東棟地下4階の倉庫から、ジガンテ用の昇降機で外へ向かいます」

『だが、外へ出たとしても、足がなければ逃げられないだろう? どうするつもりだ?』


 どうするかと言われても、ここにあるのは採掘用機械人形オートマタのジガンテだけ。使えそうなのはそれくらいだ。何もないよりはマシだろうか。


「幸い、ここにはデカイ乗り物がありますので。暴れながら外に出るのも一つの手ですね」

『そんなものより、いいもんがあるぞ』


 ようやく、地上に上がっていた昇降機の姿が見えてきた。すると、そこに緊急脱出用の小型飛行船があり、操縦席にはロロさんが乗っていた。さすがに、これには笑うしかなかった。


「いいものが手に入れたから戻ってきちまった。使えそうか?」

「えぇ、かなり使えそうです」

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