我々は宇宙人だ

甘木 銭

我々は宇宙人だ

 白昼堂々UFOが飛来した。

 それは、はるか上空でキラっと光ったかと思うと次の瞬間には目の前にいて、アルタが一休みしていた公園にゆっくりと降り立った。


 いつもは子どもたちが遊んでいる昼間の公園だが、今日は珍しくアルタの他に誰もいなかった。


 あまりに突然の事態に理解が追いつかないアルタは、持っていたカップを地面に落としたことにも気づかずに、ただ口をパクパクさせることしかできなかった。

 はっと我に返ったアルタは足もとにぶちまけてしまった黒い液体を眺め、ため息をつく。


 一体、目の前で何が起こっているのか。

 一旦周りを見て、この現実離れした光景を見ているのは自分だけだと悟る。


 一人では心細いので、出来れば誰かにいて欲しかったが、人影が一切見当たらないので諦めた。


 ならばいっそ逃げてしまおうか。

 一瞬そう思ったが、何故かそれ以上に好奇心が湧いてきた。

 アルタは昔から好奇心が強く、図鑑を読んで宇宙についての知識も豊富だった。

 昔読んだ本の内容を思い出し、本の中だけの存在だった宇宙人が目の前にいるかもしれないことに軽く高揚する。


 アルタは改めてUFOの方に向き直ると、それをじっと眺める。

 目の前には卵型の大きな物体が、ただ何も言わずに鎮座している。

 つや消しの白で塗装されており、卵型のボディから脚のようなものがいくつか飛び出している。


 宇宙船のようにも見える。

 ますます宇宙人の存在に期待が高まる。


 UFOは二階建ての一軒家ほどの大きさをしており、所々に窓のような丸い部分があるが、そこから中の様子を伺うことは出来ない。

 今のところUFOに動きは無い。


 無人機なのか、それとも宇宙人が中にいて外の様子を伺っているのか。

 何も起こらないうちにこの場から逃げてしまうべきなのだろう。

 しかしここで逃げてしまうと、しばらくモヤモヤとした気分のままで過ごすことになりそうだ。


 アルタが葛藤していると、卵の一部がドアの様に左右にスライドした。

 その中から、アルタがいる場所の五メートルほど先に向けてゆっくりと階段の様なものが伸びてくる。


 アルタが怯えながらもその様子を見守っていると、階段が出てきた口から一人の二足歩行生物が出てきた。

 見た事も無い生物。

 その奇妙な出で立ちは、しかし不思議とアルタに恐怖を覚えさせることはなかった。


 彼は、アルタからすれば確かに宇宙人と呼べるものであっただろう。

 だが、アルタが知る限りのエンターテインメント作品で宇宙人として描かれる物とは外見が全く異なる。


 アルタには彼が異形のものに見える。

 しかし、その動作からは知性のようなものが感じられ、自分に襲いかかって来る様子も見られない。

 それに、彼の体の表面の質感はおよそ生物のそれでは無いものだ。つまり、服を着ている。


 人類以外に服を着る生物がいないので、自分達と同じ様に服を着る文化のある生命は「人類」だと認識できた。


 アルタの中の好奇心がいよいよ抑えがたい物になってくる。

 宇宙の彼方からこの星までやって来ているのだ。

 自分たち以上の文明を持つ異星の「人類」となら、対話が出来るかもしれない。

 彼らが何故ここへ来たのか。そして、彼らの住む星はどんな所なのか。

 アルタは、カップを拾ってさっきまで座っていたベンチに置くと、液体が染みて黒くなった土を踏んで、宇宙船の方に向かって歩いた。


 丁度階段を降りてきたところだった宇宙人は、こちらを見て少し驚いたような様子を見せる。

 ……表情が豊かな種族だ。

 人類の進化には、表情の発達によるコミュニケーション能力の向上も関わっていると聞いた事がある。

 表情豊かな宇宙人は、やはり人間に近いものを感じさせる。


「はじめまして、この星の人類だね?」

 宇宙人を観察していたアルタに向かって、彼は口を開いた。


「あ、あなたは……」

「我々は宇宙人、かな。君たちから見ればね。遠い、遠い星から何年もかけてやって来た」




「でもこんなにスムーズに違和感なく話すことができるなんて……技術の進歩ってすごいなあ」

「まあ二年間も言語データを収集し続けていたからね。うちの翻訳機は優秀だよ」

 人気の無い公園のベンチに宇宙人と二人で腰掛け、アルタは彼らの星の話を聞いている。


 宇宙からやってきたのに会話ができるのは、彼らの星の翻訳機がお互いの言語をリアルタイムで翻訳し、肉声に変換しているかららしい。


「じゃあコフジさんは二年間も宇宙を漂ってたんですか!?」

 コフジ、というのは目の前の宇宙人の名前だ。


 固有名詞なので独特の発音だったが、アルタの知り合いにも似た発音をする苗字の人がいるので勝手にそう変換した。

 もしかしたら実際はもう少し違う音になるのかもしれないが、これ以上正確に文字に起こせる気がしない。


 なんにせよ、アルタは彼のことをそう呼ぶことにした。

 コフジは、肌の色や角の有無など、些細な違いはあるが大体アルタ達と似たような姿かたちをしている。


 知性の高い彼に、アルタはすっかり気を許していた。

 彼の話を聞くところによると、彼らの星は人口が増えすぎて食料や資源、土地が足りなくなり、新たに住める星を探して宇宙を旅していたらしい。


「この星の周りを回っていたのが二年だから、実際に宇宙を漂っていたのは十年くらいかな。これでもかなり早い方だがね」

 どうやら相当な苦労をしてきたらしい。


「しかし、この星はとても良い星だな。故郷を思い出す。少し科学は遅れているが」

「そりゃあ宇宙の彼方から来るぐらいですからね。私達なんか、まだ何年もかけて近くの惑星にしか行けないですし」

 アルタは、自分が宇宙開発に携わっている訳でもないのにそれを我が事の様に話した。


 しかしコフジは特別それを気にする様子もなく

「自動車がタイヤで走っているのを見た時には、歴史の授業を思い出したよ」

 などと笑っている。


 車がタイヤではないということは、SF映画などで見たことがある飛ぶ車だろうか。

 気になったので、後で詳しく聞いてみようとアルタは心に決めた。


「ところで、我々がこの星に移住してくることは可能だと思うかね?」

 コフジは、これが本題だとばかりに、突然空気を変えて話し始めた。


 アルタも釣られて深刻な調子になり

「どうでしょう。私は大歓迎ですけどね。宇宙人と共存するなんて、なんだか素敵なことじゃないですか」

 と、答えた。

 これはアルタの素直な気持ちだった。


「君以外の人達は?攻撃されたりはしないかね」

 と、コフジが静かに尋ねる。


「すんなり受け入れてくれるんじゃないでしょうか。それに、この国は武力を持っていませんから。代わりに科学は発展してますけどね」

 これはアルタの希望的観測かもしれない。

 この国の住人は自分と違うものに対しては閉鎖的だ。


「と言っても、まだ自動車がタイヤで走る程度ですが」

 心をよぎった不安を誤魔化すように冗談めかして言う。


 アルタとコフジは、お互いに顔を見合わせてニヤリと笑った。


「いや、たくさんの情報をありがとう。やはり宇宙から観測するだけではわからないことがたくさんあるものだな」

 コフジが静かに述べる。


「私はこの星をすっかり気に入ったよ。是非ともここを安住の地としたいものだ」

 笑顔でそう続けたコフジはその場で立ち上がり、ポケットに手を突っ込んだ。


「それは良かった。俺に協力できることがあればなんでもしますよ」

「ああ、ありがたい」

「しかし、あなたの星はそんなにもここと似ているのですね」

 


 アルタはコフジの横顔見つめると、この星に住む人達の事を思った。

 そして、自分がこの星を離れなければならないとなった時にはどんな気持ちになるのかと考えた。

 そしてふと、コフジが浮かべた表情は、悲しみよりも複雑な感情であったことに気付いた。


「ああ、とても似ているよ。ここにいるとどうも故郷を思い出してしまう」

 そう言うと、コフジは深呼吸して微笑んだ。


「君はこの星が好きか?」

 コフジの質問に、アルタの意表を突かれた。

 この星が好きか?

 今まで考えたことも無かった。

 しかし、きっとそれは考えるまでもなかったからだろう。

 その問いへの答えは自然に出てくる。


「ええ、好きです。とても大切な星です」

 自然と、アルタの口元に笑みが浮かんだ。


「そうか、それは申し訳ないことをするな」

 コフジの手がポケットから抜き出された途端、アルタの意識が急激に遠のいた。


「先程、協力できることがあればなんでもしてくれると言っていたね。いや、ありがたい。丁度、この星の人類の身体のデータが欲しかったのだ」

 薄れる意識の中で必死に言葉を拾うが、アルタにはコフジが何を言っているのか分からなかった。


「君の反応を見る限り、この星の人類は外宇宙の存在に対して警戒が薄いようだしね。軍事力もこちらが圧倒的に上だ。簡単に侵略することが出来そうだよ」

 何を言っている。何を言っている。こいつは、一体何を……


「協力のお礼に、君にだけは教えておいてあげよう」

 アルタの目から光が消え、やがて瞼も閉じられる。


「我々の星、地球にはもう既に土地も、資源も無い。とっくに死んだ星なのだ。我々は死んでしまった地球の代わりになる星を求めて宇宙を旅していた。そして見つけたのがこのザルサ星だ!我々は協議の結果、この星を二つ目の地球とすることにした」

 何を言っている?こいつは、一体何を……


「軍事力化学力共に地球の文明レベルを遥かに下回るこの星ならば、宇宙に駐屯している本体を呼んですぐに支配することができる!!この星を奪うことが!!!」

 この星を奪う、つまり……つまりこいつらは……

 途切れかけていたアルタの意識は、最後にハッキリとその言葉を捉えた。


「我々は、侵略者だ」

 アルタの意識が、完全に途絶えた。

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