17 裏取引
「クムスタ・ポ・カヨ」と、社長が呪文? を唱えた。
「発砲ネ、発砲ネ」と、蹴りをかました迷彩パンツが中背に苦笑いを残しどこかへ消えて行った。
「な、なに?」と、小声で訊けば、
「ハポネは日本人。多分、お前の発音で分かったんじゃないか。歓迎してくれてるようだ」と、社長が応える。
デカ痩せが我々に立つように命じ、スティーブを加え、きちりと並ばせ、小デブが防水カメラを取り出し、4人の団体マグショットを納めた。
「Do
「オフコース」と、中背。ここだけは聞き取れた。そして、
「
筋骨が草むらに置いたファイルを拾い上げた。折り畳んだ何枚かの紙、ツァラツァラと選び、抜き出し広げればカルメン周辺の地図。赤バッテンが数カ所あり、胸ポケットから赤いマーカーを出し、口でキャップを外し、現在地辺りに一つバツを加えた。2人で残念そうに顔を見合わせている。
通訳によれば、山下財宝専門の探索チームで、都度の結果はパトロンに報告義務があるそうだ。空振りや敵対組織との遭遇にも慣れている、そして昔、中背とスティーブとはブラジリアン柔術の道場仲間だったという。
「互いに尊敬し合える同士だ、今度は一緒に探そう。なにか情報があったら連絡してくれ。お前らのことはサイバーチームがずっとウォッチしていた。分配金は保証するので現場は俺達に任せろ」と、名刺を差し出した『トレジャーツアーズ』だと。
ツアーガイドのような会社名だが、こっちは名刺など持ち合わせていない。気遣ったのか、
「お前達の会社は知っている、D&Hだろう」と、オレに目線を向ける中背。たじろいたが、それはコイツです、と社長に振る。
しばらく考えているのか、
「お前達の組織は、何人いるんだ?」と、社長。
「オーナー以外に、実働部隊6人、ハッキング担当2人、会計1名、全部で9人」
社長も独自に組織を作るつもりか、
「ウチの日本の会社より多い。ウチは僕を入れて7人だ」
なんだ、そのやりとりは。フレンドリーなのはいいが、そんなんでいいのと小一時間、問い詰めたいものだ。
スティーブに云わせれば、元々、フィリピン人は争い事は好まず、南の島の暴力沙汰は外部勢力の仕業だという。
ともあれ、撤収の準備が完了したトレジャーツアーズ「Good-bye, baby」と紀美に向かって言うので、
「シーユー、ネクスト」とオレが返事をしてやった。
「エンジョイ」と、敗残兵のように去って行く、お疲れ様でした。
離れた辺りでウィンウィンと3輪バギーのエンジン音、何が WIN・WINだ、クソったれ。
*****
かえって今回、宝が見つからなくて良かった。もう1人、見張り役を忍ばせておく作戦は当然だろう。筋骨は山刀の他に拳銃を持っていた可能性もあり、財宝が見つかればズドンかも知れない。まあ、考えてみれば、今後も宝探しを生業とし続けるのであれば問題を起こさない方が賢明ともいえる。
スティーブが社長に「ツナギを脱いで待っていてくれ」と言い、荷物を取りに行くからと、オレを誘う。巻いたままの指銃口をからかうと、照れくさそうに銀のテープを外しだした。
リュックを手にUターン、中身をかき回しながら歩くスティーブ、取り出したのは万能薬タイガーバーム、日本ではブームが終わってるが、この際ありがたい。
ツナギをキャンプシートにして座り、パンツ一丁で紀美と談笑する社長、ん、どういうつもりだ、宥めていると思いきや完全にセクハラだ、本当に適当な……それは、誤解……今の今まで気づかなかった・
紀美と社長、あー〜〜なんてこった、そういうこと、失望なんてもんじゃない、つまらない、もうつまらん、ブーだ。蹴られた社長の太ももなんて、なんのことは無い、見ろ、ちょちょいとスティーブが塗布して終わり、だ。仕方がない、いよいよオレも杜へ突入してやるか。
*****
道具を用意したものの壊す手間の省けた入り口、爆薬の臭いも残っている。顔を見合わせ先鋒はスティーブ、社長、紀美、オレ、と続き、頭を打たぬよう低く狭い入り口を抜ける。
足元はフカフカとやわらかな土の触感、大型の懐中電灯を照らすスティーブ、石室と同じくらで広さは20畳ほど、いびつな多角形、何もない。もぬけの殻、ポカ〜〜ンと心に染み入る喪失感……腹の底から空洞感。
鼻を鳴らせば微妙に漂う獣臭さ or アンモニアか、壁を見れば石積みを突貫したようで、モルタルで埋めたところや腐って角材が抜け落ちたような穴。
「これはイメージしても、ここまで表現しきれない造形だ」と社長が褒めるが、もはやオレの知ったことではない。天井を見れば、かすかに漏れ出る光。
「空気孔か、コウモリはあそこから出入りしているな」
……いや待て、それはないだろう……確か、大量のコウモリだった。ということは、現状、彼らは上にビッシリ高密度にぶら下がっていて、ときおり耳をかすめる音は糞の爆弾であって、足元は・
「スティーブ、ちょっと」と、ライトを下に向けてとジェスチャー。光の輪を見れば、おぞおぞおぞましい、小さなムカデやダンゴムシ、わけの分からぬ線虫、長い足でシャカシャカ動く早いヤツ・
「ウェッ!」早くも逃げ出す社長、足を高く上げ大股で、吊られてスティーブも、オレも、
「待って、竹浪くん」と、悲壮な紀美。
「な、なに?」
「私、動けない、やだ、オンブ」
「えっ?」
少し後退、少ししゃがんで、両手を後ろにまわし、
「靴、オレにくっつけないでよ」
大股で、足を高く上げ一歩二歩、社長とスティーブを光の出口に追いかける。
「絶対、落とさないでよ」
オレはダチョウ倶楽部のメンバーじゃない、が、ダチョウのように大きく3歩目、
「足、大きく開いててよ」
「うん、お願い」と、オレの首をきつく締めている、苦しい、頭をぶつけそうな出口、腰をかがめて、
「気をつけてよ」
「痛っ」と、板っぺらが落っこちた。
「止まって!」と、紀美が言うが、
「勘弁」と、脱出できた。
ゲラゲラ笑っている社長とスティーブ、いずれにしろ各自、付着した靴の汚れをそこらに擦りつけたり
「さっき、落っことした板、なんか字が書いてあった。竹浪くん、拾ってきて」と、紀美。
「ええっ……」
でも、誤解は誤解であったと信じよう。紀美が頼よりにしているのは社長よりオレの方だ、よかった。
*****
外に持ち出した板切れを鑑定する。整然とカットされ、文字が書かれ、間違いなくこれは看板。泥、ホコリを払い、掠れてはいるがハッキリ読み取れる文字、日本語、板に記されていたのは『二号トーチカ』
「ブホッ!」と、オレは口に含んだ水を吹き出した。
「汚ったねーな、篤、なんだよ」
「バカバカしいです、この銘板、笑えます」
「どういうこと?」と紀美。
「いいすか、例の地図に書いてあった、万、十、千、カ。あれは『万』じゃなく『号』なぜかと言えば『二』と上の『口』が消えてて読めなくて、逆にキズを字の一部だと思い込んだのが『十』で、実は『ト』棒線は木目かキズにまぎれて認識できず。『千』と『カ』はそのままカタカナの『チ』と『カ』ですよ。暗号解読の答えは、二号トーチカ」
静穏閑寂………紀美がオレの顎を指し、
「どぅ、血、カに刺されたとこ、止まった?」
貼られた銀のテープをベリッと勢いよく剥がせば、あれよ、また、血が垂れてきた。スティーブがシノゴ言わさず再びダクトテープを貼ってくれる、今度は小さめ。
「あの宝探し屋達、ボクの顎を見て笑ってたり、してなかった?」
その質問には誰も答えず、しばしトーチカへの想いをはせる。
スティーブによれば、日本軍のボホール上陸は1942年、ということは戦闘に備える余裕がまだあった頃の築造で、終戦後に内部は片付けられ出入り口は封鎖されたのだろうと。
今は杜となった先人の遺作、ここが2号であるならば他にも仲間がいたはずだ。周りの景色に融け込み、ただ一人、忘れ去られたまま数十年……哀愁が共鳴してくる。
久々にお天道様を浴びる銘板、草のマットに置かれ、それぞれがそれぞれの気持ちを込めて別れを告げる。
オレ的には、有色人種だって人間ぞ、との人種平等、それを自己犠牲を厭わず白人至上世界に認めさせたご先祖様、ただただ感謝……敗れはしたが全人類に対する意義は大あり……
「争奪戦も終わったし、看板と入り口をリセットするか」と、社長。
*****
再び眠りにつくトーチカ、ニッパ椰子やスコップで出入り口に布団を掛け、手を合わせる。
「元には戻せないけど、このくらいかな」と、顔まで泥だらけ、汗を拭う紀美。
「あー、という結果になりましたが、痛み分け。それより、生死を賭けられ、たいそうお疲れであられました先人の方々、バカな我々をお許しください」
アラッ、と思ったがオレと同じような懺悔心を持ち合わせる社長、キッパリと言葉に出すとはオレより偉い。
汗まみれのスティーブもしょげているが、
「ハポネ、アリガト、カタヅケ、フィリピナス、ダメね」
あの宝探しチームがいきなり撤収したことを怒っているようだが、まあ、
「財宝はなかったけど、紀美ちゃん、記念にトーチカの銘板と入口を復旧した証拠写真、フェイスブックにアップしとけば」
「それは、まずいでしょ、トーチカ壊した犯人だと思われて。今、自分のケータイ持ってないし」
結構真面目に働いた社長も、
「アイツら片付けという言葉を知らないのか、あれじゃ火山島でもゴルフクラブ使いっぱなしで、料金なんか置いてくなんて思えんな」
「……ランディ、ボルケーノ、来てない」と、スティーブ。
「ワット」と、社長。
ランディというのは多分、ヤツらのボスの中背のことだろう。
「火山島で発砲したことを謝ったが、それはなんのことだ? と言われた」と。
どういうこと……火山島の3人組って……謎の勢力、えっ? 社長も困惑しているが訊いてみる。
「あの、もしも、あの火口湖に突き落とされたら、我々どうなっちゃうんですか?」
「火山活動が活発化してる時はペーハーが極端に下がって硫酸並みだ。僕が考えた血の川どころじゃない、落ちたらじっくり溶けて白骨化だと思うぞ」
「社長、私たちに火口湖に下りてみようか、って言ったじゃないですか」と、紀美。
「いや、あれは冗談だよ、そのくらい解ってよ」
「……社長、そこから血の川を思いついたわけですね」ツンとする紀美。
「いや、アチラらは本気で我々を消そうとしてたんだ、我々が消えたらホーンテッドもやりたい放題だ」
「ただの、お化け屋敷ごときで?」と、オレ。
「なんだ、ただのお化け屋敷とは、そうじゃないんだ。一回いい実績を作ればアジア圏を制覇できる。その他諸々、中古の遊戯機種だってトッディのことが邪魔なんだ、目の敵じゃなくて抹殺対象かもしれない」
「なんで社長そんな仕事してるんですか、私、夢を感じて会社に入っただけなのに」
「紀美ちゃん、大丈夫だよ、僕を信じなさい」
「なんか、手を打てるんですね?」
「いや、あー……」
「社長、まず、探偵です。どうして情報が、と言うか我々の行動を察知されているかです」
「ん、そこだ」
「紀美ちゃん、悪いけど、犯人は紀美ちゃんかもよ」
「ど、どうして?」
「フェイスブックだよ、ライブ配信してたでしょ」
「えっ、でも、私、プライバシー設定してますよ」
「宝探しの連中も言ってたけど、ハッカーにしてみれば簡単に覗けちゃうんだよ」
「えー……」
「解体現場で美彩ちゃんが言ってたのは、SMSで連絡してくれって。フェイスブックはSNSだよ」
「あっ!」
「そういえば、美彩から変なメッセージが来てたな『五十嵐さんと地下に行って来ま〜す。ゴエモン台、怖いけど新しい仮設路できて、もう、明るくなってま〜す』って。なんのことだ、地下って?」
「それで社長、なんて返したんですか?」と、紀美。
「気をつけてね〜、って」
「紀美ちゃん、ガセ企画を送ったのは誰に?」
「えっ、社長とデイブさんだけですよ。デイブさん、ちょっと怪しいから」
「デイブじゃないって、前にも言ったけどアイツはそんなことするヤツじゃないって」
「美彩ちゃんへは?」
「送ってないわよ、ガセだし、混乱させちゃうと可哀想だし」
「のんきなこと言っていられないですよ、見えたじゃないですか」
「何が?」
「なんで五十嵐さんがゴクモン、晒し首のことを知ってるんですか」
「あっ! 五十嵐ということだ。ハッカーはアチラの会社で、アイツは寝返って向こうとツルんで仕掛け物を再生して……だからアチラも低予算にできるんだ。なんてヤツだ、許せん!五十嵐、シバいてやる。で、なんで地下?」
「お化け屋敷の地下にあるんです、ゴクモンは。多分、コンテナに積むのに美彩ちゃんたち、寸法を測りに行くんだと思います」
「違うよ紀美ちゃん、そんなレベルじゃなくて、我々をマジで襲おうとする奴らだから、あそこ、今にも落盤しそうだし」
「なんだぁ! 落盤? ……トッディがあの現場で人身事故起こせば、出入り禁止、いや、トッディ自体、会社吹っ飛ぶ」
「やだー、美彩ちゃん死んじゃうなんて」
「バカだな、まだだよ、そうならないように焦るんだよ、社長、携帯は?」
「よし、メッセージだ、美彩と五十嵐を離れさせよう」
「社長遅いから、私、打ちます」
「ダメだ、電波来てない!」
「携帯Wi-Fiは?」
「ホテルだ」
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