16 財宝の行方

「我々はホテル内で怪しまれている」と社長が言う。フロントマンによれば「バックパッカーの利用は、ほとんど1泊」我々が一体何をしているのか知りたがっているようだと。


 人の心を読むのが苦手、そんな社長が言うくらいだから、よっぽどのことかもしれない。


 深夜までのガセ企画が尾を引き、バギー屋さんに着いたのは10時を回りかけ、訊けば「レンタル物件は保有バギー3台、全部貸し出し中」とのこと。

「早朝にやって来て、叩き起こされて頭にきている」と言う。


「なぜ、レンタルをキープしておかなかったんだ」と、社長はオレを責めるが、しばらく思案。借り出し名簿を見せてもらっても意味がない、ここから真っすぐジャングルを突っ切れば5キロ、幹線道路を8キロ行き、そこから突入すれば1キロ、後者を選ぼう。


 チップをはずみレンタル屋さんに送ってもらい風を切るピックアップの荷台、これぞ昭和の清々しさ、今日の突破口は小さな集落。


「この人たちはゲリラでも政府軍でもない」と、レンタル屋さんの説明がありがたかったが、物珍しさか子供達に纏わりつかれ携帯食料を配り、あぜ道で別れを告げる。いつまでも手を振る子供達、若干サンタクロースの幸福気分を味わえた。


 再びジャングル、スティーブが山刀を左右に振るケモノ道、ターシャはもういい、とにかく急ぎ足だ。カエルもヘビもクモもものともせず、こんがらかって暑い。


 今日も晴天、吹き出す汗、容赦なく草木が放つ鞭、連日の歩行に愚痴をこぼす足、その油断が踏み込ませるグチッとしたぬかるみ、本能的に前者の道を選ぶから同じムジナ、信じて良いのか文明の利器GPS、なんとか開けた広場に近づくことができ、間違いなく紀美発見の鎮守の杜も見え・


 そして居た、誰だ? 地元の猟師でないことは確か。


 ジャングルを抜ける手前でスティーブがストップを掛けた。

 あの3人は火山島の3人組に似ている、紺の上下、デカ痩せ、小デブ、中背、どう見ても似ている。


 さらにブッシュをかき分け、鎮守の杜から出てきた2人、ダークグリーンのTシャツに迷彩のカーゴパンツ、この2人は雇われ兵かも知れない、危険な匂い、小柄だが均整のとれた体つき、合計5人か……一様にフェイスマスクを掛け不気味な連中、今度はデカ痩せを残し小デブと中背が杜に入って行った。


 何か武器のようなものを持っていると思えるが、何ともいえない。ただ言えるのは用意周到のはずだ。こちらに隠れる場所は充分あるが蚊の襲撃は無慈悲、巻き上げたツナギの袖を下ろし、軍手の端を伸ばし上げる。今日の軍手はカーキ色だ。


 紀美がバックパックから虫除けスプレーを出し、首の後ろを社長に噴霧してもらい、交代し社長へ、そしてスティーブ、黒い影が飛び去り……言わぬことはない、大降りのヤブ蚊に左顎を刺されたオレ、擦ればかなりの血が軍手に付いた。


 なんということだ、大きな穴をあけられたようだ。こちらでも秋口の蚊は素早いのか、でも季節は今、冬、ここは蒸し暑い。


 それを見かねたスティーブ、リュックから銀色のダクトテープを取り出し、指3本分の幅をちぎり、有無を言わさず張付けてくれた。このアメリカンな防水テープ、

「ケガも直せて、賊を逮捕した時は縛り上げることもできる。万能だ」と、愛用心を誇る。色違いも何色かあるそうで、再び灰皿の制作に取りかかった。


 こっちにあるのは素人が揃えた探検道具だけ、どう対応すべきか、非常事態なだけに禁煙破りも大目に許す紀美、お礼に、

「こんな所で捕まったら、まるで、チョコの奴隷だね」と、言ってみた。


 リラックスしてもらいたかったが、受けなかった。小デブと中背が杜から出て来て輪になって話を始めた。


「あれは撤収準備中だな、向こうも我々が来ると思って焦っているみたいだ、いいぞ」と、社長。

「……どういうことすか?」

「ん?」


 社長とスティーブが合わせたように、いつもと違う目つき。せわしなくタバコの火を消し、リュックから抜いた携帯ホウキとタガネをT字にダクトテープで連結止め、柄の端部をテープで何重にも巻きだした。


 先端は空洞の筒状に分厚く巻き、それを覗いて社長に渡し、

「オートマチック・ファイアアーム」と言い、今度はハンマーにテープを巻きだした。


「なに? なんのこと?」と訊けば、

「日本語で言うマシンガン」と、社長は左手で銃身下のタガネを握り、脇にホウキの穂を挟み、振り回して乱射の真似、


「男はいくつになってもフロンティア大好きだからね。先に手を出されたって奪われたままじゃ、格好つかないぞ」

「って、何のつもりっすか? エッ、まさか」


「ジャストモーメント」とスティーブ「イッツ、ユア、ピストル」

 トンカチのグリップに銀色のダクトテープを巻いた先っちょだけのピストル? 出来てしまった。渡されたオレ、バランスと持ち方に疑問を感じるが、スティーブが「Tシャツを脱げ」とのこと。


 応急製作の火器類を下に置き、ツナギのジッパーを下ろし、腕を抜き、モスグリーンで揃えたTシャツを脱ぐ男3人。ゲームでは運の要素を取り入れた方が面白いというが、こんなダミー火器ではエスケープこそ命と感じられ、リセットボタンがあるなら押したいところだ。


 クリアーとなった上半分、紀美に鑑別されているようで、クロスした手ブラで振り向いて魅せる。

「……」またもや受けず、冷たい目つき。


 チーと考えればズルっ子はヤツらだ。鎮守の杜を見つけ掘り返した労役をなんとしてくれよう。脱ぎ着も早く自分の人差し指にテープを巻きだすスティーブ、

「ディスズ、マイン」そして、「We can't run away hereヤルしかないね.」


 社長とオレの目を確認しているが、なんなの、ホントのところオレはワイルドじゃないし探偵でもあるまいし。スティーブは社長にマシンガンを構えさせ、その上にTシャツを掛ける。


 オレの場合は右手にハンマー、左手をその上に添えるようなポーズをつくらせ、まあ、こんなところだろうと、同じくTシャツでカモフラージュ。


 社長が何を思い直したか場面を巻き戻し。工場から唯一持ってきたという造形作業用マスクと防塵ゴーグルセットを皆に配布し、我々の悪党感をアップさせた。


 額に汗の滴るスティーブ、

「ここに隠れて、動くのダメ、ステイ」と紀美に指図し、地べたのリュックに「チキンイズ、ユーズレス」と祈念。


It will rush行くぞ

 ガサガサッとブッシュを掻き分け、野原に躍り出た、右に社長、左にオレを従え、

「Don't move, Freeze動くんじゃねえ! Face to the rear後ろを向け」声を荒げるスティーブ。


 輪になり作戦会議中の5人、ビックリマナコが見て取れ、言われるまま即座に背を向けた。

「Don't shoot please撃たないでくれ おねがいだ please」


No, we won't撃ちたくはない」と、スティーブ。

「ライジング・ユア・ハンド」

 社長がそう言い、オレにもなにか言えと尖った目線。


「ナ、ナ、ナ、イスミーチュー」

 振り返ろうとする迷彩パンツ、

「ドンムーブ・バックハンド!」と、社長が怒鳴った。


 血の川ほどの距離を残し、

Side by sideそこに並べ」と、スティーブが一列に並ばせ、いつでも撃てるスタンス、荒っぽい元警察官だ。


 社長は実物を見られないよう静かにマシンガンを草むらに置き、賊に近づき順に身体検査を始めた。モールで見かけたハイテクな電磁棒はここには無い、ダイレクトな触診、うごめく賊達、懐中物に手を出すつもりはないようだ。


 その状況をピリリと監視するオレ、少しでも不審をみせれば発砲するつもりだ、ワイルドだじぇい。なにより武器を揃えたスティーブのテキトーさ加減にカンパイ、その彼は銃を構え首をコキコキと素早く動かし、目でなにかを語っている……ことに気づいた。目線の先は草むらにカーキ色の2つのリュック。


 近づき手に取り、口を開け逆さに振る。ボトボト落ちてきたのはミネラルウォーターや携帯食料、考えていることは同じだ。もう片方は明らかに重たい、工具と思われ、持ち上げずに引きずるように中身を出す、やはり工具の類、違う! ヤバイよこの人たち、これはなんと爆薬の類だ……


 ひるまず、リュックのポケットを触りまくってみるが、どこにも宝は無い、と、スティーブにジェスチャーを送る。


 社長も武器は無しの合図。山下財宝はどこに置いた? スティーブが太もものサイドポケットからダクトテープを出し、奴らを脅し始めた、

Where was it hidden?どこに隠した


Nothing anywhereどこにも無かった」と、中背。

You cannot trust it信じるか、ボケ」とスティーブ、片手しか使えないので歯でダクトテープをアムッと噛み、ギリッと伸ばした。


It's true本当だ」と中背、ダクトテープでの束縛を恐れているようだ。

Don't play a trickバカにしてるのか、コラ」と、スティーブ。


Check it out. There自分で確かめてみろ、 was already no 財宝なんかありゃしないtreasure」と、中背。


「ヤ、イヤッ!」と、後ろから女の声。


 振り向けば、紀美の首に突きつけられた蛮刀、筋骨隆々……陽に焼けた褐色の腕、紀美を正面に軽々と抱え……近づいて来た。半泣きで足をジタバタさせる紀美。胸に触るな、

「やめろ!」飛び出したが、オレは草むらに顔面打撲。誰かに足首を取られた……


Throw away armsうでを下ろせや」と、筋骨隆々。

「……」な、なにを言っている?


 伏せたまま横目で見れば、スティーブが腕に掛けたTシャツを外し、間抜けな指を見せた。


 痛さと屈辱で泣きそうだが、ゆっくりと正座する。その横に、ドサッと捨てられる紀美、クシャクシャに泣きだした。なんてことするんだこの野郎、許せん、許せんが……今はこの状況を甘受するしかない。


 不覚さを滲ませる社長、後ずさりしスティーブの横に立ち、2人でハンドアップ。形勢逆転。すかさず進み出た迷彩パンツ、ガサガサと草を掻き分け社長の武器を探す。それを見つけ、上げた顔は赤鬼、

Fuck You! Crazyふざけんな!


 バスッ!と、社長の太ももに回し蹴り、

「ウッ」と、うずくまる社長。見事に我々のボスを見分けた。

 金具の付いた靴、今度は顔面蹴りを狙う迷彩パンツ、あー・


Stop!やめろ


 中背が止め「Release落ち着け」と言った。こいつが奴らのボスなのか。迷彩パンツ2人に見張らせ、離れたところで再び話し合いを始めた。


 全員正座で横並びの4人、太陽は火照るが冷や汗ジトジト、時間の流れが遅い……このシーン、覚えがある、ウォーキングデット・シーズン7の冒頭だ。


 思い出せば……確か、見せしめに鉄条門のバットで滅多打ちにされ、1人殺された。従順さを躾ける手口……殺られるのはフィリピン人のスティーブか日本人代表、というかオレ達のボス、社長、だし、これは彼の企画案件だ、不条理なことは避けてくれ。


 特に、紀美には手を出さないで欲しい。神様お願い、ここで転生……でもオレだけ転生のワザを使うわけにはいかない、紀美がいる、まだ陽も明るいし、たぶん無理。


 それに他人の器とはいえ、死ぬのはきっとオレ、そんなの嫌だ……


 スティーブが相手のボス、中背を睨みつけた。やめてくれ穏便になんとか助かる方法がベターだ、と、立ち上がりマスクセットを投げ捨て、歩み寄った、ボディガードの犠牲心か……


 なのに、中背が眉毛をクイクイさせ、笑顔? 話を始めた……タガログ語のようだ。裏切り者はスティーブだったのか……紀美が言ってたが本当にあてにならない社長だ、よりによって、こんなヤツをボディーガードに雇うなんて。


 火山島の出来事は……財宝は無かったと話をつけに行っただけだったんだ、威嚇射撃じゃなくて援護射撃ってわけだ。よくある手口とか言って、誤魔化しやがって。


 よく見れば、コイツらの持つ武器はスティーブが持っていたのと同じ山刀、お揃いだ。昨日の晩、道具を手配すると出かけたのも……来た……最後の審判……


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