15 パクリ

 泥まみれのツナギ服から抜け出し、作戦会議となったダイニング。食卓に並んだのは海鮮料理、昨晩とほぼ同じ構成。


 座っているのは社長とオレ、引き続きビールはサンミゲルだけ。貴重品をトートバッグに詰め遅れてシャワー室から上がって来た紀美、頭にタオルを巻いたまま、デジャブーなのか、それでも今日は社交の場にバレないオシャレな巻き方。


「スティーブさんは?」と、訊く紀美。

「スティーブはロッジの車を借りて、近くの町まで何か道具がないか探しに行ったよ。お宝の山分けは見つけてから考えればいいんじゃないか、って」と、乾杯。


 紀美は膝に紙ナプキンを敷き、白身魚を切り分け、パクリと一口、

「……この、お魚は?」

「これが、ティラピア、タイに味が似てて熱帯タイだね」と、社長。


「あー、タール湖で養殖していた」と、紀美が隣の皿に目をやり、オレにチャレンジしろと。


 オレは、再びフィリピンマリネを口にし、耐え難き酸っぱさ、震えがデジャブ〜。

「今日のキニラウはサワラかな」と、してやったりと社長。

 紀美がティラピアを気に入ったようで、2口目、


「……これ、そのまま塩焼きしたら日本の鯛みたいでおいしです。オリーブと香草が効いてて、そういえば構想中に調べていて分かったのは、日本でお化け屋敷が流行りだしたのは 1970年代の後半からで、その頃の3Dっていうのは、ダーク、デッド、デバイス、だったんですって」


 って何だよ、いきなり企画の話かよ。ビールで口直しをして飲食再戦、まあ、俺の場合は1970年代を知らないわけではない、つい先日までそこに居たんだから。春巻きを魚醤に付け回し、


「なるほどねー、笑っちゃうけど全くその通りだね」とテキトーに、うん、この味イケてる。


「最初の頃は、歩いて来たお客さんに対してスタッフが人形を動かしていて、それから映像の時代になって、次に、音響を合わせたホントの3Dの時代になって、今はまた元に戻ってスタッフ対応がベストみたいですね」


「紀美ちゃん、キニラウ全然酸っぱくないの?」

「ええ、社長は?」

 勧められれば仕方がない、酢漬けを口にし……激しく首を横振り、オレと同類だ。


「ダメだー。僕はね、メカものだと金掛かるし、センサーとかメンテも大変だし、今の時代4Kテレビで臨場感は格段にいいけど、やっぱりリアリティ出すんだったら、スタッフ使うしかないと思うんだよ。驚かし役だって、こっちは人件費安いからね」


 そこへスティーブが驚く早さで戻って来た、

「タガネとハンマーが手に入った」席に着き、社長が薦めるまま出遅れを取り戻すがごとく宴に加わった。


「驚かし役ってどうなんですか? 面白くて、それが生き甲斐になった人とか」と訊きながら、やっぱエビが一番美味しい。


「う〜ん、そのバイトはやったことないからな」と、社長がビールを追加オーダー。


 こんどはイカのグリル焼きが出てきた。つい先日、河原でやったBBQを思い出す。紀美がフォークに刺したイカマイクを社長に向ける、

「それなら一層のことダークライドにしちゃったら、イカが?」と。


「……」

「なんちゃって」と、首を傾げる紀美。仕方なさそうな社長、


「今回は予算ないから控えさせていただきます。そちらからいただきました提案書によりますと、まず、怪しげな森のキューライン、おどろおどろした玄関周り、入るとダンスホールとか食堂、図書室、いくつかの地下室、といいますか拷問部屋。もっと廊下を迷路的なコース取りにすれば、ゲスト同士でインタラクティブに驚かしっこが成立すると考えます」と長い答弁、乾いた喉にビールを流し込む。


「日本から送って来る材料で大分まかなえるんじゃないかなー。首受けの木棺は壊しちゃったけど、ギロチンの本体はまだ使えそうですし」と、紀美。


 アドボ、というチキンの酸っぱ煮が出てきた。オレも何か言わなきゃ、


「出口通路の幅を狭めておいて、大きな鏡。見てはいけない予感がするけど、気になって立ち止まる。反対側にあるクロスの掛かったテーブルの下を掘り下げておいて、熱いチキンか冷たいコンニャクで足首を触る。驚いた顔をマジックミラー越しにショット、記念写真の売り上げ、バッチリ儲かりますよ」


 アドボを自分の皿に取った社長、

「ありきたりだな。それは安心したあとの最後のもう一驚かしで、セオリー通りだけど、それだとニオイが付いちゃうでしょ。コンニャクはひねり易いけど、ボクが一番売りにしたいのは、脱出をテーマにしたヒネリなんだよ。あとは、チキンドアウトをどうするか」


「なんすか? チキンドアウトって」


「エスケープ」と、スティーブが応え、社長が「イエス、グー」と返したが、ここまで日本語の会話に加われなかったスティーブ、社長とハイタッチをしてフォークを落とした。


 同時にピローンと社長のスマホの音がして「デイブからだ」とメール文を読みだした。喋らず飲食に専念できる。あれ取りこれ取りビールを飲んで、社長の顔をチラ見すれば……小刻みに引きつり、自失気味……皆の手と口が止まった。


 長文だったのか呆れたように報告する、


「山の遊園地のオーナーのところにアチラの役員が来て、自社のホーンテッド提案の内容を事前伺いしたんだと。初代提督の館のストーリーをたいそう気に入って、その迅速さを褒めちぎったそうで、その方向でデイブのチームも進めて、もっと面白く展開出来ないだろうか、そうじゃなければ金額勝負、だって」


「だって?……おかしいでしょ、それ。パクリ? 先に話されたら、まるで、こっちのストーリーをこっちがパクって真似しろ、ってことですか!」と、涙目でいきり立つ紀美。


「ハア、だよな、なんちゅー先手の打ちよう。そこまでやるか、だよ。オーナーもオーナーだよな、事前伺いなんて、あってたまるか、だよ」


 ……2人に割って入る隙がない、ポカンとしているスティーブ。いや、ここは、

「我々、やられたら、やり返さなくていいんでふかっ!」って、舌を噛んだ。


「いや、やるときはやりますよ、思いっきり! 叩き潰してやろうじゃないか、クソッたれ」


 油を注いでしまったが、

「ところで、なんで我々と同じ内容なんですか?」


「ん? 誰だ……漏らしたの」


「ボクが思うに、単純に考えれば、デイブさんじゃないですか」


「いや、アイツはそんなヤツじゃない……漏れてる? ハックだ、ハッキングされているんだ。アチラさんならやりかねない、火山島の3人組もアチラが雇った危ない連中だ」


「やだー、私怖いです、社長」

「大丈夫だよ紀美ちゃん、そこにスティーブもいるし、8千万くらいのことじゃ、まさかられたりしないよ」


 スティーブが笑顔を見せた。しかしだ、社長はなんたる楽天主義者、なぜ、そんな簡単に言い切れる。話を戻そう、


「冷静に考えれば、真似されているのはストーリーと簡単なレイアウトまでで、その先、何をどう具体的に配置するかは分かっちゃいないはずです。特に、脱出方法なんか、まだだし」


「アチラらに提案内容の深い意味とか面白さを理解できるとは思えないし……そうだ、ガセだ、ガセ企画を今まで通り同報メールで流してパクらせよう。誰が情報を漏らしているか掴めるし。それで、ガセの目玉は何にする? アチラを困らせるようなヤツ、なんか無いか?」


「ほら、紀美ちゃんが骨を拾って、ボクの頬っぺに、ペタッってくっつけてくれた」

「やだ、まだ恨んでるの、そんなこと、男のくせして」


「いや、そうじゃなくて、あそこにあった干し首台はどう? あれ5連くらいの長さじゃないかなー、名前を……ゴクモンにするとか」


「切り落とした首を台の棒に刺して晒すやつでしょ、私、ゲーム・オブ・スローンズ見るのは好きだけど、実物は遠慮したいな。でも、これ架空の企画だよね、それならOK、それでいきましょ」


「よし、ヤツらを拷問にかけてやる。紀美ちゃん、日本から磔のセット、間違いなく送られてくるよね?」


「ハイ、美彩と私で確認してリストにも記載されてます」


「あの、ですが、予算的には我々が勝ってるんじゃないんですか?」

「向こうの予算は……うん、円換算すると……7千万円、なんじゃあ?」


「アチラ製の造形で揃えるつもりですかね」と、紀美。


「そんなんで出来る訳がない、3百坪あるんだ、あそこは、って、俺が見つけた倉庫も使うつもりなんだ、ホントにとんでもなくズーズーしい奴らだ。だけど、断言する、建築タダでも7千万じゃ、チープなものしか出来ないはずだ」


「でも、それはオーナーには判断できない。もー、何から何まで悔しいったら、もう絶対ゆるせない! ストーリー考えるのに色々調べて何日掛けたと思ってるのよー」


「よーし、僕が仇を討つよ。最後の選択はこうだ。血の川を渡る、いつ落ちてもおかしくない吊橋で3本、間違った橋だとゲストが橋ごと落っこちる。煮えたぎる川幅は5メーター、いや、それはちょっと無理だから3メートルにしておこう」


 な、何を考えている、アホか、

「そんなの、客が死んじゃうじゃないですか!」


「バカだな、お前は、だまし絵と照明で見せるんだよ。実際に深く掘るけど、当然、下はソフトマットだ。本物の血の川を造ろうとしたら、いくら掛かると思ってんだ」


「プロですね、さすが社長」

「アーッ! なんだ、お前、俺のことなんだと思ってんだ」


「アッ、いえ、そんな、」

「そんな、なんだよ」


「まあ、まあ、まあ、でも、社長、アチラはアスワングのデザインなんて知らないはずですよ」と、紀美。

「そうだ、本社に言って、2、3案描かせて、すぐ送れって手配して」


「でも、私、イメージ、まだ」

「でも、が多いな紀美ちゃん、アスワングのイメージだろ」


「ええ社長、社長は、なんかあります?」

「おっ………おー、そうだ篤、この前、火山島でやったよな、あれ、そこで、もう一度やってみてくれる」


「エッ! こ、ここで、ですか」

「そうだよ」


 やるしかない、この状況、立ち上がり……片足ジャンプしながら左右に、USA、USA、ウッソだろ……外国人に笑らわれる、カーモン、ベイビ〜・・


「分かったぞ紀美ちゃん。曲げた右腕を肩のところで可動式にして、左足にバネをつけて、その台座を左右に動かすんだ。そうだな、ん〜、工場にあったやつを改造して150万もあればなんとか出来るな」


「姿は翼竜で、背中はできるだけ反らせるんですね」

「そうだ。そうだ! トッディオリジナルで販売すれば、元が取れるかもしれんぞ」


「でも、翼竜の手と翼はくっついてて、バラバラには動きませんよ」

「そんなこと気にしちゃダメなんだよ、我々は夢を売ってるんだから」


「……顔は間抜けな変顔ですか、それとも、あくまでも怖く、ですか? ベロだすとか」


「しゃ、社長〜、ハァ、もう、ヤメても、いいっすか〜」

「なんだ篤、まだやってたのか」


「ア、アスワング、それ、どこに置くんですか?」

「入り口、入ってすぐ」と、口を揃える紀美と社長。


*****


 渡るの怖いが渡れば天国な向こう岸があって、だけど脱出するには冒険せねばならない。チキンは嫌だし、飲み干したビール瓶がどんどん増えていく。


「待ってください、その次なんです、ボクがこだわりたいのは自分で進路を選べる要素をもっと増やしたいんですよ。他人が通った道じゃつまらないし、自分の道を自分で決めるところに達成感があると思うんですよ」


「それいいな、簡単には思いつかないだろうけど、その道で進めてよ、ヒネリの小径とか。小径の先に執事の奥さんが居て、優しそうに手を振ってて、行ってみたら鬼婆だったりとか」


「それって新キャラですよね」と、紀美。

「ツノ付のヤツはスティーブのリクエストだからね。フィギアにして売ってみるか」


 スティーブは半分寝ていて反応なし。キャラのグッズもそうだが、スーベニアで売るべきスイーツも考えなければならない。


「ショップの土産物なんだけど、ここの売店に置いてあるチョコレートヒル名物のヒルチョコ、紀美ちゃん見た?」

「あれってどう見てもキスチョコの大型番だよね、会社へのお土産はあれかな」

「出張なのに会社へお土産?」


「お前は本当にオンナ心が分からん奴だな、そういうお客さんがいてくれるから我々の商売が成り立つんじゃないか」

「そうでした」


「竹浪くん、バツとして持って帰ってね」


「僕はあれより、とろけそうなチョコマンみたいな感じがいんだけどなー」

「社長は自分が言い出した、万十、に拘ってますよね」


「ありがと。とろっぽい感じで紀美から本社にチョコマンギャルのキャラデザインお願いしといてよ」


「違いますよ、チョコは全く関係ないんですよ。タガイタイで売るんだからホラーモノ、女吸血鬼アスワンムースとか」


 それぞれビンビールやカクテルを口にするが、ポッと目を覚ましたスティーブは飲み残したまま「グンナイ」限界笑顔で部屋に向かった。


「私、思ったんですけど、コウモリ男だとバットマンで正義の味方、それがコウモリ女だと吸血鬼の悪女、不公平じゃないですか」と、紀美。

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