14 飛び出すコウモリ

 樹林の切れ間に直線経路と思われる生活道路を見つけ距離が大幅に稼げた、が、道らしきはここまで。


 まずは周囲に人が居ないか確かめスプレーの掛け合い。そこそこの出来栄えとなったオリジナル迷彩のツナギ、ミリタリー風の帽子、同系色で大きめのリュック2つ、野っ原に3輪バギー、隊員の意志を確認する。


「ここから、ほぼ真北へ2キロ、各自トリップメーターを戻してチェック。怪しげな山、たぶんトーチカに見せかけた山、それが財宝の隠し場所だ」


 そんなリーダーシップに燃える社長。オレは気づいた、

「これ、メーター、マイル表示です」


 目配せを受けた紀美が社長のスマホのコンパス表示を計算機に代え、

「1.25マイルです」と応え、再びコンパス表示に戻し、その指先で、

「あの根元が斜めに生えたヤシの木の方向です」と。


 どう見ても皆同じようで、ヤシが斜めっているのは普通だと思う。この際、この周辺に一つだけの機器、それを見られるのは紀美だけ、危機は来ないと信じて行こう。


 走行禁止区域の説明を受けたが、それはどこだかバギーにまたがりスロットル、こういった場面でのセリフは「ヒャッハー!!」だが実際に発声するのは恥ずかしい。


 本領発揮の迎えくる激しい凹凸、水を跳ね、石を蹴飛ばし、襲い来る背の高いブッシュや木の根っこ、バイクの免許を持たないスティーブを後に乗せるオレ、しっかり抱きかかえられている。


 前を行くは社長にしがみつく紀美「誰かのイビキで、よく眠れなかった」と、そんな寝言は振り落とされそうで通用しない。俺の不満は、背中に紀美ではないことだ。


 まともに走れる区間はごく僅か、ジャングルが現代人を阻みだし……バギーを止めた。


「ここまでかー、ここから先は徒歩だ」と、社長。

「あと、0.3マイルです」


 紀美はそう言うが、ここまでのうねりを加味すれば信憑性に遠い。リーダーの社長は「たったそんだけ、よし、あともうちょいだ」

「隊長、マイルです」と、オレは再び注進。


「5〜600メートルというところですね」と、紀美。

「ウェルアゴ」スティーブも意気揚々。この人は、奥さんになんと言って出てきたのだろうか。


 派手な赤ラメの3輪バギーに別れを告げ目立たぬファッションで歩破体制、小山と小山の間は湿地、展望台から見たカワイさとは雲泥の差、ジャングルサバイバルだ。


 紀美が背負っていた食料品のリュックをオレにバトンタッチ、ズシリと重い道具入りのリュックを担いだスティーブが先頭、次にオレ、紀美を挟んでしんがりは社長。


 どうやって持ってこれたのか、さすがは元警察官、スティーブが首尾良く山刀を取り出し、Vの字切って露払い、

「ドゥユノ、ボルテスV?」と、オレに話し掛けてきた。


 なんだか知らないがフィリピンで大受けした日本のアニメらしい。後ろの紀美に訊くが「知らない」とのこと。通訳役不十分なので隊列を、スティーブ、社長、紀美、オレとする。


「超電磁マシーンボルテス・ファイブは合体ロボットもので、ツノを生やした邪悪な宇宙帝国との戦い。それがマルコス政権の度を超えた独裁と腐敗ぶりと重なり、悪の帝国が崩壊に至る最終回の放送を打ち切られながらも、却ってそれが1986年のフィリピン革命の士気を高めた」とのこと。


「そのアニメはマジンガーZの次にあたるものだ。マジンガーZも巨大ロボットだ」と、社長がロボットアニメの歴史を説明する。


「このチョコレートヒルズも、巨人か大鬼が造ったという伝説がある。だから、ツノを生やした鬼はフィリピンでもポピュラーな恐怖アイテム、皆んなに受ける」と、アドバイスをしてくれる。ツルが頭をかすめ倒木を跨げば泥溜まり。


「キィー、キィー」と鳴き声、

「ターシャだ!」と、紀美。


 今度は「キュン」と。立ち止まり樹林を見渡す紀美。


「今のは、自分だ」と、スティーブ、

「ターシャは超音波で会話するので聞き取れず、夜行性で昼間はほとんど寝ていて観光施設でなければ見ることは難しい」と、いつの間にかガイド役。


 色とりどりの花や不思議な形態の植物、携帯のコンパスを頼りに進めば、奇跡的に開けた空間、絵に描いたように広がる草原、裾に濃い緑をあしらった抹茶の小山。


「この辺りはカルメン・ヒルズという地名で、植民地時代にアメリカ人観光客が『まるでチョコレートみたい』と言ったことから、チョコレートヒルズになった」と、スティーブ。


 そのネーミングに恨み感など無いようだ。そもそも「カルメン」という町の名前自体フランスっぽい。本当は昔からの現地名があるはずだ。そんな安易なことでコロっと名前を変えるなど、許されるべきではない。そういうオレの名は、生まれて翔、幸治、そして篤、どこかで止めて欲しいものだ。


「ここらで」と、ツナギのジッパーを下ろし涼む社長。

「みんな同に見えるんですけど」と、紀美。


 3Dプリンターでポコポコ打ちだしたような世界、大自然と最新テクノロジーの融合だろうか、時間はまだ9時半、さてさて……


「一つ、登ってみたらどうですか?」

 紀美のグッドアイデアに漏れなく同意。


 山裾のジャングさえ越えれば、あとは芝山。ホコリを土とし草が生え、枯れてまた土となり、それを繰り返し幾万年、それでも芝しか生えぬ表土の薄さ、すべらぬように山登り競争、約10分。


 展望台から見たお仕着せ景色と一味違う爽快感、観光客皆無の稀少な体験だ。それはそれとし場所は近いと思われるのだが、分かったことは、

「まいったなー、これは……上から見ても、周りはみんな同じだ」


 山頂にて、お山の大将然とした社長、ガックリと座り込む。


「GPSは?」と、尋ねるオレ。早くもペットボトルの水が無くなった。

 紀美がリュックからニューボトルを取り出し渡してくれるが、残念顔、


「GPSの電波は受け取れるんだけど、地図は携帯電波からの受信で、それが表示されないから今どこに居るのか使えないの、これ」

「使えないんだー、それ」


 微妙な空気が流れ、思い出したようにスティーブがリュックをまさぐり、タバコと銀色のダクトテープを取り出した。器用に灰皿を作り「プカーッ」と天に舞い上がる煙。1本ずつ分けてくれ、と2人の男。


「社長、禁煙宣言したはずですよね」

「あ、いや、それは国内であって、海外ではいいってことにしてるんだよ」


「竹浪くんも、ここのところ吸わないから、偉いと思ってたのに」と、睨む紀美。

 睨まれても後ずさりはできない、転げ落ちる。なんだ、オレはタバコを吸っても良かったのか、でも、この場は素直に消そう、その方がポイントが高そうだ。


 芝山の頂上、放射状に寝転べば何も無い青空にケムリが絵を描き、

「そうだ、地図が無いなら地図を作ればいいんだ」と、社長が跳ね起きた。


*****


 ロッジのダイニングテーブルに陣取る社長「携帯の電波が届かない山でも、地図を読み込んでおいてGPSとシンクロできるアプリがある」と言う。


 タブレットは探検に持ち歩きたくないのでスマホにインストールするとのこと。ベースはネットから切り取れるけどその写真地図と縮尺を合わせられるものなのか?


 これは時間が掛かりそうだ。立ち上がりロビーに歩けば「ターシャ」のポスターやチラシ、社長が「太鼓判」だと言いながら見ることの出来なかったメガネザル。


「社長、手分けして、ターシャ研究班を組織しませんか」と、言ってみる。

「うん、うん」と頷いている。


 それではと、観光施設を兼ねた保護センターに行くことにする。スティーブには、山下財宝探しの申請手続きや文化遺産に関する法規を知り合いに調べてもらうように頼んだ。


 その連絡を終え、ツアー責任者としての行程を嬉々と説明するスティーブ、

「ターシャの保護センターまで片道20キロ、1時間に1本のバス、2時間で戻って来られる。ロボック川のクルーズランチは無理。ホテルの人に幹線道まで送って貰いバスを待つ、その時間は、あと少し」


「よっしゃー」と立ち上がれば、

「篤は行かないよ、ここに残るんだぞ」

「ヘッ?」


 オレのブーたれ顔を見て、紀美が目を背けている。なんでよ、オレもターシャ仲間のはず。


「当たり前だろ、こういう地図を合わるの、お前じゃないと出来ないだろうに。預けたパソコン、持ってきてよ」

「いや、社長が、お得意なんじゃないんですか、平たく考えて」

「今、ここは、山場なんだよ」


 仕方がないので紀美達を見送り、ダイニングテーブルで地図合成中。さすがにケチな社長だ、我々には「ローミングは絶対繋ぐな」と言っておきながら、自分は携帯Wi-Fiを持ち歩き感度は良好のようだ。今は、ソファーの方でグッスリと仮眠を取っている。


*****


 社長の膝をガシガシ掴み、

「できましたよー」と、揺さぶり起こしてやる。


「あ〜、ん……そこいら辺、歩いて、合ってるかチェックした方がいんじゃない」

「大丈夫です、完璧です」


「紀美達、帰ってきた?」

「まだです」


 一応、外を歩いて精度を確かめてみる。お手製のGPSナビ、うん、ロッジの場所はピタリだな、早く帰ってこないかな、何やってんだろ紀美達、完成したナビを早く見せてやりたいものだ。


 暇だからテーブルでランチタイム、しながらネットでチョコレートヒルズの画像チェック、色づいたライスの三角山に社長がスプーンを挿し、割れた断面、それは見ている画像と似ている。


「社長、これ、半分壊してる山、ありますよ」と、ノートパソコンを反転。

「砕石でも取ってるのかな、いや、前の前の地震で崩落したんじゃないか。しかし、表面の緑が薄っいな、これはほとんど中身、岩だね」


「あー、なんか、そんな構造調査かも知れないですね。意外と保護エリアの外だと、なにやっても良かったりして」

「うん、今は、山の個人所有は禁止されてるらしいけどな」


 社長も自分のパッドを見始め、

「民家も山ギリギリにへばりついているし、大変だなー、環境保全と生きる術」

「この、ロボック川の吊り橋はいいですね」


「足を踏み外したら、落っこちるんじゃないか。足場の竹も外れそうだし、竹じゃ滑りそうで、竹はダメだね、危なくて使えないね」


 竹、竹と、暗に竹浪であるオレのことをパワハラしているのか? 社長の名前は確か、水野ヒロ・なんとかだ。よし、

「下の川、水の色、悪そうだし、川幅が、ヒロくないから、悪辣なワニに食べられちゃいそうですね?」


「ワニ? フィリピンにもワニはいるけど、ここはどうかなー」


「僕たちー、仲良くしてましたー?」と、紀美とスティーブ、ハイな足取りでダイニングに入ってきた。


 ターシャ見学を楽しそうに報告するが、話が長く、「思ってたよりも小ちゃくて、カワイイ、カワイイ」の連発、それでも、

「餌の昆虫を捕まえるのが素早くてビックリしたけど、その後、頭からガジガジとムシャぶりだして、小ちゃいくせに目つきが凶暴で、ドン引きしちゃった」と。


 アレッ! 小ちゃい、ターシャは小ちゃい……五十嵐は機械掘削、陸軍は人力、

「あのですね、ある程度の小山を想像していたけど、日本軍が急場をしのいだとすれば、雑な盛土みたいなもの、なんじゃないすかね?」


「篤、賢いぞ、使えるなお前。そうだよ、その時の状況を考え現場に立って、だよ」

 いきなり立ち上がった社長、まだ食べ終わっていないのにフロントに行ってランチの清算を始めた。


「私たち食事まだです」と抗議する紀美に、

「ケータイ食料とペットボトルがあるじゃないか」と。


*****


「おかしいな、絶対ここいら辺のはずなんですけど」と、オレは思う。

「地図のセッティング、間違えたんじゃないか」と、社長。


 夕暮れ近づく草の原、自作の灰皿でタバコを燻らし、どっかり腰を降ろすスティーブ、重たい荷物を持たされ彼にも歩き疲れがみえる。


 忘れ去られるほどの時間を掛け小用から戻ってきた紀美、汗を垂らし助けを求めるように「あそこに、なにか…」


「……?」

 刺さったりでもしたのか? もどかしく足をジタバタさせる紀美、指す方を見れば、小ちゃな鎮守のジャングル。


 紀美の背につく男3人、歩み寄れば樹木や雑草に覆われ、マウンドだかなんだか分からない。想像していたものとは形がまるで違う、高さにして4〜5メートル、幅は電車1両分、樹木との合わせ技なら小山にも思える。


 まさか、宝箱の直埋めか。いよいよの戦闘に備え小用に向かうスティーブ。


「ガイガーカウンター、持ってきたよね」と、社長。


 ガイガーカウンターはオレが背負う食料パートのリュックの中、タオルで巻かれた黒いボックスを丁寧に取り出し、蓋を開け……なんじゃこりゃ、箱の大きさの割に小ちゃな物体、ポケット翻訳機とたいして変わらない。


「これですね」

 メインスイッチを入れ、

「……使い方、分かりません」


「貸してみろ」と、横取りする社長。地面に置いたガイガーカウンターを四つん這いで見ている社長、

「いつもと違って数値が全然出ないけど、壊れているのか合っているのか……」


「何が分かるんですか?」と、紀美。

「いや、なんとなく、ガイガーカウンターのチェックをしようと思ってね」

「……」


 徐々に変顔に暮れ行く紀美、それをチラチラと見てしまうオレ、視線をそらせばコトを済ませたスティーブ、腰を揺らし「バット、バット」と向かってくる。


 気疲れから気が触れたのか、何ゆえ紀美に対するセクハラを、オレは紀美の視線を守るように立ちはだかりスティーブの股間を睨みつける、が、バットは出てない。


 社長が察した、

「コウモリだ」


「コウモリ!」と、空を追う紀美、少女の目。

 濃い青空に黒き見事なコントラスト、一筆書きでカリグラフを描いている。その出発点はこの小山。コウモリが出てきたということはどこか抜け出す穴があるはずで、しかも、大量。


「社長、この山の中は空洞かも知れませんよ」

 コウモリといえば女吸血鬼「アスワング」ここのは小型のコウモリ、そこは関係ない、

「ここだ!」と、合唱。


「グッジョブ、ベリーナイス」と、社長の褒め言葉に照れるスティーブ。


「世界遺産さん、チョコっとゴメンナサイ」


 紀美のお祓いを終え、オレがツルハシを入れる。ズブッと入った。さらに中腹、ここもズブズブと奥深く……ネットで調べたチョコ山は表層が薄く中は無垢の石灰岩のはず。


「ここだ、間違い無い」と繰り返す社長、目が爛々と輝き「中は建物になっていて、入り口がどこかにあるはずだ」


 並々ならぬ馬力の社長を機関車に、スティーブ、紀美、オレ、ガサガサ山裾を掻き分け練り歩き、不自然に積み重なった枯れ葉や腐った幹、

「ここだ、篤、ツルハシ!」


 と、言われても、投げ渡すわけにはいかない。バケツリレーで社長の手元へ。振りかざしザックン、ザクンと数回目、「カッ」と、固い音がした。


 今度はスコップに持ち代えセッセと表層をどければ、斜めに造られた低い石積み。その反対側にもあるはずとツルハシで探れば、あった、同じような石積みが。


 入り口は人幅二人分、確定できればこっちのもの。大きな枝葉は社長とオレが投げて除け、堆肥のような土をスティーブがスコップで掘り捨てる。大きなムカデに恐れをなした紀美、退避し遠目からの現場監督、フンコロガシもミミズも嫌だと。


 午前中に聴いた「キィー、キィー、という声は、大コウモリだと思う」とスティーブ「英語ではFruit Bat or Flying Fox」だと言う。


 言われてみれば大コウモリの鳴き声はキツネの甘え声に近い気がする。それとも顔がキツネなのか。ノルウェーではキツネの鳴き声を知らないらしく、だからといって日本の「コンコン」はあり得ず、教えるには恥ずかしい。


 邪魔モノの撤去もほぼ終わり、出てきたのは封印された入り口。周りを塗り固めたモルタル、コツコツ頑張った割に低くて幅狭、狐の穴よりは遥かに大きいが、キツネに摘まれたようだ。


「任せろ」とばかりにスティーブが正面蹴り、ドカンといったが「ククッ」と足を押さえうずくまった。


 オレのツルハシも手が痺れるばかりで用をなさない、

「社長、こんなの無理ですよ。それに、空、見てくださいよ」


 見上げる空は、ダークブルー。


「暗くなったらジャングルを抜けられない! じきに夜になる、その前に早く戻んなきゃ」


 紀美、君はジブリファンか、それは千と千尋のパクリ、最初の橋のシーンで、まだ千尋だった時のセリフ、いや、ハクが喋ったはずだ。続けて、確かハクが「私が時間を稼ぐ」とか・


「撤収!」と、社長。


 遠望すれば、ほれぼれする夕焼けが別れを惜しんでいる。

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