12 トッディ・フィリピンオフィス

 向かいのバーガーキングで朝食を済ませて9時過ぎ、警備カウンターで入館証を2つ受け取りエレベーターで4階に上がる。


 廊下を左に曲がり、

「ここはね、モールのオーナーが強制的にオフィスを借りさせて家賃が高くてね、見て下さいよこっちの事務所なんか」


 ガラス壁から覗けば机の上に何もなく、切断されたままのケーブル類、

「結構、広い売り場面積でやってたんだけど、先月で夜逃げですよ」


 その反対のガラスドア「D&Hコーポレーション」磨かれた金属の浮き文字看板。

「この看板、高そうですね」と、紀美。会社名はデイブと社長の下の名前か。ドアを開ければこちらのスタッフ、約5名、立ち上がって挨拶をした。


「どうです? ここがウチのフィリピンオフィスです」


 パーテーションで囲った応接セット、壁の至る所に実績写真パネル、国際企業と誇示する大きな地球儀、世界主要都市を並べた時計たち、デイブと社長のものと思われる大型机、事務机が数台、そして、

「ここを使って」と言われ、ミーティングテーブルに荷物を降ろした。


 お土産の板チョコ20枚、3枚づつにして配る。笑顔こぼれるスタッフ達、日本の板チョコは人気があるようだ。


 ボホール島行きは明日、それはすなわち今日中にホーンテッドの企画書を仕上げる、ということ。


「今回は、ストーリーと概略構成と提示金額だけだし、本社の協力もあるし、もう大方まとまったようなもんだね」と、紀美は言う。


 ボホールの行程は3泊4日、オレと紀美はそこから直接日本に帰る。社長はマニラ残留というスケジュール。フィリピン6泊7日、その前に、奈良で2泊しているはずだから、全行程8泊9日、なんという人使いの荒い会社だ。


「私、馬に乗れなかったんですけど」

 近づいて来た社長に恨めしげに視線を投げる紀美。


「ま、いつでも乗れるからさ、今度、今度」

 絶対、嘘、いい加減、といった目をしている。オレはといえば、日本に帰れるのは嬉しいが、帰ったらどこに住めばいいのか、自宅もどこだか分からず、彼の地の生活に不安を感じてきた。


「僕はちょっと出かけて夕方に帰ってくるよ、それまでに終えといて」

「お昼ご飯、どうすればいいんですか」と、紀美。

「あのトンカツ屋、行ってみたら」と、出て行ってしまった。


 メールのチェックだけかよ、という感じ。代わりに入ってきたのはデイブ、今朝のハグは控えめだ。パソコンを広げ、書類に目を通し、サインをしたり、真面目に働いている。誰かさんとはえらく違うのだ。


*****


 午後1時、ミーティングテーブルでサンドイッチを食べ終わった。トンカツ屋は外まで並び列ができていて諦めた。残念、業務開始。


「キューラインの動線、もっと長くして」

「オッケー」


 だが、なんじゃそれ? グーグルで調べる。アトラクション手前の並び列のことだ。待合で期待を膨らますお客様に飽きが来ないようサービス、予告編のチョイ見せ、ウチらは導線と書くがこの人たちは動線と書くらしい。


 電気技師のオレにやらせれば迷路の構成なんて朝飯前だ。でも、それは甘かった、あれダメ、これダメ、ソレこっち、と紀美との共同作業。


 カタログを見ながら演出灯具を選定し、紀美がオレの嫌いなスライドドアを取り入れ、そんなことを繰り返し、社長要望の運悪通路を増やし……本社から送られてきたイメージコラージュを差し込み、最後の脅かしを充実させ、ようやく企画書完成間近、脱出口が見えてきた。


 定時になったのか「シーユー」とスタッフが帰り出し、デイブも帰り、広いワンルームに紀美と2人だけ。


 紀美と初めての共同作業、なんとも云えぬ親密感、安堵、達成感。できた資料を紀美がPDFで一括し、本社と、今、何をしているのか分からぬ社長にメールした。


 美彩にもケータイで経過連絡をしている。あの中古の人形や仕掛けをここにブッ込む、本当に入るのだろうか、写真を見返せば色々、思わずほくそ笑んでしまう。


 オレが名付けた釜女はカタカナに変換されたカマオンナ、なんか矛盾している。そうだ、あの地図、拡大してみよう。


「竹浪くん、晩ご飯、あのトンカツ屋さんに行ってみようよ」

「紀美ちゃん、ちょっと待って、字が見える、上の字」


「なに?」

「地図の、例の島の」


「まだ、そんなこと言ってるの。私は只の観光のつもり、ラッキー!」

「フォトショで明暗調整すると、なんとなく読めるよ」


「えー、ホント?」と、オレの横に椅子に乗ったまま移動してきた。

「これ、数字だろ」

「数―字に、見えなくもないわね」


 でっかくプリントアウトすれば良いというものではない、画像処理というものを知らないのか、もう全く、と、タイミング良く社長が帰ってきた。両手に何か抱えている、蜜蜂の絵で分かる「ジョリビー」のハンバーガーだ。なんともタイミングの悪い人だ、全くモー。


元の席に戻る紀美が椅子で背面走行、が、目測とスピードを誤ってる「アーッ!」と、地球儀にぶつかり、バーン・パラパタと……バラバラに飛び散った。


 そのまま座ったままの紀美、いたずらマナコでチョロっと舌を出し、考えうる状況判断を避けたいもようだ。


 一体、ナニと、とぼけたくとも大きくて高そう、割れちゃう地球儀も珍しいが、

「あー、これデイブので、木製のクラシックだからな、どうしよう……」


 そんなこと言わず、社長から仲良しのデイブに話をつけてもらう他は無いのですが。元に戻せるとは思えないが、とりあえず、社長も手伝いジグソーパズル。反省の色を見せながらも、楽しそうな紀美、

「これ、アメリカ、フロリダあたり」


 完璧な破壊というのは達成感も十分なようだ。オレはフィリピンを掴まえ、続いてベトナムと南シナ海の安全を確保、連続して東シナ海をキープしたい「台湾、台湾」と探せば、

「西日本、ここにあるぞ、台湾繋がってるよ」と、社長。


 割れ目は意外と綺麗に合わせられるが球体に戻すのは無理だろう。両手で持って経線をピタリ、部分的には繋がる。斜めに見ればイザナギ気分、確かに社長の言う通り、フィリピンと奈良の現場は障害物が少なく直線状、まっすぐに電波が飛べそう、あっ……奈良は畿内、繋ぐ、直線と云えば畿内逆五芒星……


「社長、ここで、画面が大きくてプリンターを使えるコンピュターは?」

「えっ、ジェーンのやつかな、なんでだい?」と言いつつ、目で机を指す。


「ロック、掛かってないですよね」

「片付けは?」と、紀美。

「ちょっと緊急、すごいことに気づいたんで片付けは、お2人で」


 グーグルマップをスクロールしながらA3でカラープリント、ミーティングテーブルの上を全て片付け、地図をつなぎ合わせ、線を引く……皆んなを集め、

「これが、畿内逆五芒星、日本を代表するレイラインなんですよ」


「レイラインって?」紀美も興味を持ってくれたようだ。ならば、


「パワースポットを繋ぐ線、て感じかな。滋賀の伊吹山から熊野本宮大社のライン、これが現場の石室の地下道と平行してて……あれはただの地下道じゃなくて、何らかの結界、それを示す昔からの情報発信、んー、その方向、つまりレイラインを後世に伝えるためのもの、かも知れない。それを南方に延ばすとフィリピンの……この真ん中の島のあたり」


「ボホール島ですよ」と、社長。


「ホントーですかー」

「まさにボホール島です。そして島の真ん真ん中がチョコレートヒルズなんです」


「社長……それって、すでに分かってること、ですよね」

「紀美ちゃん、調査地点の絞り込みをしたいんだよ。もっと詳しくチョコレートヒルズ調べてみてよ、バケツリストにしてる人がいるくらいなんだから」


「バケツリストって?」

「死ぬまでにやってみたいこととか、行ってみたい所のリスト。それを自分の心のバケツに仕舞うとか、メモ帳に書いとけば、結構、叶ったりするんだよ」

「エー、じゃあ、ちょっと調べてみます」


「篤、もっと真剣に解析できないのか? この島は、今年の初めに大きな地震があって、地震でなんか出てきたとかの情報を探してみてよ。我々は仕事の合間合間の勝負で、時間がもったいないんだから、もっと効率良く行こうよ」


「そういえば、さっき、地図の写真見てたら、なんか数字みたいのが……見えるかもしれないから、やってみます」


「まあ、地震の爪痕がどこまで残っているか分からないけど、我々も復興のために、現地でお金落とさないとね」


 フィリピン中部の大地震か、どこで時間軸がズレたのか、ズレたのはオレだけなのか……2017年といえば、大谷・大阪の活躍はまだしシブコはチョー未来、トランプゲーム開始、浅田真央ちゃん引退、文在寅就任、韓国系アメリカ人のスティーブは文派かアンチか? それは、関係ない。テレビのニュースを見ても大きな違いは無い、同じ世界線に乗っている気がする……


「ワァー、これ、テレタビーズの世界、本当にいっぱいあるんだ。社長、私、宝探し頑張ります」

「だから紀美ちゃん、探すポイントをどうやって絞り込むか、それを考えてよ」


「確かにどう見てもおまんじゅうで、カワイクて、エッ! 全部で 1200個以上、木が生えて森の状態になったのが500以上……え〜、どうやって1700個の中から見つけ出します? 社長?」


「社長、最後の『カ』はなんだと思います、火山の『カ』だって言ってた、カは?」


「う〜ん……カネのカですよ、そこにカネを隠した、隠したのカかな、とにかく両方の『カ』ですよ」切羽詰ったか。


「社長、探検隊もいいですけど、このかわいいお猿さん、フィリピンのメガネザルで『ターシャ』っていうんですって」

「今、そこじゃないから」


「でも、見てみたいです」

「探検すれば合えるよ。我々、普段の行いがいいし、僕が太鼓判押すよ」

 紀美はすっかり観光気分、いいのかそれで、でもこの数字、やったぜ、


「分かりました! 上の数字が読めました 9.50.7.9と124.9.12.1です」

「よくやった篤、で、なんの数字だ?」


「エッ、う〜ん、なんでしょ、これ」と、紙に書き出し、社長と2人で混沌。

「ダメですねー、2人とも、使い物にならないですね」と、紀美。


「……?」


「グーグルマップだと、港のあたりはヤシが見えるまで拡大できるんですけど、チョコレートヒルズは解像度が低くて、なにがなんだか全然分かんないです」


「……こういう時は、その時代の状況を考えましょう。いいですか、昔の通信だからモールスです。僕が口で通信士の役をやるから、篤は机の下に潜って、裏側に書き取る役。戦時中の照明が満足にない苦労感を出してやってみてよ」


「いや、モールス信号なんて知らないスっよ」

「あー、そうだった、僕もSOSだけだ」


「でも、いいヒントですよ、逆に昔から変わらない不変な数字、地図と関係する数字って……緯度経度じゃないですかね」


「おっ、いいぞ篤。緯度か……ここいら辺は北緯15度くらいだから行けるかも知れんぞ。最初の9は北緯として、その数字をパソコンに入力するには 9°50'7.9''N 124°9'12.1E」それをメモって「これで紀美ちゃん、グーグルマップの検索欄に打ち込んでみて」


 カチャカチャとタイピングの早い紀美。それを覗きに行く社長とオレ、リターンキーを押せばドーンと出てきた拡大表示。


「どこです、ここ? なんか、赤い一つ目小僧さんが立ってますよ」


「小僧じゃないよ紀美、場所の矢印だよ、いいから航空写真にして、縮小、縮小」と、社長。


 ズームアウトで周りが見えてくる、島だ、海だ、その意外性にしばし無言。罠のように完全一致、ボホール島だ、チョコレートヒルズだ……ワナワナと顔を見合わせる3人。


 椅子に腰を下ろし、ジョリビータイム。氷の溶けたコーラと冷めたバーガー……呆れるのは恐ろしいほどの早食い、包み紙を丸めた社長、

「こうしてはいられないですよ、探検、すなわち、お宝探し」


「スティーブは来てくれるんですか?」と、訊いてみる。

「来てもらった方がいいでしょうね。現地語しか通じない場合もあるし」


「いや、そうじゃなくて、ひょっとして我々って、尾行されてるんじゃないですか」

「誰に? 気にし過ぎだよ、火山島のだってただの強盗でしょ」


 そう言い張る社長だが、オレは真剣。彼らも宝探しなのか、なんなのか、彼らはどうやって我々の行動を把握しているのか、

「火山島の3人組ですけど、我々が何か発見したと勘違いしたんですかね」


「んー、警官を装って適当なことを言って、すべてを横捕り。その線だと、お宝は……マル福金貨ということになるな」


「結論早すぎません? なんで、そうなるんです?」と、紀美。


「双眼鏡で見てたんですよ、木箱から出したゴルフボールの袋を、それが、金貨を入れた袋に見えて、それを近くまで来て奪いたかった、と云うことですね」


「だけど遠くから見ても、私たち、ただのゴルフ練習ですよ」と、しなってしまったが紀美が長いポテトフライを社長に向けた。


「地図、地図をもう一回見てみましょう、何か分かるかもしれない」


「そういえば社長、石室の写真のここ」と、紀美が画面の地図を拡大して指差し。


「なんだこれ! 読み違いだ、北じゃなくて比、最初から地図に比律賓フィリピンの『比』、この島はフィリピンにある島だと書いてあった訳だ」と納得、自省する社長。


「でも紀美ちゃん、下の、万、十、千、カ、は、社長の直感力が無いと分かんなかったんじゃない」

「それは確かに、そうだけど……」


「よし、作戦は決まった。財宝探しに勘違いされたら狙われるから、セブ島には遊びに行くと見せかけるんだ。ゴルフバックにシャベルとかツルハシを入れて行こう、たぶん組立式のがあるはずだ。僕は今日、工場に行って使えそうなもの見繕って来たんだから」と、切り替えも早業の社長。


「それで今日、消えたんですか」紀美の目が少しだけ信頼風。


「それなんだけど、ここのスタッフとかデイブに知られたら、そんなのはまずいんだよ。あくまでもホーンテッド企画の一環として、君たちに行動して貰いたいんだよ」


「……で、なんでセブ島なんですか? 私、リゾートで着るような服、持ってこなかったんですけど」


「とりあえずフェイントでセブ島に行って、密かに高速船でボホール島に渡るんだよ」


 まず、セブ島とやらは、どんな飛行機で行くのだろうか、

「まさかセスナとかビーチクラフトですか?」


「違うよ、ほとんどエアバス。日本からの直行便もあるし、フィリピンで二番目に大きな空港だよ」

「日本で言う関空みたいなものですね」と、紀美


「昨日、南の島は危ない、とか言ってませんでしたっけ。南の島では斬首される恐れがある、いや、有ったってニュースを見たことありますよ」政情を心配するオレ。


「その手前だからセーフ圏だよ。そうだ、スティーブにお願いしよう。グリーンのツナギ服とヘルメットを揃えるように」


「ヘルメットはカサ張るんじゃないんすか。それよりグレーとか茶色のスプレー買ってくださいよ」


「スプレー? 何するんだ、飛行機に乗せられないよ」


「ツナギに迷彩を吹こうと思いまして。あと、虫除けと蚊取り線香、それとガイガーカウンターはどうです」

「何に使うの?」


「探検隊っぽくって、感じが出るじゃないですか」


 スティーブに連絡を入れ、持ち物の相談を始める社長、片や、セブ島のリサーチを開始した紀美。

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