08 コンドミの夜
「紀美を早く寝かしつけて、行くよ、夜の店、デイブも一緒だ」社長が耳打ちした。
前を歩く紀美とデイブ、楽しそう、カップルと装いたいのはデイブのようだ。社長が思案してた風は、同じコンドミニアムの部屋でありながら、どうやって気付かれずに脱出するか、ということだったのか。が、悩まず「もっと飲ませる」で意見の一致をみた。
ボディチェックのゲートを抜けるとケータイで連絡したスティーブの車が待っていた。紀美を真ん中にデイブとオレ、ベンツといえども後部座席は狭い、モモの触れ合いは反対側も同じ状況と思われる。
「シーユ、モーニン」コンドミニアムのロータリーでキャリーケースを下ろすスティーブ、彼は食事をどうしたのだろうか? 酒は飲んでないようだ。そんな思いを抱えエントランスのガラス戸を抜ける。待ち合いのソファーセットが置かれ茶系で統一されたホール、3基のエレベーター、乗り込んだ社長が執事のようにボタンを押す。
「14階なのですが、こちらでは13という数字を嫌いますので、実質の13階にございます。デイブ様は15階ですね」
「サンキュー」と、上の空で応えるデイブ、彼も作戦組み立て中のようだ。
「このコンドミに入るのは入居者でもチェックが厳しくて、彼の奥さんは若々しいから時々怪しまれたりするんですよ」と、エレベーターのドアが開いた。
怪訝顔の紀美だが、オレにはなんとなく意味するところが分かった。大判タイルの廊下、突き当たりの5号室が目的の部屋。
ドアを開ければ大理石張りの床、全体が白い世界。
「土足脱いで、そこのクロックス、使って。靴下も脱いじゃえば」と促される。
「私、パンストなんです」と、紀美。
このリビングの他にキッチン、バスルーム、ベットルームが3つ、それと洗濯場。さっそくの部屋割は一番広くバス設備が内包されているところを紀美、そこはいつも社長が使っている部屋だそうだ。
あとはツインベッドの部屋が2つ、ただしこの部屋からはタオルを巻いたままリビングを横切ってシャワールームへ行く。ルームメイキング付き長期レンタルだという、ここがトッディの前線基地……ケチ臭さを微塵も感じない。
この都心のコンドミの月額は24万円、現地感覚でも日本感覚でも破格のようで、それはそうであって、社長が冷蔵庫からビールや白ワインを運び始めた。
「私、先にシャワー浴びてきまーす」紀美がドアを閉めた。
「下にプールがあるぞ」
そう言われたので、リビングのガラス戸をスライドさせる。よみがえる熱気。建物に囲まれた中庭に水中照明が輝く透き通ったプール、滝やカラフルな植栽も絵になっている。
毎日がトロピカルリゾート、そんな気分に浸れるかも知れない。この際、過去を忘れて思い切り翔びたいものだ、が、このバルコニーから飛び込めば頭をかち割りそうだ。
揺れる気持ち、転生病、こんな症例も珍しいだろうし、病院に行っても相手にされず、何科にいけばいいのか、きっと総合病院でもダメだろう……
社長がツマミの用意で歩き回っている。とりあえずビール、サンミゲルの口飲みで乾杯だが、差しで2人は緊張する。ほとんど初対面だ。
緊張すると何か喋らねばアカンと思えて、早く紀美ちゃん出てきてくれないだろうかな〜、紀美にカレシがいるのか訊き出したいがそんなことはできない、部屋の中を見渡し……怪しげな物体、
「社長、あの、黒いケースは何なんすか?」酔いが回り竹浪も板についてきた。
「ガイガーカウンターだよ」
「はい?」
「3・11の影響もあるけど、街中の放射線測定をマイブームにしているんだよ。ここの大理石の床は何度計っても間違いなく放射があって」
「エッ!」と、足を跳ね上げた。
「大丈夫、大丈夫。0・2マイクロシーベルトだけど、僕が推理するに、それは大理石じゃなくて、下のコンクリートじゃないかと疑ってんだよ。もっと探求すべきだけど、まいっか、で済ますしかないね」
「ひょっとして、社長は探偵とか、憧れます?」
「うん? 篤、当たり前だろ。なんでそんなこと?」
「いえ、えー、じゃあ、あの例の山下財宝とホーンテッドハウスなんですけど、どちらを優先するんですか」
「……我々も、生きていかねばなりせんからね……」
「……」
苦虫を噛み潰し中の社長……潰し切ったか、
「まず生活ですよ、トッディも儲かっているように見えてるだけで、実態は厳しいからね。こっちの運営もなかなか軌道に乗らないし、持ち込んでいる機種は借入金でその返済もあるし、夢をとるか現実をとるか……でもな、篤、トレジャーハンティングなんて滅多にないチャンスだぞ。スティーブも一緒に来てくれるって言うし」
「って、何すか?」
「スティーブは元警察官でブラジリアン柔術の使い手で、射撃もうまいし、さっき見た通り、こっちじゃ当たり前のようにピストル持ち歩いているんだよ」
「ぴ、ピストル? 見てないっすよ、そんなの」
「そうか、見なかったか。じゃ、今度、持たせてあげるよ」
「社長……まさか、こっちで射撃訓練なんかしてるんじゃないしょうね?」
「それはどうかな。ホーンテッドを選ぶかトレジャーか『どっちにしましょ』じゃなくて『どっちも』で、いきましょ。どっちみち明日、現地行くんだよ」
「どっちの現地ですか?」
「だから言ってるでしょーに、遊園地は山の上、そうだなー、日本でいう軽井沢みたいな所でマニラの人たちの避暑地になってて、その下のでっかい湖の中に火山島、そこで宝探し」
「いきなり、両方ですかー」
「何言ってんだよ、若いのに。まあ、宝探しの方は下調べだな。馬に乗って半分レジャーになるかもしれんけど」
「もし、見つけちゃったらどうするんですか」
「すぐ、警察か軍隊に連絡するさ。自分たちでどうこうしようなんて考えたら、それこそ危ない連中にヤられちゃうからね」
「ヤられちゃうって?」
ピストルの手形を眉間に当て、
「いきなりズドン、だよ」
「……この国って、日本人どうなんすか」
「調べてみるとね、この国で迷惑かけたのは日本だけじゃないんだよ。スペインやアメリカの植民統治の方が圧倒的に長いし、残虐度なんか口に出せないくらいひどかったって証拠もあんだよ。日露戦争と太平洋戦争をするまでは白人からすれば、まあ、有色人種なんかはサルみたいなモンだったんだろぅなー」
「デイブさんって、本当にアメリカ人なんですか?」
「あー、彼はアメリカ国籍とMBAを取得して韓国に帰って来て、最初は国の事業家と組んで始めたんだけど、まあ、色々あって……こっちの人間の方が信頼できるとか言って、定住を決心したようだね」
*****
「私、乗馬用のパンツ、ちゃんと関空で買ってきましたよ。でも、そんなことは聞いてませんよ、宝探しなんて」ジャージのパンツにTシャツ、頭にタオルを巻いた紀美。社長が勧めるままに白ワインを飲んでいる。
彼氏は居ないか、あるいは、この社長とみた。ほんのり赤ら顔のスッピンも可愛く見えるが、喋りはキツくなってきた。
「社長ォ、トッディの理念は?」
「なんだっけ」
「なんだっけじゃ無いでしょ〜、子供が想像する未来、それが地球を救う、でしょ。パークづくりへの情熱、夢とか、会社案内に書いてあって、私はそこに惹かれて入社したんですから」
あらま、ベタな会社コンセプトなこと。
「もちろん、ホーンテッドのことも、いつだって考えてるさ」
「じゃ、言ってみてください、何か、アイディーア」
「ん……まっ、なんだな、ホラーに関しては我々恐怖の素人集団ってやつだな」
ゲッ! そんな……なんたる連中だ。が、社長は手を叩き、
「そうだ、ゲーミフィケーションだ、訳せばゲーム感覚でいいかな。公平性よりも面白みを持たせる方向で、例えば、通路の選択はその人の運命、であって、それで未来が変わるコース取りにすれば、いける、これはすごいオリジナルですよ〜」
自画自賛する社長に紀美、
「そしたらー、造形物とかスペースとか、私は無駄がたくさん出ちゃうじゃないかと思いますよ」
「……僕はヒネリが大好きですからねー。ゲストが前と違う道を選んで、再チャレンジ、うん、これはリピート続出、いけるよ〜これは」
ダメだこりゃ、社長は自分とワインに酔っている。
「あのー、お2人で仲良〜く、シャワーでも浴びられたらいかが、ですか。夜は邪魔しませんから」
フラつきながら紀美が自室にもどり、再びドアを閉めた。カチャっと音もした。女子の感は流石に鋭い、怪しげなところだけは的確に突いている。
社長はスマホを手に取りデイブへと思われるメッセージを打ち始めた。しかし、ここのところオレはくたばっている、異世界でのお遊びなど勘弁してほしい。
「今日はもう、寝ることにしたよ、明日もあるし」
少しは自重というか、まともな状況判断を持ち合わせているようだ。
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