06 機上の企画室
「美彩ちゃん、よくこんな車、東京から運転して来たね」と、紀美。
「休み休みですけど、途中で止まったらどうしようかと思っちゃいましたよ。でも、ウチの社長ってホント、ケチですよね」
「この車、五十嵐さんにあげるってことになってたけど、五十嵐さん、いらないってさ」
「えー、どういうことなんですか?」
「赤いアコードのワゴンって社長が言うから、ものすごく期待してたんだけど、うちは産廃業者じゃありません、って」
「そうですよねー、こんなの貰ったって」
「困るだけだよね。でもね、社長って憎めないタイプじゃない、なんでなんだろ」
どんなヤツだ?
「まあ、そうですけど、上原さん、ホントに現場だと、残業代つかないんですか……」
運転する美彩、助手席の紀美、女子会が続いている。もうすぐ関空を渡る橋、君達は信じないだろうが、来年は船がぶつかって通行できなくなるのだ、関空だって水浸しで飛行機が飛べなくなるのだ。でも、すぐ開通したんだよな。
オレは意図せず自分が本当に行きたい所に行けない、手出しのできない後部座席、この状態を甘美に、ソフトラチと呼ぼう。
荷物降ろしを手伝う美彩に、
「ありがとう、気をつけて帰ってね、安全運転、梱包したリストは送る前に送ってね、連絡は常時で、お弁当ばかりじゃなく美味しいもの食べさせてもらってね、危なそうなことはやめてね、五十嵐さんによろしくね……」
君、紀美、今生の別れじゃあるまいし、なんともしつこいんですけど。
マニッシュ、シュッとした面接ルックでキャリーケースを転がす紀美、イケてるイケてる、婚前海外旅行のカップル風とは云えないが、急に足を止め振り向いた、
「私、パンツ買いたい」
「パッ! パンツ?」
「Gパンだってば。パンツは作業着しか持ってこなかったし、社長が馬に乗る、って言うから。それから、お土産に頼まれた日本の板チョコ」
「はっ?」
ユニクロに入って行くので仕方なく追いかけ、オレも適当に見繕い。
何本か抱え試着室に向かう途中で声を掛けられた、
「竹浪くん、見てて」と。
カバン見てれば良いんでしょ、見てるだけ、見てれば良かったのは馬、競馬だ。今のオレはタイムトラベラーのようなもので未来を知っている。ということは、馬券を買えば大金持ちだ。
だがしかし、競馬という趣味は無かったし、買いにも行けない。残念至極、ロト7だって番号を覚えているわけないし。
「竹浪く〜ん」と、恥じらいを覚える呼び声。
試着室の通路を進めばカーテンを開けた小部屋。
「どう、これ?」と、クルッと回って見せたりするが、小っ恥ずかしい、今の今まで未経験。
「こっちの淡い色の方がいいかなー」と、ボタンを外しチャックを下ろし掛け、エッ? 慌てて見上げれば犯罪者を見る目つき、シュッとカーテンを閉めた。閉所に鏡、苦手とする状況、なんなの? なんかオレがした? 目眩がしてきた。
*****
シートベルト着用のサインが消え後を振り返る、真ん中の席、誰もいないのでリクライニングさせる。
飛行機には床というものがあり確かにそこに立てるのだが、その下は空で、実際は足元に何も無い、と、からかわれたことがある。
車好きなのはそんなことが原因かもしれない。ここのところ、極めてハイテクな転生を利用しているが、この飛行機内であっても安心はできない。トイレにはドアがあるし、揺れに対する集中力も必要だ。
そんなオレを知らずして左に座る紀美。オシッコが近いからと通路側の席を指定した。それはいい心掛けだ、尿意を我慢することは極めて危険な行為だ。
マニラまであと3時間半、晩ゴハンはどんな風だろう、と思っていたら早くも機内食。向こうに行っての楽しみ、腹を空けておかねばならぬ、が、とりあえずビーフを注文、赤ワインを注いでもらいクイッと一口。
「あれ、ワインて、好きじゃなかったんじゃない?」
忘れてた、オレの知らない竹浪の嗜好。
「飛行機に乗った時は……浮いてるから飲んでも平気なんだよ」
「何それ、全然意味不明―」
「う〜ん、なんていうか、足元離れているから人格を変えていいんだよ」
「よく分かんないけど、そういえば尊敬してるのって高田純次さんだっけ。社長も、竹浪は適当なヤツだって、時々言ってるよ」
なんだって! この竹浪は適当な男と判定されているのか。奇遇だ、テキトーこそオレの誇る唯一の能力だ、高田純次さんを崇拝して、もっとテキトー主義に磨きをかけよう、と、プレートを配るワゴンが来た。
「どうぞ」と、窓際の太ったフィリピンおばさんに渡せば「サンキュー」と返って来た。
フィッシュを選んだ紀美は白ワイン。オレは嫌いなブロッコリーをよけ、フォークに刺したミディアムなステーキ、断面を見て、お化け屋敷を思い出した。
「ホーンテッドハウスって、日本語だとお化け屋敷と同じでいいの?」
「……」ブルーベリージャムをつけたパンを口に運んでいる。
「当たり前か。だからさ、お化け屋敷というイメージを払拭して、ニューエイジホラーを提案する、っていうのはどう?」
「例えば?」
「そうだな……」デザードのリンゴを刺し、フォークを持ち上げ「題してホラーレストラン」
「あっ、面白そう、食べるの大好きだし」
「あたかもリンゴのようにカットして盛り付けておいて、実は、ジャガイモ」
「……それ、ホラーじゃなくて、ただのコラー。次」
「次……次は本当に怖いぞ……夏向けで、桶でソーメン食べてて、だんだん無くなってきて……」
「無くなってきて?」
「気づいたら桶の中に金魚が泳いでいる、って、イッ!」
瞬間、バシッとモモを叩かれ、フォークごとリンゴが窓際のオバちゃん方面に飛んだ。
「ソーリー、ソーリー」と謝るが、オバちゃんも何かを吐き出しかけていた。
「キモい! それ怖いんじゃなくて、キモいだけ」
出た。男子が一番恐れる言葉、それは、キモい……なんでこんな気遣いの荒い女子ばかりと知り合うのだろうか、もっと優しく受け応えしてもらいたいものだ。
それともオレは運命的に虐げられる……見れば椎茸のソテー、ん、シイタゲモンスター、そんなことを言ったら怒られそう、ショボン。
「あのさぁ、ホーンテッドを造るのは決定事項、既定路線、しかもコンペなんだし、なんで今更そんなことを言い出すの?」
「いや、よく考えたらホーンテッドって、暗がりの中でドアがあったりするでしょ」
「んー、まあ、あったりもするよね。アレッ、竹浪くん、私の企画書読んでくれてないの? あーあ、全くいい加減なんだから」
「よ、読んださ、もちろん」
オレの目を見つめる紀美……いい目をしている。おもむろに自分のプレートを持ち上げ、オレに「持ってて」と渡し、テーブルを跳ね上げ立ち上がり、上の手荷物入れ、自分のバックからクリアカバーを取り出し、
「私が書いたやつ、ちゃんと見直して欲しいし、アドバイスくらいしてよ」と。
プレートの返却も終わり、チビリチビリとワインを飲みながら評論家風情。クリアカバーの中身はA4ペラ2枚、2枚目は予算書か、たったそれだけ、どれどれ、
『レガスピー家・館の謎』
「誰? レガスピーって」
「レガスピーというのはフィリピンの初代提督の名前ね、カンじゃなくてヤカタって読んで」
『この廃墟のような館は深い森に迷った木こりが偶然発見しました。この家で何が起こったのか、それはかつて仕えた執事だけが知っています。いまわしき歴史、それが今、あなたによって解き明かされるのです……
今からさかのぼる事300年前、由緒ある大富豪レガスピー家の豪邸では毎年1回、舞踊会が催されておりました。どうしたことか、この舞踊会が終わると何故か2〜3名、ゲストの消息が分からなくなるのです。
決まってその晩、地下室から不気味な悲鳴が聞こえてきたのです。我々、執事達は頑なに、その出来事を外に漏らさぬよう相互に監視していました。
初代レガスピー様が亡くなられたあと、驚いたのは末娘イザベラ様に襲い掛かる奇妙な現象でした。深夜突然、キッチンからベットルームにかけてポルターガイストが起こり、イザベラ様の体がベッドから浮かび上がったこともありました。
それは静まり返った三日月の晩に限ってです。なにかに掻き立てられように稲妻が走り、荒れ狂う嵐の夜と化すのです。
そんな話は山ほどあります。後ほど、そのままの当時の部屋に御案内申し上げましょう。おっと! さっそく館の中で奇妙な物音が聞こえてきました。でも落ち着いてください。
御主人様も知らなかった事を一つお教えいたましょう。奥様レオノーラ様は舞踏会の夜になるとアスワングへと変わっていたのです。奥様の御趣味ですが、地下室でどのような事が起こっていたのか、それは、ご自分で御覧ください……』
「アスワングって、なんだっけ?」
「フィリピンの伝説的な女吸血鬼。最近、写真に撮られたりしてるけど、翼竜の生き残りか大コウモリ、前に私がNETで拾った写真、見せたでしょ」
「あ、アレね、それで、ここまで? 続き知りたいんだけど」
「悪かったわね、ここまでしか進んでないわよ、前のまま。それイヤミ? だけど竹浪くんの予算書もそのままじゃない。そうじゃなくて、ここから先をどうするかでしょ」
「いや、いや」
「なに? なにが」
「いや、ちょっと、2枚目のオレの予算書、再確認してみます、ね」
ヤバかった、予算を組んだ? オレが? 前の竹浪だろうが、少なくとも今度の顔は、二枚目ではない……これはホラーの企画書というより前振りストーリー、見直したら、紀美を見直した、ちょっと嫉妬……チケットカウンターで紀美のパスポートをチラ見したけど年齢はオレより1歳下、それでもキッチリ構成している。
竹浪ではなく自分が情けなくなってきた。オレって中途半端? だめだ、負けないで〜も・お少し、やってやるか。が、一体オレは何役なんだろう? 見ている振りではなく予算書にきちんと目を通そう。
「語り部というか、つまりスタッフが執事役をやるんだけど、執事の最後の一人は何百年も生きてて、そう、デーモン閣下みたいに、それが館に仕える彼の使命で運命、ってことにしたいの」と、熱くなって来たのか喋り出したら止まらない
「この館に纏わる出来事や不思議な現象をつづった伝記だか日記が、こっそり受継がれていて、それが本当かどうかゲストに実体験してもらう、っていうのがポイントで、あと、やっぱり途中で逃げる脱出ルートは必要だと思うの。
本当の出口を知っているのは執事だけだから、あっ、執事は複数にしなければ人数が足りなくなっちゃうかな。それで、決して離れずに執事に付いて行くとか、それもつまんないかな〜」
「ちょいちょい紀美ちゃん、予算のことも気にしてよ」
「予算かー、予算とか、私、苦手でしょ、レイアウトや演出照明とかも。私、こんな仕事初めてだし」
エッ! プロじゃないの? エエッ、じゃ……
「社長から今朝きたメール見てないの? 今回は予算がなくてホラーの専門屋さんは使えない、だけど竹浪くんが組んだ全部で8千万円、そのままクライアントに提示するって」
「8千万円って、いい金額でしょ」と言ってみるが、感覚的に全く分からない。オレは積算屋? 都合上、名ばかりのプランナー? オレだって面白そうな企画前線を張りたいものだ。
「もー、ホントにいい加減なんだから。ちゃんとメール確認してないんでしょ、社長がパーク内を歩き回って、使ってない倉庫を見つけたみたいよ。古いけどそこを利用するって。
だから建物代はこれでクリア、アイテムもふんだんにあるし、これで私たちの勝ちね。アチラの会社は新築の提案をするはずよ、だって計画地の現場調査なんかしないだろうし。私たちは明日、そこの現調ができるってこと、スケージュールも問題なしね」
紀美の目が輝いてる。でも、アチラって、あの遊園地で解体やってた外資系の?
「竹浪くんの実行予算は6千万円だけど、社長は3千万で上げるつもりよ」
新たに社長が弾いたという実行予算をスマホで見せてくれる紀美。指で画面を広げれば、なんじゃこりゃー、半分どころか大幅粗利……嘘だろ、なんて不誠実な会社
1回の仕事でベンツだろうとフェラーリだって買えてしまう。え〜っ、五十嵐さんとこの解体梱包費は400万円、コンテナ4台140万円、リペア費200万円、設営関連……酷い、酷すぎるボッタクリ、行ける、行けそうだ3千万円で。しかし、
「でもね、私も3千万円というのはキツイと思うし、協力会社さんに厳しいこと言わなければいけないし……竹浪くんはどうなの?」
「そうだよねー、紀美ちゃんがまともで良かったよ」
「良かったー、で、出口とかエスケープのルートはどうしようか?」
「脱出口は、明るくて誰にでも、分かりやすくしてあげた方がいんじゃないの」
「エッ! 竹浪くん、お化け屋敷とか入ったことないの?」
機内で大きな声を出さないで欲しい、また、窓のオバさんに睨まれた。
「もっとイメージしてよ」
「ん〜、そう言えばデトロイトの空洞化した街の一角をそのまま囲って『ゾンビパーク』にするって話を聞いたことがあるな。客どうしで脅かしっこして遊ぶそうだけど、それって逆に本当の死人が出るんじゃないかな。集団ゾンビ、ゾンビってなんでそんなに欧米人に人気あるんだ?」
「ゾンビって、やっぱり誰にでも認識しやすい幽霊さん、てことじゃないかなー。普通だったら幽霊って見えないじゃない。そしたら映画とかテレビじゃ撮れないし、たまにしか見えない西洋妖怪だとフェアリーとかじゃない」
「フェアリーズか、かわいいよね」
「あのさ、竹浪くんって怖いものを見たとか、怖い思いをしたとか、無いの?」
「あるさ、オレのは本格的だぜー」実体験だし。
「どんなの?」
「例えば、めちゃくちゃ古ぼけた鏡。額縁風で、自分の顔が映らなくて、映ったと思ったら、まったく別の顔、動きも違うし、どこかに行っちゃったりするんだ」
「……どういう仕組み?」
「簡単だよ、鏡だと思い込むバイアス利用。迷路の途中でもいいんだけど、向こう側は別の部屋とかで洗面所だったりする、実は鏡風の窓、って訳」
「あっ、それは使える、他には?」
「えっ……せっつかれてもなんだけど、もっと怖いのは、ドアと暗がりと逸・種の混濁だよ」
「一種の混濁って?」
「んーっ、ちょっと混濁……眠たくなってきちゃって、考えがまとまったら話すよ」
オバちゃんの窓から高層ビルの夜景が見える、まもなく着陸。紀美が訊く、
「高層ビルって英語でなんていうか知ってる?」
「ん〜、ビッグビルとか、トールビル?」
「ん〜ん、スカイ・スクレイパーって云うの」
「スカイ・スクレイパー、ふ〜ん、なるほどなー、さすがだね」
「違うって、たまたま。私たちが生まれる前の曲だけど、プリプリっていうガールズバンドの『ダイアモンド』の歌詞にでてくるの、聞いたことある?」
「ん、あ、あるかな、聞いたことある気がする」
「あと、『世界でいちばん熱い夏』いいな〜、わたしも彼氏とあんな冒険旅行してみたいなー」
どんな冒険旅行がお望みかは知らないが、我々はただのお化け屋敷屋さんのようであり、冒険的なことを期待してもそれは有りえんだろう。そもそもオレは彼氏の範疇外か「ドン」とタッチダウンした。
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