04 化けもの屋敷にて

 常連でないのか我々が本当に関係者であるのか、ゲートのガードマンと一悶着。近年は過剰といえるほど現場警備がうるさいようで入場の記名をさせられる。


 覗けば「上原紀美」と書いている、ふ〜ん。それから現場事務所に行く前にと、見晴らしの効く場所に車を止めた。


「夢の跡だねー」と、紀美。オレは未だ悪夢が続いているんですけど……


 山あいながら適度な段丘をなし、あちこちで重機がうなりをあげている? 舞い散るホコリ、埋もれ行く広大な墓場のような……遊園地? その解体中? まるで廃墟探訪に来たようだ。


 冬とはいえ常緑の濃い樹林、サビついたアトラクション、その対比が不甲斐なさを物語り、もの悲しくあはれ。風は冷たく栄華を散らす現代人、腕を組んで並び立つ2人、出るは鼻から白き息ばかり、君との立ち位置、その感じも掴めてきた、漢字だと紀美か。


 さておき、で、プランナーのオレは一体何屋なんだ。古代遺跡研究所の社員でないことは確か。発掘とか言ってたが、いずれにしろ全く知見が無いのだ。ちょっと待て、ポケットにカメラ、面白景色に負けたのでパノラマ写真を撮ってみる。


 ガタゴトの路面にショックを軋ませ移動する。うらぶれた建屋、そのバックヤードに並ぶ数棟の仮設事務所、一番ミニマムな現場ハウスの前に前進駐車する。


 ここが紀美達の会社? アルミサッシの薄っぺらな窓ガラスに「株式会社トッディワークス」と、コピー用紙の看板。


 覗けば、作業着姿のガタイ良き男がホワイトボードに何やら書き込み中。五十手前くらいか、こちらに気づきドアを開けに来た。


「おはようっす、なんか温かいもんでも飲むかい」と愛想よく、ところが急に強面、

「汚さない約束だったんだけど、ナニ、ソレ?」と、オレの胸に目線釘付け?


 ……シミ、のこと、オレの持ち物じゃないのかよ、このダウン、借り物なの?

「ラ・ラ」と吃ったオレを遮り、慌てた紀美が、

「私がいけないんです、車、急発進させちゃって……」と、云々カンヌン。


「上原さんが原因なら、なら、仕方ないかー」と、収まったようだが、あくまでも不機嫌そう。


 昨日の夕方、少しだけ現場に顔を出した竹浪があまりに寒がるため五十嵐の太っ腹、一張羅の私服の貸し出し、その好意を無にしまったようで謝罪し、すかさず名刺入れから1枚、


「あの、竹浪と申します」と、両手で差し出し頭を下げれば部屋の空気が止まった。

「竹浪さん、朝からジョーク、好きですねぇ」と、五十嵐。


 一瞬キョトンとしたが、よく考えれば知らない間柄では無いはず、はなから、いやそれ以前からの仕事仲間のようだ。


 2つの机が向き合い、パソコンをいじる女子、

「竹浪さん、明日からフィリピンですか、暖かそうでいいなー、私は、まだまだ本社に戻れそうにないですけど、なんかあったらSMSでお願いしますね。上原さんのこともちゃんとガードしてくださいよ」と。


 暖かではなく、たぶん暑いのではないか? 上の名前が上原の紀美が応える、

「美彩ちゃん、お疲れだよね。でも私も自分自身で選びたいし、この後みんなでお化け屋敷さん、一回りしたいから付き合ってね」


「あー、それは是非ともお願いしたいな、助かりますよ。おたくの社長、気まぐれのところあるし、来週からウチの部隊が入って来るから今日中に確定してもらって、そこから先はこの五十嵐に任せくださいよ」


 何か分からんがトッディが元請けで、彼は協力会社のようだ。そんなことよりオバケ屋敷さんを一巡だと、そんなもんに「さん」をつける必要ないだろうし、本物が出て来そうだし、体質的に転生気味だから、無理。


「例の外資系の会社、動きはどうなんです」と、紀美が五十嵐に訊く。


「またそれを言う。思い出すじゃないすか、悲しいっすよ。本当はもっと美味しくてやり易いやつを取れたのに、ライド全滅でお化け屋敷だけじゃないですか」と、伏し目がちにオレを見る。睨んでいるのか?


 オレ、関係ないし……戸惑っていると、

「ごめんなさいね、ウチに力がなくて」と、紀美が応えてくれて、続けて「フィリピンのホーンテッドハウス、あれ、オープンはイースター前に決まったんですって。だからこっちの現場、早いところ……いいとこだけって、言い方悪いですけど」


「あっ、もちろんですよ。そんなそんな、トッディさんのためなら頑張りますよ。でも、フィリピンって、コンペなんでしょ、まだ決まった仕事じゃ無いんですよね?」


「うちの社長はもう、取った!って言い張ってますよ」と、紀美。なぜか、おれに向けてピースサイン。


 イースターっていつだかも知らないし、発掘、外資の会社、フィリピン、さらにはホーンテッドハウスのコンペ、ごちゃごちゃでますます混乱してきた。


 次はお化け屋敷を歩く? こんな連中とは付き合っていられんぞ。オレが本当の竹浪ではないと知れたら……どんな扱いを受けるか計り知れない……逃げるが勝ちだ。そうだ「車に忘れ物」と申し立て、ひとまず退散。


 ワゴン車のドアを閉め、ロックする。おもむろにスマホを構え指紋認証、開いた。フッー、と安心するが当たり前か、オレのじゃないけどオレのだ。他人のスマホを覗く……気が咎めるが今の自分は何者なのか、自分探しは初めてだけど見つめ直すいい機会、いい機械だ。


 一度オフして緊急事態に備える。目線下、平行に構え反射具合で脂の乘りを見る……1・3・0、が汚れている。簡単だ、竹浪の誕生日、10月3日の繰り返し、開いた。今のオレって単純なヤツなんだろうか、憧れの私立探偵になれる素質がありそうだ。


 さてと、シートを倒しNETで検索、2017年の流行語は「インスタ映え」「忖度」忘れてしまったが多分同じ世界、ということは「そだねー」はまだ使えない……


 あった、地方新聞の記事……市議会で問題となっているのは建築確認が必要無いとはいえ建設の取得資格が明確ではない外資系企業が元請けとなっている点。民間同士の契約であり、自治体として指導権を有さない状況にある。


 産業廃棄物の適切な処理についてはマニフェストに則ったものであるか、市として検査を行うことは可能と説明。また、一部に遺跡らしきものが出現し、当該範囲は不明であるが、現在、重要と見なされる区域は閉鎖され市教育委員会の調査開始待ちの状態となっている。


 なお、この遊園地の残存遊戯機種を現状一括で買い取ったのは先の外資系企業であり、主に開発途上国に譲渡され再稼働させると、トントンと窓を叩く音、ヘルメット少女、美彩。


「お化け屋敷の探検、行きますよ〜」って、笑顔で誘われても……


「もったいない」はいいことだ。外資系企業の実態は転バイヤーとか云うヤツかもしれない。我々も小規模な同業者のようで、ヘルメットにバールやハンマーで武装、ピンクの引っ越しテープで御用達のリボンを付けに行く、らしい。


「例の遺構の調査はアチラさんに勘付かれないようにしたいんですよ。ホント、訳も無くこっちのエリアをブラつきに来て、多分あれはスパイだね。先週連絡した通り竹浪さんと上原さんに助けてもらいたくて」


「な、何をですか?」

「だから、まあ、一緒に行ってくれたら分かるんだけど……」

 口を濁す五十嵐、その横に並び、後ろに女子2人。隣接するお化け屋敷に向かう。


 アチラさんとはコンプラ無法と嫌疑したい東アジア系の会社、なんらかを掴んでいるのか、遺跡?発掘? 価値のあるものが出てきたら横取り or 先取りバトルか。


「ソレって、区域を閉鎖されてて、入ったら法律違反なんじゃないすか?」

「大丈夫スッよ、おたくの社長に許可取ってあるから」


 ……トッディの社長の許可? もとい、ウチの社長の許可を取った? 素人、常人の尺度でもウチの社長にそんな権限が無いことは分かるんですけど。呆れた。そんなオレの表情を読み取れない五十嵐、


「なんと、お化け屋敷から遺構に繋がっている通路を発見しましてね、おたくの社長に話したら喜んじゃって、絶対なんか出てくるはずだから、誰よりも先に調べてくれ、って言ってましたよ」


「下調べですよね、ん〜どうしようかなー、社長の言うことっていつも当てにならないけど、なんか、どうしよう。使えそうものが有るかも知れないし、私も探検隊に加わるかなー」


「上原さん本気ですか、ちゃんと帰ってきてくださいよ」と、美彩。


「そう、上原さん、一緒に行こうよ、社長命令のボディガードが2人も付いてるしさー」


 なんだぁ! オレのことは決定事項か、その社長とかいうヤツの顔が見たい……うん、前の竹浪はそんな扱いに悩んでいたのかもしれない。アチラさんに負けず劣らずテキトータイプの社長なんだろう。逃げ出したくなる気持ちも判るというものだ……そうか、そういうことだ、ヒントがひとつ見えてきた。


 空を見上げれば澄み切った青空、一筋の飛行機雲、ドンと背中に衝撃、

「ハイ、行きますよ竹浪さん、立ち止まらないで下さい篤くん。ひょっとして、ビビってる?」と、紀美。


 対して美彩は引き気味のよう。当たり前だろう、なんという不遜な会社、チームだ。でもオレは数分前に決意した、探偵を目指すと。古い言葉だが、

「ワイルドだじぇい」


「美彩ちゃんが大体やってくれて、リボン付け終わってるけど、コンテナに詰めるだけ詰めちゃって、使えないモノは向こうで捨てればいいから」と、紀美。


 そうじゃないだろう、まあ、ここは逆らわず、慌てず騒がずオレの存在感をアピールしなければならない。ポンコツ野郎の烙印を押されたくもない、最初が肝心だ、


「恐竜とか怪獣は?」

「いませんでした」と美彩が応えた。


 五十嵐と紀美は怪訝な顔、一人空振り? ならば、

「ここの人形見る限りじゃ、かなり手を入れなきゃ、お笑い劇場レベルになっちゃうな。間違ってもアニマトロクスなんかに変身しないだろうし」吃らずに言い切った。


「お化粧は向こうの工場でやるって決めたでしょ、人件費も安いし」と、紀美は人形の汚れも気にせずテープを巻いている。パシャっとオレは撮影係。


「その人の名前は?」と、ボードに記録を取っている美彩。

「そうねぇ」と、顔を見て「チャーリーさん、に、しておこうかな」

 ムッ? チャーリー、ベタだか、最近どこかで聞いた。


「お化粧って、なんですか?」と、美彩が追加質問。


「あのね、お化粧はアーティスト、つまり造形屋さんじゃないと難しいし、フィリピンにもそれなりの人達がいるから、ここの人形さんたちを綺麗に生き返らしてくれるわけ」と、紀美が次に向かって歩き出す。


 破れた天井から差す光、割れたガラス窓、おかげでそれほど暗くなく、漂い出されるべき恐怖感を無害化している。そういうものか、と感心するが、もっと感心するのは朽ちた化け物屋敷の人形や仕掛けが、まさか生まれ変わって造形作品になろうとは、お釈迦様に感謝しなければバチが当たるよ紀美。


 海外の遊園地を真似たのか化け物は洋風のキャラ、外国行きとは運がいいけど、だがしかし、半端な子供騙しはいけない、


「これをよくぞ海外へ、って考えたよね。恥ずかしさがこみ上げて来るんだけどっ、アーッ!」


 短いパイプ、踏んで転んで尻を打った。

「イテテ……」って、チョー恥ずかしい。


 吹き出して笑いの長い女子たち、手を貸してくれるは五十嵐さん、

「私の感覚だと、それなりに充分怖いですけど、ダウン、それ以上汚さないでくださいよ」


「竹浪くんも、そう思う? リアリティはお世辞にも無いよね」と、まだ半笑いの紀美。

「なんていうか、肌が破れていれば傷口に肉が見えて血が滴るはずでしょ」


 モッコリダウンで振り向いても見えないので屈んで股の間から尻を見る、やはり泥だらけ。アレレとパンパンし、

「だけど、ここのヤツは重ね塗りしたペンキが剥げて、カサブタみたいで下地も見えちゃってるからな。地肌と血は質感が違うでしょ」


「だけど、そんなのは簡単にエージングでカバーできるじゃない」

「んっ?」

「エージング、って?」代わりに美彩が訊いてくれた、この子は二十歳前後と思われる。


「んー、メイクで云うエージングと違って、造形屋さんが雰囲気とか味を出すようにする……ペインティングかな。時代感をワザと出したりするのを……だから同じか」


 違いがわかる人のオレがツッコミを、

「こんなんなら、ハロウィンで子どもが作ったカボチャの方が、まだ怖いんじゃない」


 反応なし、オレを無視する紀美、

「五十嵐さん、うちの社長がケチだってこと重々知ってるでしょ。五十嵐さんも、私の企画書見てくれてるから、これは、と思うものがあったら言ってくださいね」


「あっ、上原さん、アレなんかどう?」

 五十嵐が指すのは、黒のとんがり帽を冠った老女、ワシ鼻とギョロ目がいやらしく、持っている大カマに錆が吹いている。


「手を加えれば生き還りそうなヤツだな。美彩ちゃん、アレの名前は……ルーシー、やっぱ釜女にしとこうか」素早くネーミングしてやった。

「カタカナですか、漢字ですか? 竹浪さんカマって字、書けます?」

「いや……どっちでもいいと思うけど」


 歩き出せば使えそうな献体や小道具は他にもある。電源は切断されているようで奥へ進むほど暗く、間取りも分からず迷路のよう。


 ノコギリを持った大男が気に喰わないのか見せしめか、子分を切断してドラム缶に投げ込んでいる。震えている子分の一人が五十嵐に似ている。不意に思いついたので訊いてみる、

「この化け物屋敷は、いつ壊すんですか?」


「建物の解体はうちじゃないけど、来月からとか言ってたな。アチラは新正月だから、日本の正月関係なしに進めるかも知れないなー。いずれにしろ大きい仕掛けは建物壊さないと引っ張りだせないっすね。そうするとフィリピン行きは……間に合わないか」


 キョンシーは居ないがエジプトミイラやフランケン、拘禁ベッドにアゴ掛けフック、探せばあるある工夫次第、東西問わずのオニのツノ……オレが恐れるのはドアの仕掛け、それは無かった、いいことだ。


 ほとんどの順路を巡ったようでテーピングした物も数十基。ようやくお化け屋敷の入口にたどり着いた。ここからは反対側の工区を見渡せる。


 アチラの会社が投入している重機が立派、2階建ての大きな作業詰め所が4棟もあり、湯気が立ち、そこを生活の場としているようだ。


 カマドからの煙を見て安泰された仁徳天皇も状況の違いすぎる景色にさぞ驚かれよう。


 五十嵐がこっちへ来てと合図しているから行ってみる。

「竹浪さん、この穴、落ちないように覗いてみてよ」


 赤いパイロンと虎模様の横棒で囲われ立ち入り禁止のサイン、見れば半端なく大穴、深さは背丈の倍以上あり、穴底に石張り?


「これ以上掘ると壊しそうで、ここまで止めたんですよ」

「五十嵐さんが一人で掘ったんですか? すごい土量ですね」

「ええ、えっ? もちろん機械でですよ」


「これが、遺跡、ですか?」

「遺跡というより遺構だな。役所の調査が始まっちゃうと我々全くお手上げだからね」


 それにしてもかなり大きな石が使われ、延段というより石畳の道がふさわしく、方向的にはアチラの工区に伸びているようだ。ここで唖然としてはいけない、既知であり検分している風にて紀美と美彩と記念撮影おば。


 シャッターを切る五十嵐が得意げに、

「今、この世界で一番コレに詳しいのは私だけなんですよ。役所もまだ知り得てなくて、この下に、もっと、とんでもないものが埋まっているはずで、さっきも言ったけど、お化け屋敷から秘密の通路で繋がっているんですよ、行けるんですよ」


 ちょっとキチとも思える五十嵐にオレは問う、

「それ、盗掘っていうんじゃないんですか? 埋まっているはず、っていうことは五十嵐さんまだ中に」


「当たり前じゃないですか、誰が一人で行きますか? 怖いじゃないっすか。まさか美彩ちゃんと2人で? 社長もフィリピンに行っちゃてるし、だから2人を呼んだんじゃないですか」

「えっ」と、紀美を見れば迷惑そうで複雑な表情。


「大丈夫ですよ、できるだけ手をつけないで済ませますから。おたくの社長、勘が鋭いですし」

 五十嵐と社長はお友達の関係か、何を企んでいるのか、できるだけと言っても常識人であれば限度というものがあるはずだ。


「竹浪さん、ひょっとしてこの辺って、パワースポットかもしれませんよ。私、絶対入りたくないし、ヤバそうですから見張り役、で決まりですね」と、美彩。


「ケータイ通じそうにないから、トランシーバー持って行こうか」と、五十嵐のやさしさ。


 古のいにしえの奈良の都と京都を結ぶライン上、蘇るパワースポット、ああ、なんて甘美な言葉なんだ。

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