第三十八歩 【目覚める先導者 前編】

 バーンはリフに何かを囁いた。

 それを聞き、リフは納得したように頷く。


「なるほどねぇ、そういう事だったのかい……」


 リフはルイ達の方に向き直るとシュウスケに指示を出す。


「そのちっこいのを持ち上げて押さえな。この小僧と目が合う高さでね!」


 シュウスケは押さえつけていたコタロウを持ち帰ると顔の前で抱える。


「さぁ、そのちっこいのと目を合わせながら、もう一度さっきの命令を擦り込むんだよ‼」


 リフが命じると今度はルイが動き出し、コタロウの目の前に顔を近づけた。

 コタロウは抵抗もせずに黙ってルイの目を見つめている。


「オレがメイじ――」


 ルイが言葉を発し始めたその時だった。


「読めました‼」


 コタロウがいきなり叫び、それに呼応するようにシュウスケとバーンが動き出す。

 シュウスケはコタロウを地面に降ろすと、ルイを羽交い絞めに。

 バーンはリフの肩から飛び退き、リフに向けて煙幕を浴びせる。


「な、何だい⁉ 一体、何が起きたっていうんだい‼」


 リフは不意の煙幕に対応しきれず、全員の位置を見失った。


「今だ‼ 黒毛玉君、早く逆詠唱で解呪を‼」


 バーンが煙幕の中から脱出し、コタロウに促す。


「はい‼ ルイさん。今、助けますから‼」


 コタロウは羽交い絞めにされているルイに近づくと、詠唱を始めた。


 俺は永遠に続くかとも思える暗闇の中を途方もなく歩き回っていた。

 俺がこの暗闇に落ちてからどれだけ時間が経ったのか、どれだけ歩いたのか。

 全身の感覚が失われていくようで、足を止めてはいけないと思いながらも、目を閉じて休みたいという欲求に幾度も襲われる。


「もう……だめかな」


 俺は弱音を吐きだすと同時に膝をつき、地面に倒れこむ。

 もう指一本、動かす力は残っていない。

 俺はゆっくりと目を閉じようとしたが、そこで目に重なる微かな光に気付いた。


「ルイ……類‼ まだ倒れてはいけない。君にはこの世界でやらなくてはならないことがたくさん残っているだろう?」


「でも、もうどこへ進めば良いのかも分からない。俺は……無力だ」


 耳に届く声にそう答えると、その声はだんだんとはっきりしてくるのが分かった。


「無力か。それはあまり関係が無いと思うよ。僕は何の力も持っていなかったけど君を守ることが出来たのだから!」


 俺はその言葉を受けて、目を見開く。

 そして動かなかったはずの身体に力が入るのを感じた。


「お前は? 俺はお前を知っている気がする。でも、なぜか思い出せないんだ!」


 俺が首を挙げると暖かく小さな光が俺を照らしている。

 その声は懐かしく、優しい声で俺に語り掛けていた。


「大丈夫。君が仲間を助けて来た様に、今は仲間が君を助けてくれるだろう。これは君がみんなの進む道を作ってきたからだ。僕はそんな君を誇りに思うよ」


 俺がその言葉に励まされ何とか身体を起こした時、どこからか別の声が聞こえてくる。


「ルイさん。今、助けますから‼」


「ルイさん! しっかりして下さいっす‼」


 遥か上から聞こえたその声たちは俺を再び立ち上がらせる。


「コタロウ! シュウスケ!」


 俺がそう叫んだ瞬間に闇が弾け、辺りが光に包まれる。

 たまらず閉じた目をゆっくりと開けると――


「な、何だ? 何が起きたんだ? 一体、俺は?」


 俺は急に心のざわつきに襲われ、辺りを見渡す。

 心の中には驚愕と恐怖、そしてコタロウ達の声が聞こえた安堵がある。

 俺がどこか久しいこの感覚に身を委ねていると、さっきまで俺に語り掛けていた光は地面に下り、形を成し始めた。

 その光は次第にまとまり広がり、中型犬のような形になる。

 輪郭がぼんやりしている輪郭。

しかし、俺にははっきりと見えた。

 何故なら、俺はこの形を――この身体を深く覚えているからだ。

 絶対に間違うはずもない。

 今まで、気が付かなかったのが不思議でたまらなかった。

 俺は感情がぐちゃぐちゃになりただただ涙がこぼれていた。


「お、お前……何で?」


「今は感傷に浸る時ではないよ、類。君がまた夢の中に落ちてきたときにまた話そう。ほら、君を待っている仲間がたくさんいるんだろう?」


 俺の事を優しく諭すその光に促され、俺はフワリと上へ浮かんでいく。


「ありがとう。絶対また会いに来るからな……タロウ‼」


 俺はそう言い残し、さらに上へと昇って行った。



 俺は目を見開くと、そこには涙目になって俺の顔を覗き込んでいるコタロウとシュウスケがいた。


「良かった‼ 気が付いたんですね」


「本当に良かったっす‼ 俺たちのこと忘れてないっすよね?」


 くしゃくしゃな顔を見ると気が抜けそうになるが、俺を心から心配してくれていた事がたまらなく嬉しい。


「よぉ、起きやがったか異界人ボーイ! ゆっくりと談笑したいところだが、今は時間が無い」


 ミニサイズのバーンが下りてきて、煙幕が貼られた先を見るように促す。


「あそこには怖いババァが入ってるんでな。今のうちに逃げないとまた、魂抜かれっちまうぞ‼」


 ま~たっく、状況が分から無いがとにかくヤバいって事だけはひしひしと伝わってくる。


「そう言う事なら、さっさと逃げだした方が良いな‼ 怖いばぁさんに絡まれるのは御免だ!」


 俺が何気なく放った一言だったが、それが周りを固めることになった。


「あれぇ? 君ってそんなこと言う人だったっけぇ? 別れる前の君ってユーモラスの欠片もない奴だったような気がするのになぁ?」


 バーンの素っ頓狂な声が響き、シュウスケも目を丸くした。

 しかし、コタロウだけは尻尾を大きく振っている。


「元のルイさんですね……安心しました!」


 俺はコタロウを抱き上げ、頭を撫でる。


「さぁ、さっさと逃げようか!」


 俺たちは通路に向けて走り出そうとしたが、そこであることに気付く。


「通路の扉が閉まってるっすよ‼」


 そう、さっきまで開いていたという扉が今はぴっちりと締め切られている。


「逃がすわけないさね!」


 激しい突風が吹き、煙幕が晴れる。

 その中から魔力をほとばしらせたリフが姿を現す。


「なんてことだい……まさか私が掛けた支配魔法が解呪されるなんてねぇ。そのちっこい魔物は末恐ろしい能力を持っている様だねぇ」


 コタロウが? 支配魔法を?

 俺は驚き、抱いているコタロウを見つめる。


「安心しな。後で詳しく教えてやるよ! 今はあのババァをどうするかを考えにゃぁならんな!」


 バーンは戦闘態勢に入り、本体をこちらに移す。


「もう少しで狼君たちがここに着く。それまで気張るんだぜぇい!」


 魔力で震える部屋の中で俺たちは王国一の大魔法使いと一戦交える覚悟を決めた。

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