第二十四歩 【メガロ】

 俺たちは魔方陣の場所まで辿り着いた。

 俺とフェルの周りはサメ型魔獣の水操作で水が無い空間が作ってあり、魔方陣から出る廃棄物は水を使って誘導されている。


「んで? どうすんだ?」


「フェル、考えがあるって言ってたな?」


 俺たちは魔方陣をまじまじと見つめるフェルに問いかける。

 フェルは魔方陣から俺たちに向き直り、その問いに答えた。


「なに、その爆弾を持ち主に帰してやろうと思ってな!」


 フェルはニヤリと笑う。

 魔獣が咥えていた番兵はもはや人の形を保っておらず、光の玉となっている。

 脈動していて、いつ爆発してもおかしくない。


「この魔方陣を使おうって考えなら無駄だぜ。この魔方陣に向かって攻撃しても向こうさんは痛くもかゆくもなかったみたいだからな」


「確かに、この魔方陣は向こうから一方的に物質を転送する術式になっている。このままではこちらが何をしようが向こうには繋がらないだろうな……だが」


 フェルは俺を見て、鼻を鳴らす。


「ルイ、お前のスキルが魔方陣の形象文字まで読み取れれば話は別だ!」


「え? 俺の〝言語理解〟で?」


 そのやり取りを聞いていた魔獣は大きな笑い声をあげる。


「ハハハハ! それなら心配いらねぇや。オメェはさっき魔方陣の文字をスラスラ読んでたじゃねぇか! さぁ、時間がねぇんだ。さっさと頼むぜ!」


〝言語理解〟のスキルがこんな緊急時で役に立つなんて初めてじゃないだろうか?

 俺は気が引き締まるような思いで魔方陣の前に立つ。


「さぁ。フェル。俺は何をすればいいのかな?」


「ふん、読めれば簡単なことだ。こちら側からの転送を不能にしている部分の術式を見つけろ。 後は我がやる!」


 フェルに言う通りに俺は魔方陣を凝視する。

 俺が目を向けた部分がどんどん日本語に変換されていくが、まだそれらしい文面は見えてこない。


「ルイ、ぐずぐずするな! このままでは我らは消し炭になるぞ!」


「分かってるけど……やっぱり見つからない! どこを見てもそんな部分は無い!」


 魔方陣の術式の文は全部読めた。

 ただ、魔方陣の文は簡単に言えば単語を集めた散文の様なものだったのだ。

 創薬協会 転移 湖など一連の汚染騒動に関係のありそうな言葉が並んでいる。


「落ち着け! 前にも教えただろうが、魔法というものは術者のイメージが大きく関与している。お前はその中で、この術式を一方的にしているイメージを見つけるんだ!」


 イメージ……奴らはこの行為にどんなイメージを持っていた?

 今回の汚染は何のために引き起こされた……

 そう考えた時、とあるひとつの単語が目に留まった。

 それは人間しか求めぬもの。

 そして、時に倫理すら侵すもの。

 〝利益〟という言葉である。


「フェル‼ ここだ‼ ここを壊してくれ‼」


「間違いないな? 行くぞ!」


 フェルは残りの魔力を全て右前足に込めると俺が指定した部分に振りぬく。

 すると魔方陣の色が陰り、周囲の水が吸い込まれていく。

 どうやら術式の破壊が成功したようだ。


「今だ! そいつを突っ込め‼」


「待ってたぜ‼ 仲間たちの恨みだ‼ くらいやがれぇ‼」


 魔獣は加えていた光の球を大量の水に乗せて魔方陣へ注ぎ込む。

 光の球は魔方陣に吸い込まれて消えていくが、魔方陣の中から何本も光の柱が漏れてくる。


「魔方陣から魔力が漏れて来てやがる! このままじゃヤバいのは変わらねぇぞ! 早くここを離れろ‼」


 魔獣が俺たちに促すが、一つ大きな問題が発生していた。


「フェ、フェル‼ 大丈夫か?」


 俺は足元で空気が抜けたぬいぐるみの様にへたり込むフェルを持ち上げる。


「う、うむぅ……魔力が完全に尽きてしまったようだ。指の一本も動かせん」


「ん、ったく! また、運んでやるから早く捕まりやがれ‼」


 俺はフェルを小脇に抱えると先程の様に魔獣の尾に捕まった。


「「「‼」」」


 その瞬間、魔方陣から眩い閃光が溢れ、辺りを包んだのだった。



 ウェンドは霊薬の効果が切れ息絶えた番兵を床に打ち捨てる。


「やはり単体での転移魔法は消費魔力が大きいみたいですね。あっという間に人間の生命力が空になってしまいました」


 ウェンドは転移した部屋を出ると地下工場の様な所へ赴く。

 ここが創薬協会の支部であり、ウェンドの隠れ家なのだ。

 この支部は村から少し離れた山間に地下に存在し、村長でさえもその場所は知らない。


「あいつらはあの魔獣、湖とともに消えたと考えて間違いないでしょう。後の問題は新しい処理場の確保ですね。今回の様々な実験を薬品の技術に応用できれば更なる利益が望めそうですから、早く取り掛かりたいものです。フフフ」


 ウェンドは階段を下りながら今回の計略の成功を確信していた。

 しかし、そのウェンドの考えは脆くも崩れ去ることとなる。


「ウェンド様‼ 魔方陣に異常が‼ 大量の水が流れ込んできております!」


「そ、そんな馬鹿な‼ あの魔方陣は廃棄物の転送しかしない様に作り出したはず!」


 ウェンドは配下の一人の声を聴き、一気に階段を駆け下りる。

 工場に着く頃には膝下まで水で満たされていた。


「一体何が起きたというのですか⁉ 奴らの仲間に魔術師はいなかったはず! 魔方陣が書き換えられるなんてことは……」


 ウェンドの思考はそこで途切れた。

 何故ならば彼の目の前にはもはや思考しようがない光景が現れたからだ。

 現れたものは己の計略そのもの。

 だからこそ、ウェンドは悟ったのだ。

 その光の球が目と鼻の先にあるという事がどういうことを意味するか……


「ウェ、ウェンド様‼ 今すぐ逃げ……」


「フッ、間に合うものか」


 その瞬間、光の球は爆ぜ、その空間を根こそぎ消し去った。

 ウェンドは文字通り、自らの計略によって身を滅ぼしたのだった。



 俺はデジャブの様な感覚に陥っていた。

 掴んだ尾の感覚。

 辺りに飛び散る水飛沫。

 落下していく浮遊感。

 ただ違うのは小脇に抱えた温かい毛玉のみ。


「うわぁ! またなのか~!」


 今度は俺だけではなく、掴んだ尾の先も一緒に落下していく。

 その先は湖だが、ほとんど水が弾け飛んでしまったため、今は泥沼の様になっている。


ドチャァ‼


 重苦しい音と共に口や鼻に泥が入ってくる。


「ルイ! フェル! 大丈夫?」


「キュイ、キュイ‼」


 リンはシュウスケを、ミディはコタロウを抱えながら俺たちに近寄ってきた。


「し、死ぬかと思った!」


「馬鹿者、何度も言うが、お前が悪いんだろうが……オエェ」


 俺とフェルは口から泥を吐きながら立ち上がる。

 湖は今までの5%程度の広さくらいしか残っていない。

 爆発の余波で地形も変わり、湖と呼べるものではなくなってしまっている。


「チッ! 仲間の敵討ちをできたのは良いが、何もなくなっちまったな……」


 サメ型の魔獣はわずかな水を集め、その中へ身を潜めながらぼやく。


「俺たちがいなければお前も運命を共にしてたってか?」


 俺は魔獣に向き直るとそう問いかけた。


「……感づいてたのかよ」


「そのくらいお前の話を聞いてれば分かるさ。それでもお前は俺たちを助けてくれた。だから、俺はお前を一人残していきたくない」


「だったら、どうしろって?」


 俺は魔獣の目を見据える。


「俺たちと一緒に来ないか? こっちもろくな道じゃないだろうが、ここにいるよりは何か見つかるかもしれない」


 しばしの沈黙の後、魔獣は息を吐く。


「フッ、やっぱり変な奴だよオメェは……だが、合縁奇縁ってやつだったかな? そいつも悪くねぇかもしれねぇ」


「合縁奇縁って、なんでそんな言葉知ってんだよ?」


「ん? お前まさか異界人だったのか? どうりで変な人間だと思ったぜ。なに、俺も昔に変な異界人に会ったことがあってよ。そいつが話してたのを思い出しただけさ」


 俺の他にもそんな異界人がいたんだな。

 俺が少し嬉しい気がしていた時、後ろからシュウスケの声がした。


「ところで仲間になるのは良いんすけど、どうやって一緒に行くんすか? 河の傍を通るのだって限界があるっすよ?」


 ウグ……シュウスケの奴、じっくり寝たせいか前より鋭くなっている気がする。


「それなら心配いらねぇよ! ほらよ」


 魔獣はそう言うと身を翻す。

 すると、みるみる身体が縮んでいく……あれ?

 これって?


「「「体躯変化⁉」」」


 俺たちは思わずは声を挙げる。

 何故なら〝体躯変化〟はフェル特有のスキルであったはず。

 一体どうなっているのだろうか?


「あぁ、そうだ。このくらいの身体なら水を操って空中を泳ぐことが出来る。そう言えばそっちの白いのも使ってたよな。なんでそんなに驚いてんだ?」


 俺たちは一斉にフェルの方を見る。

 フェルはしばらくそっぽを向いていたが、俺たちの視線に耐えきれなくなったのか観念した様に向き直った。


「あぁ、そうだとも! 〝体躯変化〟は我特有のスキルなんかじゃない。ある程度のレベルを超えた魔獣なら使えるスキルだ。我以外に使える奴にはそう会わないだろうと誤魔化していたがな。まさかこんな奴が我と同列だとは思わなんだ!」


 フェルはやれやれと首を振った。


「どうしてそんな誤魔化しを?」


「この弱肉強食の世界で自分のスキルを見知らぬ奴に教えるなど自殺行為だからな。必要がある時まではたとえお前たちでも教えんぞ」


 フェルはそう言うと再びそっぽを向く。

 たとえお前たちでも……か

 信用されてないわけではないって事かな。

 リンやシュウスケは少し納得できていない様だが、ここは話を戻そう。


「ところでお前は何か呼び名はあったのか?」


「ん? 呼び名か……その異界人は俺を見て〝メガロドン〟と言っていたがな」


 確かに巨大なサメの様な見た目だし、俺と同じ世界から来たならメガロドンを連想してもおかしくないな。

 メガロドン……となるとやっぱりメガロかな。


「じゃあ、俺はメガロと呼ぶことにしようと思うんだが良いかな?」


「問題ないぜ。俺もお前たちと行動する間はメガロって名乗ることにするぜ!」


 俺たちはこうして新たな仲間を迎えた。

 サメの様な魔獣のメガロ。

 彼もまた俺が歩んでいくけものみちを大きく変えていく存在になるのだが、その時の俺はあまり深く考えていなかったんだろうな。

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