第二十三歩 【汚染と危機】

「のわぁぁぁ‼」

 

 俺は魔獣が湖面から飛び出した衝撃で尻尾を離れ、そのまま陸地へ突っ込んだ。


「ルイさん‼ 良かったぁ!」


 やっと身体を起こした俺にコタロウが駆け寄ってくる。


「怪我はない様だな、コタロウ」


 リンの姿も見えるし、とりあえずは無事のようだな。


「リン、無事でよかった!」


 俺はコタロウを抱きかかえ、リンに駆け寄る


「それはこっちのセリフよ。 よく無事だったわね!」


 リンは武器を抜いているが、怪我はしていない様だ。


「状況は見ての通りよ。汚染の原因は創薬協会にあるみたいね」


「あぁ、分かってる。湖の底でヤバいものを見て来たからな」


 俺はそそり立つ波の上に浮かぶ、サメ型魔獣を見る。


「あいつからも色々聞いた。この湖の汚染は創薬協会が貼った魔方陣から出てるんだ」


「それだけじゃないわ。あいつらは私たちも研究材料にするつもりよ! 急がないとミディたちも危ないわ!」


「チッ! 生きていただけでなく余計なものまで見て来たようですね。どうやったかあの魔物も手なずけてしまったようですし、状況は思わしくないってことですか……」


 苦々しい顔を見せるウェンドに水の刃が降り注ぐ。

 しかし、その刃は番兵が発動した風魔法に掻き消された。


「テメェがこの湖を汚しやがった野郎どもの親玉かよ? 俺の仲間たちの恨み、ほんの少しでも晴らさせてもらうぜ‼」


 水の刃を再び作りながら、魔獣は呻るがその声は届かない。


「グルグルとうるさい魔物ですね。村に向かわせた私の部下たちからも報告が上がってきませんし……」


 魔獣が放つ水の刃を番兵に相殺させながら、じりじりと後ろに下がる。

 あのサメの魔獣も手加減をせずに攻撃している様だが、攻撃は届いていない。

 あの番兵のどこにこれほどの魔法が行使できる力があるというのだろう?


「あの薬……もしかして‼」


 何か考え込んでいたリンが声を挙げる。


「まさかあの薬は命を魔力に変換させるの⁉」


 その言葉を聞くなり、ウェンドはほくそ笑む。


「ご名答。あの薬は霊薬を作る過程で出た廃棄物なのですがね、なかなか面白い効果が見られたので実験しているのですよ! この湖に流しているのもそのような普通には処理できない廃棄物ですがね」

「なるほど。 それが事実だったわけか……」


 その声と共にウェンドの後ろに大きな影が着地する。


「ルイ‼ お前が突っ込んだ穴はどうやら思った以上に厄介のものだったらしいな‼」


「フェ、フェル⁉ どうしてここに? それにその姿は⁉」


 降りてきたのは巨狼になったフェル。

 しかも、背中にシュウスケとミディを乗せている。


「ルイさん! 俺たちも村で変な奴らに襲われたんすよ! 多分、そいつらの仲間じゃないんすかね!」


 その姿を見てリンはホッと胸を撫でおろした。


「良かった。みんな無事ね」


 降り立ったフェルはウェンドを睨む。


「魔獣に汚名を着せただけでなく、我らまで狙うとは度し難い人間もいたものだな!」


 フェルに睨まれたウェンドは自分の置かれている状況を怨むかのように歯ぎしりをすると懐に手を入れる。


「ことごとく私の計画を踏み躙ってくれましたね。転移の魔法も使えない様だし、冒険者組合に所属していなければ簡単に揉み消せると思いましたが……いいでしょう、こうなっては予定を繰り上げるしかなさそうですね!」


 ウェンドはそう言うと一本の小瓶を取り出す。


「また、何かの薬を使うつもり? 様子を見る限り、その番兵達はそれ以上耐えられないわよ!」


「えぇ、知っていますよ。ですがね、それが狙いだったりするんですよ!」


 ウェンドは魔法を行使していない方の番兵に薬をかけた。


「龍人族のお嬢さんが言っていたように先程の薬は命を魔力に変えるものでした。ですが、こっちの実験体には全く魔法を使わせていません。そして今使ったのは魔力を外的な力に変換して放出させる効果がある薬です……この意味がお分かりですね?」


 ウェンドは目を見開き、魔法を行使している方の番兵に向かって走り出す。


「逃がすな‼」


 誰のものともない声が響くが、ウェンドは既に番兵の下へ辿り着いている。


「ごきげんよう皆さん。この湖と共に綺麗に消え去ってくれる事を心から期待しておりますよ‼」


 ウェンドはそう叫ぶと番兵に転移魔方陣を起動させ、姿を消した。


「な、なんかあの人ヤバそうなんですが‼」


 コタロウの声に急かされ、残された番兵を見ると苦しみ悶えながら口や目から眩い光を放っている。

 まさに爆発寸前といった様子だ。


「この魔力量は不味いぞ‼ 早くここから逃げ――グッ‼」


 そう言いかけたフェルの身体はどんどん縮んでいく。

 どうやらここに来るために魔力を使い果たしたようだ。


「これじゃ間に合わないわ‼ 何とかしないと‼」


 俺たちが動き出そうとしてその時だった。


「テメェら、どいてろ‼」


 波が押し寄せ、それに乗ってきた魔獣が番兵を口に加え掻っ攫う。


「こいつは俺の問題だ! これ以上、テメェらを巻き込む気はねぇぜ‼」


 魔獣はそのまま身を翻すと、湖の中へ潜る。


「あいつ、何を⁉」


「よせ! ルイ‼」


 俺は制止する声も置き去りに境界玉を起動させると魔獣の後を追って湖へ飛び込む。

 しかし、そんな俺の背中に違和感がある。


「いい加減にしろ‼ お前が行って何になるというのだ!」


「⁉ フェルなんで付いて来てんだよ!」


 背中にはミニサイズに戻ったフェルがしがみついていた。


「湖の中で爆発したとしても抑えきれるものではないわ! 一か八か試してみたいことがある! お前はあの魔獣に魔方陣の所まで行くように言うんだ‼」


 俺はフェルの剣幕に押され、その内容を魔獣に伝える。


「何? 魔方陣の所だと? そこでどうするっつうんだよ?」


「俺の仲間に考えがあるそうだ。一か八かやってみるしかないだろ?」


「へっ、見も知らねぇ奴の事情にここまで首突っ込むなんて、酔狂な奴らもいたもんだな! いいぜ、乗ってやるよ‼」


「酔狂なのはこいつだけだ‼ 時間はほとんどない、急ぐぞ‼」


 こうして俺たちは再び、湖の底に沈んでいった。

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