第二十一歩 【汚染と嘘】

 激しい渦に飲まれた様な俺の身体はどんどん湖の底へと沈んでいく。

 誰に引っ張られているわけでもなく、ただ水が俺を運んでいるのだ。

 その流れに巨大な影はぴったりと付いてくる。


ドスンッ!


「グアッ‼」


 暫くして俺はいきなり水のない所へ放り出され、腰を思い切り地面に打ち付けた。

 痛みのあまり片目を開けると、俺は自分の置かれている状況に絶句してしまった。


「ど、どうなってんだ?」


 そこは湖の底に出来た空気のドームのような場所。

 しかも、丁度俺一人が入る分だけ確保されている。

 つまりは俺が水のない場所に来たわけではなく、水の方が俺を避けているが正解だった。


「境界玉か?」


 俺は境界玉を見たが、さっきまで発していた光が失われ、作動前の状態に戻っている。

 スマホで時間を確認すると俺が潜ってから23分が経過していた。


「境界玉は時間切れで停止している。じゃあ、一体これは?」


 俺が辺りを見渡すと……


「テメェは一体何者だ?」


 頭上から降ってきた声に反応し、俺は視線を上に向ける。

 俺の目に飛び込んできたのは巨大にして無数の牙。


「サ、サメ⁉ 湖に⁉」


 目の前を悠然と泳いでいるのは一言で言えば巨大なサメ。

 しかし、その肌は青白く輝き、身体の両側面には血脈の様な模様が幾本も走っている。

 その何とも猛々しい姿に俺はしばし見とれていた。


「オイ、質問に答えやがれ! 一体、てめぇは何者だ? 何故俺の言葉が分かる?」


 呆けている俺にさらに強い口調でサメ型魔獣は質問をしてくる。


「お、俺はルイ。俺は魔獣と話すスキルを持っているんだ」


「ほう、それでさっきみたいに俺の言葉が分かるって訳か……んで? テメェはこの湖に何しに来やがった? まさか、これ以上俺たちの住処を汚しに来たとかいうんじゃねぇだろうな?」


「汚染は湖に住み着いた魔物が原因だと聞いている。俺はその魔物の討伐を依頼されたんだが、その口ぶりだと君ではないんだな?」


 俺がそう確認すると魔獣は牙を剥き出しにし、怒りを露わにする。


「何だと‼ 住み着いた魔物? 討伐だと? ふざけるんじゃねぇ‼ この湖が死んじまったのは全部お前ら人間の所為じゃねぇか‼」


「何⁉ 一体それはどういう事なんだ!」


 俺たちはしばし、睨み合った。


「お前や村人たちにあいつらがどういう風に吹き込んでんのかようやくわかったぜ……なら、お前に面白いもの見せてやるよ」


 魔獣はそう呟き俺に尾鰭を向けると、そのままゆっくりと泳ぎ出した。

 すると、俺を覆っている水のない空間も一緒に移動を始めた。


「その水が無い所から出ないように付いてきな!」


「これって一体? お前の魔法か何かか?」


「お前が俺と話せるのと一緒さ。俺は水を操ることが得意なんだよ」


 水操作のスキルって訳か……

 俺はその空間に沿うように歩き魔獣の後を付いていく。

 まだそんなに歩いていない内に魔獣は進むのを止めた。


「ほら見てみろよ!」


「‼」


 そこにあったのは湖底に設置された幾つもの魔方陣の様なサークル。

 しかも、そこからは怪しげな色をした液体が絶え間なく漏れ出ている。


「これがテメェの言った汚染の正体ってやつだ!」


「な、何なんだこれは?」


「テメェら人間が貼った魔法陣だ。しかも、壊したそばから復活しするっていう厄介なおまけ付きでよ!」


 俺はあまりの光景に魔方陣を見つめる。

 すると……


〝言語理解権能:文字理解発動〟


 急に俺のスキルの権能が発動し、魔方陣の文字が読める文字へと置き換わっていく。


「ソ・ウ・ヤ・ク……創薬協会⁉」


 それは紛れもなく転送用の魔方陣であり、そこには創薬協会の名前が入っていた。


「なんだそりゃ? それがこの魔方陣を貼った奴らなのか?」


 俺は他にも情報が無いか魔方陣を凝視するが、魔獣の興奮は収まらない。


「おい、テメェ‼ そいつらは一体何なんだ‼ 一体どこにいやがる‼」


 魔獣は俺の前に迫り、圧力をかける。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! まだ、何かわかるかも……」


「うるせぇ! もし本当にそいつらがここをこんな風にしやがったんだとしたら、俺の仲間はみんな……そいつらに殺されたって事になんだよ‼ これが落ち着いていられるか‼」


「仲間? 君の他にもここに住んでいる魔獣がいたのか?」


 俺の質問に魔獣は少し冷静さを取り戻したようで、少し距離を置き沈黙する。


「この湖は汚染が始まる前はとびきり綺麗な湖だったのさ」


 魔獣は重く、そして少し寂しそうに話し始めた。


「俺は魔獣に進化したのが一番早く、水操作のスキルを持っていた。だから必然的に群れの主になったのさ。その後も多くの仲間が魔獣となっていった。最終的には200を超える仲間を伴って、この湖で面白可笑しく暮らしていたのさ。しかし、とある夜、数人の人間が湖の中に魔方陣を設置していきやがった。俺たちも壊そうとしたが、どうにもならねぇ。次第に汚染が広がって湖はどんどんと腐っていったよ。でも幸いだったのが俺の水操作には水を浄化する作用があったのさ」


「ん? もしかして俺の身体から汚染の影響が消えているのは?」


「あぁ、俺のスキルの影響だな。俺は周囲の水を浄化しながら泳いでいる。だから、俺の周囲にいれば取り敢えず汚染は受けないはずだ」


「え? なら、仲間だってそうだったんじゃないのか?」


「汚染が直接的に仲間たちを殺したんじゃねぇ」


「なら、なんで……」


 魔獣はゆっくりと目を閉じ、身体を震わせている。


「……飢餓さ。仲間たちを汚染から守ることはできても汚染が垂れ流されるスピードに対して俺一人が浄化することが出来る水の量なんてたかが知れてる! 次第に湖は死んでいき、食い物もなくなった。大気から魔力を直接吸収できる俺以外は苦しみもがいた末にみんな逝っちまった」


「そんな……」


 俺は言葉を失った。

 こんな酷いことがあっていいのだろうか・・・

 あまつさえ、創薬協会はその罪を被害者であるこの魔獣に擦り付けようとしている。


「だからこそ決着付けなきゃいけねぇだろうが……今までは誰を恨んで、何をすれば良いか全く分かんなかったが、テメェのおかげでようやく決まったぜ!」


「創薬協会と戦うつもりなのか?」


「それ以外の道があるか? 仲間たちの恨みを晴らせねぇで何が主だよ! それによ……わざわざ探す必要もない様だしな!」


 魔獣はそう言うと湖面を見上げた。


「湖の上が騒がしくなっていやがる。あいつらも俺が邪魔って事なら、お前らを隠れ蓑にして俺を殺しちまおうって腹なんだろうぜ!」


 俺も水中の注意を向けてみると、確かに大きな振動が反復して伝わってきている。

 まるで誰かが戦っているような……まさか!


「リンとコタロウが危ない‼」


 リンはとコタロウはまだ湖の近くに残っていたならこの衝撃は二人が戦闘に巻き込まれている可能性がある。

 俺が蒼褪めていると、魔獣が尾鰭を差し出してきた。


「仇討ち相手を教えてくれた礼だ! 湖の外まで送ってやるぜ!」


 俺が尾鰭にしがみつくと魔獣は猛スピードで湖面へと浮上していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る