第二十二歩 【隠蔽と汚染】
~シャルフ湖 岸辺~
私はルイから預かった腕に付ける時計を見る。
ルイが湖に潜って8分程が経った。
「そろそろ限界のはずだわ。引き上げないと!」
私はルイに繋がっているツタを力一杯に引く。
その瞬間、コタロウが私に飛びついてきた。
「リンさん、避けて‼」
私がコタロウを連れてその場を飛び退くとその場に複数の火球が着弾する。
「誰?」
私が体勢を立て直して、向き直るとそこに立っているのは先程の二人の番兵。
そして後ろには見たことのある髭面。
「しばらく様子を見ていましたが、まさかこの湖に飛び込むとは……全く底なしの間抜けがいたものですね。まぁ、そのおかげで処理する対象が一人減った訳ですがね」
「あなたは創薬協会の……私たち、あなた達からの依頼をこなすのに忙しいんだけど何か御用かしら?」
「いやね、創薬協会も是非お力添えにと思いましてね。直々に処分しにきたんですよ。様々な問題をね! そのついでに新しい商品の実験でもとね」
ウェンドが手をかざすと番兵が動き出す。
番兵の動きはさっきとはまるで違い、操り人形の様だ。
「コタロウ、下がってなさい。彼らにとっては私たちも問題みたいね」
私はツタを腕に巻き付けるとコタロウを後ろに下がらせると、番兵は剣を抜き去り、切りかかってくる。
私は腰の短剣とダガーで受け止めた。
「リンさん、あの二人から湖と同じ匂いがするんです。鼻を突くような危険な匂いが」
なるほどね――なんとなくだけどこの依頼の裏が分かった気がするわ。
「この汚染は魔物の仕業なんかじゃないって訳ね?」
私は受け止めていた剣をいなしつつ、二人を押し返す。
「いいえ。この汚染は全て魔物の仕業ですよ。そしてあなた達は強力な魔物を道連れに命を落とした英雄となる……こういうシナリオではお気に召しませんかな?」
嫌味な笑みを浮かべながらウェンドは青白い液体が入った小瓶を二つ取り出し、栓を抜く。
「さぁ、次の実験です」
番兵に青白い液体をかけると、番兵は目を赤く光らせる。
「うぅ……また変な匂いなのですぅ」
コタロウが悶えるのも無理はない。
青白い液体はここの汚染以上。
私でも分かるくらいの劇薬だ。
「ガウゥアァァ」
番兵達は人間とは思えない声を挙げながら迫ってくる。
そのスピードはさっきの比ではないほど上がっている。
でも――
「まだ私の方が速いわ‼」
私は再び斬撃を受け止めると蹴りを繰り出す。
その蹴りは番兵の一人を捉え、吹き飛ばす。
もう一方の敵に向き直った時――
キィィィィン‼
空気が振動するような音が聞こえ、私はとっさに身を翻す。
蹴り飛ばした番兵が発動していたのは風の中級魔法:ブリーズ・スラッシュ。
その魔法は私の腕をかすめ、ルイに繋がっているツタを両断する。
「しまった‼」
ツタは私の腕を離れ、どんどん湖の中へ入ってしまうかと思ったが、その場に落ちて動かない。
これが意味していることが何なのか私には理解できた。
「おやぁ? 湖に入ったお仲間はどうしたんでしょうかねぇ? 早く引き上げて差し上げてはいかがですか?」
それを見て増々笑みを深めるウェンド。
私は切り結んでいる番兵を地面に叩きつけると、ツタを拾い引き上げる。
しかし、陸に上がったツタの先にルイの姿は無い。
「そ、そんな‼」
「フハハハハ! これで君とその魔獣さえ片付ければ残るは本命だけだ。大河にまで汚染が広がってしまってはこの湖は処理場として使い続けるわけにはいきませんからね。全てを隠蔽するために湖ごと消えてもらうこととしましょう!」
「私たちだけ⁉ 村にいるミディたちに何をしたの?」
「フフフ、実験体はいくらいても困りませんからね。しかも魔獣や龍までいるとなれば有効に活用するのが正しいというものですよ」
なんてことなの‼
ルイを救うにも、ミディたちを助けに行くためにも早くこいつらを‼
「すぐに片を付ける‼」
私はマントを脱ぎ、翼と広げ、尾をしならせる。
「り、龍人族! フフ、人間にしてはやるものだと思っていましたが、よもや龍人族とはね。最高の素材がこれほどまで揃っているなんて私は幸運な男ですね」
私の姿を見て少し動揺したようだが、むしろやる気を出してしまったみたいね。
「さぁ、行きなさい。彼女達は生け捕りにするのです!」
再び立ち上がった番兵達が魔法を発動させる構えを取った。
しかし――
ゴガガガガガガ‼
辺りがまた大きな振動に包まれ、湖の底から大きな魔力の塊が上がってくるのが分かる。
「こ、これは⁉」
「チッ、これはタイミングが悪いですね」
大きな水しぶきが上がり、湖面が盛り上がる。
「グオォォォォォォォォ‼」
大きな唸り声と共に姿を現したのは巨大な魚の様な魔獣。
そしてその尻尾には――
「ルイ⁉」
尻尾には湖の中に消えたはずのルイの姿があった。
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