第十九歩 【湖と汚染】

「いやはや、魔物退治を快諾して頂き感謝しておりますぞ! これで村も救われるというものです!」


 俺達は村長のお世辞を聞きながら道を進んでいた。

 ミディはシュウスケ、フェルと共にお留守番していてもらうことにしたので俺、リン、コタロウのメンバーで事に当たる事になる。

 昨日は薄暗かったので分からなかったが村の建物は一つ一つに整備が行き届いているようでとてもキレイだ。

 夜も村の隅々まで街頭の光が届いていたし、かなり裕福な村であるのが見て取れる。

 リンから聞いた話だが、この世界の街頭は魔力を溜め込み発光する鉱石を用いているため非常に高価なものだそうだ。

 俺が村の様子を観察していると村長が連れてきた男が俺たちに声をかけてくる。


「村長さんからお話は伺っております。私共と致しましてもあの湖の魔物を討伐して頂けるのは非常にありがたいことですのでね」


「私共?」


「ご紹介が遅れました。こちらはこの村に置かれた創薬協会支部を取り仕切っていらっしゃるウェンド様で在らせられます! 皆様のお話をしたところ是非ともお会いになりたいとおっしゃられたので!」


 村長が紹介したウェンドという男は貴族の様な服装に身を包んだ狐顔の男だった。

 カイゼル髭を撫でながら俺達の事をじろじろと見ている。


「見たところ、冒険者組合(ギルド)の方々ではないようですな?」


 やっぱりギルドってのはあるもんなんだな。

 本来ならば異世界の冒険はそこから始めるべきものなんだろうが……なかなかテンプレ通りにはいかないのが現実だな。


「そ、そうですね。ギルドには登録はしてないんですよ。……やっぱりだめですかね?」


 わざと登録していないかのように振舞うことにしたが正解だっただろうか?

 何せ、俺やシュウスケが異界人だとバレた段階で取っ捕まってしまうだろうし、何とか誤魔化さねば!


「いえいえ、むしろ私共と致しましては好都合というものです。皆様もご存じかとは思いますが、創薬協会とギルドは商売敵の様な関係ですからな! 彼らに貸しを作るくらいなら腕の立つ一般の方に頼む方が助かります」


 これも後から聞いた話だが、この世界の薬品の全ての権利を手中に収めたい創薬協会に対して、独自のルートを確立しているギルドは唯一といっていい商売敵なんだそうだ。

 普通の国や一般の冒険者からすれば、どちらから買おうがさほど差はないので気にされてはいないが手練れの冒険者の多くはギルドに属しているためこう言った面倒な案件になるとギルドの方が一枚上手なんだとか……

 そんなこんなで俺はこの世界の情勢について少し勉強しつつ、問題となっている湖へと歩を進めていったのだった。



~シャルフ湖 湖畔~

 宿屋を出発して1時間ほど歩いただろうか?

 村長たちは村の入り口で案内を番兵に任せて別れた。

 ご武運をなんて言っていたが、肝心な魔物の話は二人からは全く聞くことが出来ていない。


「さぁ、こちらでございます」


 俺たちは番兵に案内されながら村の横に広がる森を抜け、少し小高い所にある湖へと到着した。


「ところでその魔物ってのはどんな奴なんだ?」


 俺は案内を終えて帰ろうとする番兵達に質問する。


「実は全体を見た者はいないんですよ。水が汚染されるようになって創薬協会の調査員と村の番兵数人が調査に来たんですけどね。湖に近づいた瞬間に大きな津波を起こして追い払われたってことくらいしか聞いてないんです」


「あ、でもそのうちの一人が大きなヒレの様な物を見たって言ってたんで何かいるのは間違いないと思うぜ。この湖にそんな魔物がいるなんて聞いたことなかったし、汚染と無関係とは思えないのさ!」


 番兵達はそう言い残すとそそくさと村へ引き返して行ってしまった。

 余程、この湖へ近づくのが怖いと見える。


「さっそく湖を調べてみようか……って、あれ?」


 湖まで後100m程の所で何かが足に絡みついた。


「ま、まづでぐだざい。ルイザン‼(ま、待って下さい。ルイさん‼)」


 その正体は片前足で鼻を覆ったコタロウ!

 しかも、涙と鼻水で顔がグシャグシャだ。


「うわぁ! 一体、どうしたんだよ⁉ 顔がスゴイ事になってるぞ?」


「なんが、べんなニオイがじてばながまがりぞうでつ(なんか、変な匂いがして鼻が曲がりそうです)‼」


 変な匂い?

 俺は注意深く辺りの匂いを嗅いでみたが特に変わった様子はない。


「たぶんだけど、魔力の匂いを嗅ぎ分けられるコタロウにだけ感じられる匂いなのね。何とかしてあげないと!」


 リンはそう言うと自分のマントの端を切り、コタロウの顔を覆うように巻く。


「このマントの生地は龍の里の特性でね。魔力の流れを遮断することが出来るの。何もないよりは楽なはずよ!」


「あ、ありがとうございまふぅ。これなら何とか……」


 マントを巻かれたコタロウはその場にへたり込んだ。


「すまないなリン。大切なマントを使わせてしまって」


「良いのよ。それより、コタロウはこの先に行かない方が良いと思うわ」


 俺もその意見には同意だった。


「そうだな。コタロウ、少しここで待ってられるか?」


 コタロウは静かに頷き、近くにあった木の下に蹲った。

 ましになったとは言え、なかなかに辛そうである。

 村に先に帰そうかとも思ったが、魔獣認定されているコタロウが単独で村へ行くのはどうも危ない気がする。

 なるべく早く戻るとコタロウに伝え、俺とリンは湖へと近づいていく。

 水が触れるまで近づくと何だか空気が重く感じられ、目が眩む様な感覚に陥った。


「ここまで近づくと私たちでもキツイわね……魔力の濃度がとても高いわ」


 リンも同じような感覚を感じている様子。


「さてここからどうしたものか……長時間いたらヤバそうだしな」


 俺たちが暫し思案に暮れていた時だった。


〈ココニチカヅクナ‼〉


 重くズシリとした感覚が俺の中に入ってきた。


「ルイ、見て‼ 湖が‼」


 リンの叫びに俺が顔を上げると今まで静かだった湖の表情が一変していた。

 湖の中心の水は盛り上がり、湖面は細かな振動で騒がしいほど逆立っている。


「すごい振動だわ。とんでもない何かがいるのは間違いないようね!」


「……違う。これはただの振動じゃない!」


 俺は思わず、湖の水に手を触れた。

 俺にはこの振動の中に確かに感じるものがあったのだ。

 それはーー

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