第十六歩 【同郷と修理 後編】
俺の中学デビューの日はあいにくの土砂降りだった。
入学式に向かう途中だった俺は増水した河で子供が溺れているのを偶然見つけちまった。
どうしても見て見ぬ振りができなかった俺は思わず河に飛び込んだ。
それ以降のことは覚えていないが、その後で管理者とかいう人に聞いた話だと子供は俺がしがみつかせた流木に乗り、助かったのだという。
俺はというと、そのまま溺れ死んでしまったというのだから笑えないけど……
兎にも角にも最後の善行とやらが利いたらしく、俺は晴れて異世界デビューを果たしたというわけだ。
しかし、このデビューは地獄の始まりであったと言える。
※
この世界に渡ってから2ヶ月が過ぎた。
幾度となく命の危機にさらされながら、俺は何とか生きていた。
この世界に来る時にもらった俺のスキルは全くと言っていいほど戦いには使えない。
そんな俺が2ヶ月間も生き長らえることが出来たのは……
「周囲を見てきたよ。魔物の影は見えなかったから安心して!」
俺が隠れている岩の隙間に一人の人影が飛び込んでくる。
彼女はエリザ・ターナー。
年は俺より2歳上で異世界歴は一か月ほど先輩。
エリザさんは欧州辺りの出身で、大きな事件に巻き込まれてこの世界に来たらしい。
しかし、その事件の影響で俺よりも良質なスキルを手に入れられたようで、情けなくも彼女に守られているのが現状。
「申し訳ないっすね、エリザさん」
異世界に来て運よくエリザさんと会えたことで生き長らえてはいるものの、山中に住む魔物は強力で思う様に進めていないわけで。
このままじゃ、人里に出る前に死んでしまうのがオチっすね。
俺がそんなことを考えていた時……
「さっき、人の足跡を見つけたの! しかもたくさんよ!」
「こんな山の中に人がいるっていうんすか? ここ2ヶ月でなにも見当たらなかったのに?」
「だからこそ、これはチャンスだわ! その人たちと合流できればこの状況を打開出来るはずよ!」
俺とエリザさんは一縷の望みをかけ、足跡を追いかける。
そして見えてきたのは甲冑を身に纏った騎士の一団。
助かった……そう安堵した瞬間、俺たちの時間は止まった。
※
深い微睡みの中から覚めた様な感覚がした。
目の前に立つのは先程とは違う騎士たちと俺と同じように後ろ手に縛られた十数人。
しかし、俺以外はまるで人形の様に沈黙しているのみ。
足元にある水たまりに目をやるといつの間にか髪は伸び、服はしわくちゃになっているのが分かった。
俺の頭は混乱していた。
「ごきげんよう、異界人。二ヵ月ぶりに自我を戻された気分はどうだ?」
俺に話しかける騎士が一人、その他の騎士も何か喋っているみたいっすけど、変な呪文みたいに聞こえて気味が悪い。
というよりも……二ヵ月ぶり? 自我?
一体、何を言ってるんすか?
「ど、どういう意味っすか? エリザさんは?」
「まぁ混乱するのも無理はないがな……さっさと本題に入るとするか」
騎士はそう言うとおもむろに剣を抜き、俺の目の前に突き出す。
「貴様のスキルを発動させよ。そして、我らの王に忠誠を誓うのだ! さもなくば危険分子と見なし、処分する!」
俺はこの言葉を聞いてようやく事態が飲み込めた様な気がした。
何より、この騎士たちの目は俺たちを人間として見てやしない。
これは道具を見るような目っすね。
「どうした? まさかスキルが無いわけではあるまい? さぁ、自分の存在価値を示して見せろ!」
好き勝手言いやがって!
ムカつくが、この状況ではどうしようも……ん?
なんか、この感情が懐かしいような……2ヶ月間も人形にされていた影響なんすかね?
「早くしろ! 貴様一人に時間かけているわけにはいかんのだ!」
騎士は俺に詰め寄り、首元に剣を突き付ける。
なんか毎日毎日同じ事をさせられているようなイラつき方っすね。
俺は昔から人の顔色を窺うのが得意だった。
家の環境があまり良くなかったことが起因しているわけっすが、それが今になって生きてくるとは悲しいもんすね。
「さっさと選択しろ! 服従か死かだ!」
騎士がそう叫んだ瞬間だった。
突然、辺りが暗くなったかと思うと、俺たちの頭上を何か巨大な影が猛スピードで通り抜ける。
その陰に気を取られ、騎士の視線が俺から外れた。
チャンスは今しかないっすね!
「どっちもゴメンっすよ!」
俺は勢いよく後ろに転がると、突き付けられている剣に足を縛っているロープを当て、断ち切る。
「き、貴様!」
俺は一目散に駆け出し茂みに飛び込むと、そのまま無我夢中に走り続けた。
※
騎士たちから逃げ出して恐らく一週間ほど過ぎたと思う。
俺は騎士たちから逃げまどいながら、エリザさんの行方を捜していた。
エリザさんは俺より強い。
だから俺が捕まったとしても一人で逃げることが出来たはずっす。
その証拠にあの場にエリザさんの姿は無かった。
「せめて、無事に人里に出られていると良いんすけど」
そんな俺の希望は無残に打ち砕かれることに……。
俺が河沿いの崖に差し掛かった時、目の前が真っ白になり、身体中に激痛が走る。
気が付くと俺は身体から煙を発しながら地面に蹲っていた。
「こ、これは……」
俺はこの痛みに身に覚えがあった。
俺が顔を上げるとそこには……
「エ、エリザさん?」
そこには居並ぶ騎士たちの前に立つエリザさんの姿。
しかし、その目からは以前の様な光を感じない。
「よくやった。 やはりお前のスキルは有用なようだな。王もお喜びになるだろう!」
前に俺に剣を突き付けた騎士が前に出て、エリザさんの横に立つ。
「探していたのはこの女だろう。この女に対する貴様の思念を追わせてもらった」
「エ、エリザさんに何をしたんすか?」
「貴様よりも従順な道具となっているだけだ。貴様は道具としては使えない様だから自我を戻してやったのに、逃げ出すとは馬鹿なことを……」
騎士は剣を抜き、俺に近寄る。
俺は何とか立ち上がるが、身体が痺れて足が動かない。
「貴様には処分の判断が下った。道具は道具らしく大人しくしておけ」
騎士は俺の目の前に立つと俺に剣を振り下ろす。
俺の意識はそこでまた途絶えた。
※
シュウスケと名乗る少年は焼けた魚を頬張りながら今までの事を話してくれた。
シュウスケたちを襲った騎士たちは恐らく〝グラブ(元治安部隊)〟の連中だろうな。
「でも、今度こそ死んだと思いましたよ。本当にルイさん達には感謝しかないっす」
「大変だったな。しかし、奴らはなんでわざわざお前の自我を戻したんだろう?」
シュウスケの一連の話を聞いていて、一番腑に落ちないところがそこだ。
以前のフェルの話では自我を奪うことで操り人形にし、異界人とそのスキルを利用するはず。
「多分だけど、彼のスキルが自我に関係するものだったからじゃないかしら?」
俺の通訳で話の全容を聞いていたリンが口を開く。
「スキルには本能的に扱えるものと認識と思考を持って初めて効果を発揮するものがあるわ。彼のスキルはたぶん後者。思考は自我が無ければ十分にできないわ」
因みに俺の〝言語理解〟は本能的でフェルの〝体躯変化〟は思考系だそうだ。
ゲームで言うパッシブスキルとアクティブスキルの違いかな?
「君のスキルってどういうものなんだ?」
俺はシュウスケに向き直り質問してみた。
「え、あぁ、ちょっと待ってくださいね」
シュウスケは魚を食べ切ると周りをキョロキョロと見回す。
「何か壊れているものはないっすか? どんなにボロボロでもいいっすけど」
俺はバッグの中を漁るととある物を取り出す。
それはこっちに来る前の交通事故で壊れたと思われるバキバキに割れたスマホ。
「これなんてどうかな?」
「バッチリっすよ。任せてくださいっす」
シュウスケはスマホを受け取ると静かに目を閉じる。
すると、手の中のスマホが光り出し、見る見るうちに修復されていく。
「これが俺のスキル〝印象修復〟っす!」
シュウスケの説明によると、壊れる前のイメージができるものならば材料なしで修復できるスキルとのこと。
確かに便利なスキルだが戦闘能力にはなりそうもない。
俺のスキルと同じ匂いがするな。
「でもよかったですね!」
コタロウが俺を見てそう告げる。
「あぁ、スマホが治ったのは良いが、この世界では大して使えないだろうがな」
「いや、そうではなくて……」
「え?」
「自我が戻せるってことは異界人の皆さんを救う希望が持てるじゃないですか!」
俺はコタロウの言葉に絶句するとともに、コタロウの思考に感心させられたのだった。
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