第十六歩 【同郷と修理 前編】
俺たちがリンと出会ってから1週間ほどが経った。
聞けば、王都と龍の里の方向は同じらしく、王都に入る前まではリンとミディも俺たちに同行することになったのだが……
「まさか本当に徒歩で行くとはね」
リンが小さなため息をつきながら俺を見る。
フェルの呪いの影響は未だに強く、魔力が回復しない。
そんな状態でフロートの魔法を使おうものならこの前の様に墜落するのがオチなのだ。
「仕方なかろう。転移魔法など使える者はおらんしな。我が大きくなれないのでは背中に乗せて行く事もままならん」
1週間前からフェルは小さいまま。
魔力消費は身体の大きさに比例するらしく、魔力が回復しない現状では大きさを維持するのは困難なのだという。
そんなこんなで全く移動手段を確保できないまま大河に沿って歩き続けたが、いつまで経っても景色が変わらない。
何より一番体力が無く、足手まといになっているのが俺という最悪の状況であったのだ。
「世界ってこんなに広いんだな……」
俺は切り株にへたり込むと袖で汗を拭う。
こんなに歩き続けたのは人生で初めてだが、筋肉痛とか言ってるレベルではない。
「大丈夫? はい、水よ」
リンが俺に水を持ってきてくれた。
リンは仲間になってから長旅になれていない俺やコタロウのことを気にかけてくれていて、今もコタロウを抱いて休ませてくれている。
世に言う、姉御肌といった感じだ。
「疲労が溜まっている様だし、無理しない方が良いわ。もっとこまめに休憩をとるべきよ!」
「あぁ、悪い。気持ちばかり逸って体が付いて行かないなんて情けないよな」
俺が気不味そうに笑うとリンは少し不機嫌な顔になる。
「そうじゃなくて! もっと自分の身体のことも考えなさいって言ってるのよ! ここであんたが倒れたら元も子もないじゃない‼」
「そうですよ、ルイさん。かなり険しい道のりですし、以前の世界ではこれほどの長距離移動なんてなかったでしょう? このままじゃルイさんの体力が……」
「キュイ キューン」
皆が俺の心配をしてくれるのは嬉しいが、俺の焦りは止まらない。
今こうしている間にも異界人たちが酷い目に遭わされているのではないかと思うとどうにも休んでいる気になれないのだ。
しかし、俺は以前からこんなにお人好しだったのだろうか?
この一週間、俺の心中にはこんな疑問が渦巻いていた。
確かに生き物は好きだったし、保護活動に参加したり、捨て犬や捨て猫を助けたことは何度もあったが、自分でもこの世界へ渡ってきた後の行動は普通ではないと感じる。
この違和感は一体?
俺が拭い切れない違和感を水と共に飲み込んだその時だった。
「ん⁉ この匂いは?」
コタロウが鼻を動かし、河を見つめる。
「コタロウ、どうした?」
「ルイさんに似た匂いが! それに、少し血の匂いが交じってるみたいです!」
俺と似ている匂い?
つまりそれって異界人……しかも俺と同じ世界から来た可能性があるって事か!
「おい、まさかまた厄介事に首を突っ込む気じゃあるまいな? 我は今何も出来んのだぞ‼」
「だとしても放っておけるもんか!」
俺が河に目をやると、流木の上に黒い塊が見えた。
「私が行くわ!」
リンは羽織っているマントを脱ぎ棄てると翼を広げ飛び立ち、河の中から黒い塊を引き上げる。
黒い塊の正体は傷だらけの学生服を着た少年。
学生服……という事はやはり俺と同じ異界人なのだろうか?
「おい、しっかりしろ!」
俺はリンから少年を受け取り、地面に寝かせる。
息はあるようだが体中に刀傷や火傷があり、出血が激しい。
「酷いな。森の中で摘んだ薬草を取ってくれ!」
「キュイ‼」
俺が後ろに手を差し出すとミディが薬草が詰まったポーチを取ってきてくれた。
ミディ、ここ数日でどんどん賢くなっている気がするな。
俺が少年の介抱を始めるとフェルが寄ってきた。
「いや、この様子ではそう長くは持つまい。薬草では体力の消耗に回復が追い付かんだろう。かといって、我は今、魔法が行使できぬしな……となるとお前がやるしかあるまい」
フェルは俺の顔を覗き込む。
回復魔法の行使……身体強化魔法と基本は同じらしいが、ぶっつけ本番で行けるのか?
まぁ、悩んでいても仕方がない。
「あぁ、やって見せるさ」
俺は少年の身体に触れると治癒のイメージを頭の中で練り、手から解放する。
すると、温かな光が少年の身体を包み込み始めた。
「行くぞ……〝ヒール〟‼」
温かな光がエメラルドの様に輝きだし、魔法が発動する。
「ほう、ミドル級か。悪くないな」
後から聞いた話だが、俺が発動した回復魔法は中級程度の効果だったらしい。
効果は傷の治癒と体力の回復を少し行う程度で、少年の治療にはミドル・ヒール二回とそれなりの量の薬草を要した。
「これで一安心ね。あとは回復するまで寝かせておいてあげましょう」
「本当に良かったです。ルイさんの回復魔法のおかげですね」
「いや、皆の協力があればこそだよ」
「まぁ、最初からあれだけの魔法が行使できれば上出来だろう。攻撃の魔法以外はそれなりに扱えるようだな」
一息つく頃には辺りもすっかり日が暮れ、月が水面に揺れていた。
俺たちは急いで近くにある薪を拾い集めるといつもの様に魔法で火を点ける。
「しかし、こいつも妙な格好をしているな、初めてお前とあった時と同じような服装だ」
「あの子もやっぱり異界人かしら?」
「おそらく俺と同じ世界から来たんだと思うけど。まぁ、起きたら本人に聞くのが一番早いだろうな」
俺が膝に乗っているコタロウとミディの頭を撫でるとコタロウが不安げな顔を向けてくる。
「でも、あんなに傷だらけになるなんて……またグラブの騎士たちでしょうか?」
フェルの見立てでは剣で付けられたであろう傷の他にも魔法による攻撃の痕もあったそうで、少なくともただの野党にやられたとは考えにくい。
「改めて直面してみると酷いものね。龍の里はかなり穏やかな所だという事が実感できたわ」
「龍の里か……一度行ってみたいな」
「その時は歓迎できると思うわ。ミディの命の恩人ですもの」
「我が前に立ち寄ろうとした時は門前払いだったがな。そんなに容易く部外者を入れるのか?」
「大丈夫だと思うわ。今だから言うけど、最初の頃はまだあなた達の事を少し疑っていたの。だから言わなかったんだけどね。ミディは……」
俺やフェルがリンの次の言葉を待っていると……
「うぅ……こ、ここは? 俺は一体?」
少年が目を覚まし、重苦しく体を起こす。
「まだ、無理しない方が良いわ」
それに一早く気付いたリンが少年の身体を支える。
「うわぁ、何だあんたら! 俺をどうするつもりなんすか!」
少年は混乱している様子で、リンの腕を振り払う。
リンも何とかなだめようとするが、少年は止まらない。
「彼が何言っているか分からないわ。言葉が通じてないみたいね」
言葉が通じない……やっぱり、俺が普通にリンや他の人間と話ができているのはスキル〝言語理解〟の効能のおかげの様だ。
「おい、落ち着け。俺の言葉は分かるだろ?」
俺はリンの前に出ると少年に話しかける。
少年はかなり驚いたようでしばらく固まるとようやく口を開く。
「あ、あんたは?」
「俺は沢渡 類。異界……日本人だ」
少年はそれを聞くとやっと落ち着きを取り戻し、その場にへたり込む。
「あんたも日本人っすか。あぁ良かった」
この反応を見て確信した。
やっぱりこの少年も……
「えぇ、俺は
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