第三歩 【魔獣と魔物】
奇妙な人間に会った。
黒く小さな魔獣を連れた異界人。
奴は魔獣である我と言葉を交わし、我の傷を癒す手伝いをするという。
奴がいた世界には人と魔獣の垣根が無いのだろうか?
そうでなければ、何か企んでいるのか――
どちらにせよ我としては願ってもない状況だ。
呪いが解けて、傷が癒えればあの異世界人が何を企んでいようとも対処できる。
何より、我に手傷を負わせた奴らに見つからぬうちに回復しておかなければならないからな。
それにはあの異界人を利用するのが最適解と踏んだわけだが……
そうこう考えてる間に足音がこちらに向かって来る。
あの異世界人が戻ってきたようだ。
重い体をやっと起こし、精一杯の気力を振り絞る。
警戒は怠らない。
我はそうやってこの地獄(せかい)を生き抜いてきたのだから――
※
森の中を奔走して結構な時間が経った。
体感的には5時間くらいは走り回っていたような気がするが、狼が言っていたようにモンスターたちは俺たちを警戒して近寄って来なかった。
「しかし、本当にこの花の匂いがかぎ分けられるとは。ありがとな、コタロウ」
俺は前をトコトコ歩くコタロウに改めて感心した。
「お役に立ててよかったです。でも、その花の匂いはやっぱり特別な感じがしますよ」
コタロウは首だけで振り返ると鼻をクンクンとならす。
鞄に入れていたポロシャツを風呂敷代わりに包んだ山盛りの花を見ると、俺一人だったらどれだけの時間を要したか見当もつかない。
コタロウには早速、恩返ししてもらう形となってしまった訳だ。
俺はその小さな背中に頼もしさを感じつつ、広場に戻っていった。
「思ったよりも早かったな」
狼がその巨体を起こす。
いまだにその存在感に圧倒されそうだ。
「結構集めてきたと思うんですけど、これで足りますか?」
俺はポロシャツを広げ、集めてきた花を狼に見せた。
「多すぎるくらいだな。この短時間でこれほどとは……その魔獣は本当に魔力をかぎ分けられるようだな」
ま、魔獣? コタロウが?
「ぼ、僕は魔獣じゃないですよ!」
コタロウが慌てて否定する。
確かに、一緒に転生はしたけど、それでただの犬が魔獣なんかになるんだろうか?
「何だ? 我としかと話せているのだから魔物では無いしな。ましてや人間や亜人でもなかろう?」
ん? 魔獣と魔物って違うのか?
今の口ぶりでは、魔物とは話すことができないって聞こえるな。
「あ、あの~魔獣と魔物って何が違うんですか?」
ナイス、コタロウ‼
よくぞ、俺が聞きたかったことを質問してくれた。
「まぁ、人間どもは一緒にしておるがな! 魔獣と魔物は根本的に異なった存在なのだ」
狼の話をまとめると、魔獣は元々いた生き物が魔力によって進化した生物で、魔物は魔力が塊となって形を成しただけで正確には生き物ではないらしい。
更に、魔獣は進化したことで知性を得る者も多いが、魔物には知性が生まれることは無いらしい。
なるほど、つまりはさっき俺たちを追いかけたネコ科モンスターたちは魔物で、知性を持たない魔物とは会話ができないって訳か。
今度からは十分に注意するとしよう。
「であるからして、そこの黒いのは魔獣で間違いないだろう。しかも、霊薬の花の匂いをかぎ分けられることから見て、魔力の匂いをかぎ分ける才能があるかもしれないな」
なんかすごい才能がコタロウに開花してるんだけど……
この世界じゃ俺の能力より役に立ちそうかもね。
「さて、それでは話を本題に戻すとしよう。花を石ですり潰して、汁を絞ってくれぬか?」
「全部ですか?」
「いや、一握りでいいはずだ」
え? 一握り?
両手で抱えられないくらいあるんだけど?
「だから多すぎるくらいだといったのだ。我もまさかこれほど集まるとは思ってもいなかったものでな」
俺がキョトンとしているのを見かねて、狼がため息をついた。
「この花の効力はかなり強力なのだ。人間たちは汁を薄め、霊薬として利用している。我に必要な魔力を回復するなら、一握りといったところだ」
俺は狼の言うとおりに一握りの花をすり潰し、持っていたハンカチで汁を絞った。
それをコタロウが持ってきた木の実の殻に入れ、狼のもとに持っていく。
「これでいいですか?」
狼は花の汁の匂いを嗅ぐと頷く。
「あぁ、感謝するぞ異界人たちよ」
狼は少し頭を下げると、花の汁を一気に飲み干した。
すると一瞬、狼の毛並みが光輝いたように見えた。
「カース・リジェクト‼ エクス・ヒール‼」
咆哮とともに狼にまとわりついていた黒いものが消え去り、傷が塞がる。
「す、すごい……これが魔法か」
当たり前だが魔法なんて初めて見た。
まるで奇跡のような光景だ。
「ふぅ、これで一息といったところか。」
狼は傷が癒えたことを確認するとこちらを見る。
「さてと、残る問題はお前たちだな」
え? 問題って? まさか裏切られる展開か?
「一つ質問に答えてもらうぞ、人間!」
背筋が凍るほどの殺気にあてられ、俺とコタロウは狼の次の言葉を待つしかなかった。
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