第四歩 【言葉と理解】

「し、質問? 質問って何ですか?」


 俺は殺気立っている狼におそるおそる聞き返す。

 狼は俺たちを暫く見つめた後に切り出した。


「貴様は何が目的で我を助けた?」


 へ? 目的?

 思いがけない質問に俺は答えが見つけられないでいる。


「こんな深い森の奥に魔獣を従えた異世界人。こんな都合のいい状況を疑わない方がおかしいというものだろう。聞くところによれば、異世界人の大半は人間の王に召し抱えられて、従順な僕になっているというからな」


 あぁ、異世界人ってやっぱりそんな扱いなのね……



 つまりこの狼は俺を人間の手先ではないかって疑っているわけか。


「さ、さっきも言いましたけど、私たちはさっき飛ばされてきたばかりなんですって!」


「ならば何故、我を助けた? 貴様は魔獣を従わせる力を持っているのではないのか?」


 ん~なるほど!

 コタロウを俺のスキルか何かで従わせてると思ってんのか。


「俺にそんな能力ないのになぁ」


 つい呟いてしまった。

 なんか悲しくなってくるな。


「ルイさんはそんな力持ってないですよ‼ ルイさんは僕の友達だから一緒にいるんです」


 コタロウ……嬉しさと情けなさで涙が出てくるからやめてくれ――


「友? 魔獣と人間がか? この世界ではありえんが、貴様たちの世界ではそれが普通なのか?」


「普通――ではないですね。」


 自然と口が動いていた。

 俺も話せるようになるまでコタロウの言いたい事なんてわからなかったし、動物たちの気持ちを理解した気になってたこともいっぱいあったと思う。

 実際に動物たちと心を通わせることは難しい。

 多くの動物保護団体の手伝いに行ったが、皆が口をそろえて言っていた。

 でも――今の俺なら動物たちと話せる。

 俺にしかできないことがあるなら。

 俺はその場に腰を下ろし、すり寄ってきたコタロウの頭を撫でた。


「少し話をさせてくれませんか……私のことを」


「話? それで貴様のことを判断しろというのか?」


「そんな大層なもんじゃありませんよ。単なるおしゃべりです。」


 前の世界、自分の生い立ち、今までやってきた事。

 俺は自分が思いつく限りの事を話し、狼は俺たちをまっすぐ見据えながら黙って話を聞いてくれた。

 一通り話が終わり、一息つくと狼が口を開く。


「はぁ、お前が随分と物好きな奴だという事は理解できた」


 狼はそう言うと目をつぶる。


「エクス・ヒール」


 狼から発せられた光は俺の肩を包み、傷を癒す。


「まったく……警戒して損をした気分になったのは初めてだ」


「ありがとうございます……本当に」


 俺は目の前の狼に深々と頭を下げた

 傷を癒してくれたことへの感謝もあったが、何より自分のとりとめのない話を真面目に聞いてくれたことが本当にうれしかったのだ。


「――もうそんな畏まった言葉じゃなくても構わないぞ」


「え?」


「我はお前の本当の言葉を聞きたい」


 狼の口調もさっきとは違い、威圧が無くなっているのを感じた。


「改めて、名を聞かせてはもらえないか?」


「俺は沢渡 類。こいつはコタロウだ。コタロウって名前は俺が付けさせてもらった」


「ルイとコタロウか。我は・・・人間に名乗る名前か・・・そうだな――お前が何か付けてはくれないか?」


「お、俺が?」


 超意外な提案が飛んできた。

 確かに、人間と言葉を交わしたことが無ければ人間に名乗る名前が無いのは頷けるけど――


「それは良い考えだと思います。ルイさんは良い名前をくれますから!」


 コタロウはフォローしてくれるが俺自身はそう思っていない。


「本当にいいのか?」


「これも何かの縁だろう。それに我々魔獣は名などにこだわらんからな」


 そういうもんかね?

 まぁ、せっかくだからかっこいい名前を進呈したいもんだ。

 う~ん、そうだな。

 白い狼――神話に出てくるフェンリルみたいだな。

 フェンリル――フェル!


「フェルはどうだろう?」


 俺がつぶやくと狼は少し笑みを浮かべる。


「なかなか耳心地がいいな。是非、名乗らせもらおう!」


 どうやら気に入ってもらえたようだ。


「ふぅ、よかった」


「フェルさん! すごいかっこいい名前です‼」


 俺が胸をなでおろした時、フェルが身震いを一つ。

 すると、フェルの身体がどんどん縮み、俺より一回り大きいくらいになった。

 まるでキツネにつままれた様な感覚だな。

狼だけど。

 俺とコタロウが面食らっていると、フェルは頭を下げた。


「ルイ、コタロウよ。まずは先ほどの非礼を詫びよう。恩人に牙をむくような真似をしてすまなかった」


 俺たちはまったく気にしていないが――

 フェルはとても律儀な性格のようだと改めて感じる。


「それに名までもらったしな。何か恩返しができればよいが……ところで、お前たちはこれからどうするつもりだ?」


 これからか。

 さっきから怒涛の展開過ぎて全く考えていなかった。


「う~ん、とりあえずこの森を出て町にでも行こうかなと思う。この世界の情報収集をしないことには何も決められないだろうしな」


「僕はルイさんに付いて行きます!」


 俺の思案とコタロウの即決を聞いて、フェルは少し首を傾げる。


「町か――それは良いが、ルイよ。異世界から来たばかりのお前がこの世界の人間の通貨を持っているのか?」


 俺はフェルの言葉に愕然とした。

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