けものみち 1本目 出会いの道

第一歩 【到着】

「御主人、御主人!」


 甲高い声がし、頬に生暖かいものを感じる。

 俺は重い瞼をゆっくりと開くと、目の前にはさっきの子犬がいて、俺の頬を舐めていた。


「御主人、おはようございます!」


 俺が起きた事を確認すると、その場に座り尻尾を大きく振る。

 様々な犬種の良いとこ取りをしたような毛並みとフサフサの尻尾がとても可愛い。

 改めて俺は自分の状況を確認する。

 ここはどこかの森の中らしい。

 あまり日の光が届いていないところを見るとかなり深そうだ。

 俺の身体に怪我はなく、不調も感じられない。

 そして――


「あぁ、おはよう。――ん? 御主人?」

「ハイ、さっきは危ないところをありがとうございました」

「あ、あぁ……助け切れてはいないけどね」


 俺は苦笑いしながら子犬の頭を撫でる。

 あれ?

 今、俺は子犬と話しているのか?

 転生の能力が云々言っていたが、嘘ではなかったらしい。

 とにかく個人的にはとてつもなくうれしい状況だ。


「お前も無事のようで安心したよ。ところでお前、名前とかあるのか?」


「もともと野良でしたのでまだ名前は付けられたことはありませんでした」


 それもそうかと思った。


「じゃあ、呼びやすいように俺が名前つけてもいいかな?」


 俺がそう提案すると、子犬は尻尾をより大きく振り、目を輝かせた。


「もちろんです! よろしくお願いします。御主人!」


「あぁ、それなんだけどさ……確かに名前は付けさせてもらうけど、御主人はやめてくれないかな? せっかく話せるようになったんだからさ、友達とかになれたら嬉しいんだ。だから俺のことは類って呼んでくれないかな」


 子犬は少しキョトンとしていたが、すぐにまた目を輝かせながら俺の膝に乗ってきた。


「わかりました。ルイさん!」


「ありがとう。えぇと、お前の名前はそうだな――コタロウなんてどうだろう! ありきたりすぎるかな?」


「いえ! すごく素敵な名前だと思います‼」

 と気に入ってくれたので子犬はコタロウという名前に決定した。


 我ながらとてつもなく無難な名前にしてしまったと思うが本人(?)が気に入ってくれているから良しとしよう。


「さてと、この辺りを探索しないとな。どうやったら人里に出れるだろうか」


 俺がコタロウを抱え、立ち上がった時だった。

 ウウウウゥゥゥゥ‼

 背中からイヤ~な唸り声が聞こえた。

 それと同時に複数の殺気が背中に突き刺さる。


「コ、コタロウ……俺の肩越しから何が見える?」


「お、大きい猫たちが見えます。みんな、お腹がペコペコみたいですよ」


 俺はコタロウの答えを聞くとゆ~っくりと後ろを振り返る。

 そこには猫――とは到底思えないサイズ感のネコ科動物が五匹。

 ライオンのようなたてがみとサーベルタイガーのような鋭い牙、そして二つに割れた尻尾。

 どう見ても俺が知っている動物ではなかった。

 まさにゲームや漫画に出てくるモンスターのような貫禄。


「どどど、どうします、ルイさん?」


「お、落ち着け! とにかく話し合いだ! 何でも話せば分かってくれるはず……」


 俺はコタロウを地面に下ろすと頼みの綱である能力をフル活用しつつ、ネコ科モンスターに話しかける。


「こ、こんにちは。どうもお騒がせしてすみませんねぇ……」


 俺はにこやかに挨拶をしたが、挨拶は一向に返ってこない。

 それどころかネコ科モンスターたちはいつでも飛び掛かれるような臨戦態勢に入る。


「あ、あれ? 唸り声は聞こえてんのに全然翻訳されないんだけど? それどころか俺の言葉が通じてる気配もなし⁉」


 俺がいくら話しかけても反応が無いことから、会話能力が発動しているとは思えない。

 施行二回目にしてもうエラーを起こしたのか⁉

 と、とにかく今できることと言ったらもう一つだけ‼


「コタロウ――逃げるぞ‼」


 俺は180°体を反転させるとコタロウと共に脱兎の如く走り出した。

 ネコ科モンスターたちも一気に追いかけてくる。

 俺とコタロウは木の隙間や蔦を利用して、ネコ科モンスターたちの攻撃を何とかかわし続ける。

 身代わりとなって切り裂かれた木を見る限り、一発でも喰らえばお陀仏な攻撃力を持っていることだけは確認できた。

 俺たちは必死に逃げ回りながらどんどん森を進んでいく。

 どんどん木の影が濃くなることから森の奥に進んでしまっているような気はしたが、どうしようもなかった。


「ウッ‼」


 かなり奥まで逃げてきたが、とうとう奴らの爪が俺の右肩をとらえた。

 その痛みに気を取られ、足元の倒木に躓き、顔から地面に突っ伏した。


「ルイさん‼」


 コタロウが心配して駆け寄ってきたが、俺は転倒の衝撃ですぐに立ち上がることができない。

 追い詰めたとばかりにネコ科モンスターたちは俺たちを取り囲む。


「くそっ! ここで食われちまうのかよ」


 俺が奥歯を噛みしめ、目を閉じる。

 しかし、暫くしてもモンスターたちが襲い掛かってくることは無かった。

 それどころか今まで聞こえていた唸り声も消えていく。

 俺がうっすらと目を開けるとさっきまで威勢の良かったネコ科モンスターたちが一転を見つめて尻込みしている。

 そしてとうとう耐え切れなくなったように一目散に逃げだしたのだった。

 呼吸を整え、立ち上がってみると――ここが開けた広場のようになっていることに気づく。

 森の奥だというのにここら辺一帯だけ少し明るい。

 俺がネコ科モンスターが見つめていた場所に目を向けると――

 そこには白く大きなものが横たわっていた。

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