異世界で歩むけものみち ~魔獣保護機構設立物語~
ROM-t
けものみち プロローグ
人か動物、どちらが好きかと聞かれると「動物のほうが好きです」と即答するだろう。
別に人が嫌いって訳ではないのだけど……
動物は素直で、人は噓をつく。
人と接するときには気を使うし、緊張する。
そんな簡単な理由ではあるが、純粋に動物が好きなのは事実。
今しがたも捨てられていた黒い子犬を保護し、里親を探していたところである。
俺が飼ってあげたいが、ペット禁止の学生寮暮らしで万年金欠の俺では大切な命を預かる責任は負えない。
「あぁ、悪いな。いきなりこんなお願いしちまって……あぁ、またな」
俺は電話を切ると、ふぅとため息をつく。
数少ない知り合いに連絡を取り続け、これで十人目。
俺のスマホに入っている連絡先は残りわずかだ。
こうなったら学校のクラスメイトにでも頼るしかないか――
そんな考えを巡らせていた時だった。
「キャンキャン‼」
抱えていた段ボール箱から子犬が飛び出してしまった。
「お、おい! 危ないぞ‼」
俺は一目散に走っていく子犬を追いかけた。
子犬はすばしっこくなかなか捕まらない。
俺は子犬の前に回り込み、ようやく子犬を捕まえた。
「ふぅ、危ないところだった。でも、これで安心――」
そう思った瞬間、俺の目に飛び込んできたのは猛スピードで突っ込んでくる鉄の塊だった――
※
目を覚ますと周りは星の海だった。
車に当たって、宇宙にでも吹っ飛んできてしまったのではなかろうか?
んな、アホな――
俺が一人で混乱していると、足元にさっきの子犬がトコトコとすり寄ってきた。
どうやらこの空間は歩ける、ようだ?
俺は子犬の頭を撫でると再び周りを見渡す。
「目覚めましたか?」
俺はいきなり聞こえてきた声に驚き、腰が抜けてしまった。
「だ、誰だ? ど、どこにいる?」
「私は管理者。定められた姿は持ちません」
「か、管理者?」
「はい、今からあなたの身に起きたことを説明いたします。気をしっかり持って聞いてくださいね」
管理者と名乗る胡散臭い声は俺に状況を説明してくれた。
どうやら俺が車にひかれたってのは記憶違いじゃないらしく、ここは死の世界の入り口らしい。
気がふれそうとはまさにこんな状態なのだろう。
だってそうだろう!
俺、なんか悪いことしましたっけ?
ただ、子犬の里親探していただけだよ⁉
それなのにいきなり死にましたって⁉
それに一番の問題は……この子犬だ!
ここにこいつが一緒にいるということはこいつも一緒に死んじまったってことだろ?
せっかく良い飼い主を見つけてやろうと思っていたのに……一番の心残りになってしまった。
「本来ならそのまま死後の世界に送り、輪廻の輪に戻ってもらうところなのですが、あなたは今までに多くの善行を行ってきたことを考慮し、三つの選択肢を与えることとしました」
せ、選択肢?
死後の世界に行く以外の選択肢というと生き返るのと……
有名なアレか?
俺は頭を冷静に保ちながら管理者の言葉を待った。
「一つ目は、このまま死後の世界を通り赤子に戻るという選択。あなたの場合、今の記憶を引き継ぐか否かも選択できます」
一つ目はかなり無難だな。
でも今の記憶を持ったまま誰かの子供として生きるなんて可能なのか?
ややこしいことになることが目に見えているな。
「二つ目は、このままここに残り、管理者代行としてあなたのような死者に選択肢を与える仕事を務めるという選択。この選択は――」
無しだな‼
簡単に言うと、助手の募集じゃねぇか!
こんな何もないところに閉じ込められながらアナウンスなんてやってられるか!
今のところろくな選択肢が無い。
おそらくだが、あと一つの選択肢は有名なアレだろう――
「最後の選択肢は別世界への転生です」
ハイ、お約束いただきましたぁ!
異世界への転生。
死んでこの空間にいるとわかった時から予想していたわけで――
魔物や魔王がいる世界へチート能力を持って転生。
まぁ、一番いい選択肢なんじゃないかな?
「この選択肢はあなたが望む能力を一つ付与し、異世界へ行っていただけますが、注意点もあります」
「注意点?」
「はい、まず一つは能力の強さについてです。能力の強さはあなたが前世で行ってきた善行の質によって変わります」
え? なんか予想外のことを言い出してるんですが?
「あなたは動物の命を救うという善行を数多く行いました。しかし、大きな善行を行ったという記録はありません」
ってことは?
「よって、あなたに付与することができる能力は下級能力のみとなります」
「え? 下級って……どの程度の力なの? 全くイメージがつかないんだけど!」
ま、まぁ……下級って言ってもそれなりの力はもらえるんでしょ?
大丈夫だって!
転生者なんてチートって相場は決まってるんだからさぁ……
「下級能力に該当する力はこのようなものです」
管理者がそういうと目の前の空間に文字が浮かび上がった。
なになに――え⁉
身体能力が1.5倍になる
視力が5.0になる。
軽傷程度なら治せるようになる。
自分の周囲半径5㎝の気温を±10℃操れるようになる。
首が360°回るようになる。
等々……
絶望的じゃねぇか。
使えないにもほどがある!
世界のビックリ人間じゃねぇんだよ!
こんな能力で異世界生き抜いていけるかぁ!
「もう一つの注意点としては、転生者の生存率は10%未満であるということです」
当然の結果過ぎて驚きもしないわ!
はぁ、結局まともな選択肢なんてないんじゃねぇかよ。
異世界行ってもあっさり殺されるんじゃなぁ……
「もういいっすわ。記憶そのまま元の世界でよろしくお願いします」
俺は諦め交じりに呟いた。
ややこしい事にはなりそうだが、これが一番いいかなぁと考えた末の結論である。
「かしこまりました。それでは準備をしますのでしばしお待ちください」
管理者がそういっているので俺は足元の子犬と戯れながら待つことにした。
ん? ちょっと待てよ。
「お~い、管理者さ~ん! 俺が転生する場合、この子犬ってどうなるんすかぁ~?」
俺は上を見上げながら叫んでみる。
確かに、俺は転生するかもしれない。
しかし、この心残りを残したまま転生するのは非常に気持ちが悪く感じたのだ。
「その犬でしたら、あなたと一緒にいたためにこの空間に迷い込んだだけですので、そのまま輪廻の輪に戻っていただきます」
えぇっ⁉ そりゃないってもんだよ!
せっかくこんなに可愛く生まれたのに、何も幸せな思いをしないまま転生する⁉
たとえ自己満足だとか、勝手な考えだと言われようがそんなのかわいそうだ!
「それは納得できません! 何とかならないんですか?」
俺は管理者に談判してみたが、管理者からの返答がないまましばらくの沈黙が続く。
「お待たせしました。特例として、別世界への連れ込みなら許可できます。選択肢を変更しますか?」
管理者は誰かと相談していたような口ぶりで返答してきた。
異世界限定ってか、どうしよう――
俺は足元の子犬を抱きかかえる。
このまま俺だけが転生したらきっと後悔するんだろうなぁ。
ここは腹をくくるしかねぇ!
「コイツと一緒に異世界でお願いします‼」
俺はやけくそになり、腹の底から叫んだ。
「かしこまりました。では、能力を選択していただきます。どのような能力がよろしいですか?」
俺の激情とは裏腹にあくまでも事務的にこなしていく管理者に少しイラついたが、言っても仕方ない。
そうそう能力だったな!
せめて何か役に立つ能力を選びたいものだが、さっきの例を見る限り期待はできない。
「う~ん……そうだ! 動物と話せる能力はないか?」
前々から動物が何を考えているかを知りたかったんだ!
どうせ役に立たない能力なら自分の欲望をかなえたいってものだ。
「能力〝言語理解〟がそれに該当します。選択しますか?」
〝言語理解〟か……危険には全く対処できなさそうだけどこの際仕方ない。
「じゃ、じゃあそれでお願いします」
「かしこまりました。では、別世界への転移を開始します。犬を抱いたままでお待ちください」
管理者からそう告げられ暫くすると足元が輝きだした。
光はだんだん俺と子犬を包み、目の前が光で眩む。
こうして、この俺:沢渡 類と子犬の異世界生活がスタートしたのであった。
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