その5

 俺達三人は正面に向かって礼をすると、畳の端に座って稽古を見ていた。

 

 白石君(いや、白石先生と呼ぶべきかな)は、弟子たちに向かって、流ちょうな英語5割、多少おぼつかないが丁寧な現地語2割、後の3割は身振り手振りといったところで、技の説明や理論のようなものを説明している。

 助手代わりになっているのは、少しばかり年かさの青年だった。


 弟子の女性や子供たちは、実に熱心に彼の一言一言に聞き入っている。


 稽古が一通り終わって、全員が二列に並んで、師匠である彼に礼をし終わった会った後、小林氏とナクワレ君が、俺を紹介してくれた。


『そうですか、わざわざ日本から。ご苦労様です』


 彼は穏やかな表情で笑っていい、

『失礼、この後ちょっと掃除があるもので』と、他の弟子たちがバケツと箒と塵取りをどこからか用意してきて、全員で畳を掃き、雑巾を絞って掃除をした。


 元来無精者の俺だが、こういう光景は見ていてなかなか清々しいものを感じる。


 今時日本だってこうはいかないだろう。


 掃除が終わり、彼が道着を着替えて戻ってくる。


 地味なスーツにノーネクタイのシャツ、それにズボンというスタイル。このまま町の中を歩いていれば、彼が合氣道の師範だなんて、気づくものはまずいないだろう。

 体育館の前のベンチに並んで腰かける。

 折しも今日は日曜日、授業はないが、子供たちが大勢校庭で遊んでいる。

 日本の田舎で昔良く見かけた牧歌的な光景だ。


 俺は改めて彼に認可証ライセンスとバッジを提示し、自分の職業を伝え、何故ここまで来たかを詳らかに説明した。


『そうですか・・・・』


 俺の口から葉問加奈子の名前が出ると、白石先生は何か遠くを見るような目つきをし、


『彼女、元気ですか?』と訊ねた。


『・・・・この国はつい1年ほど前まで隣国との国境紛争やら、国内での内戦に明け暮れてましてね。男の子は16歳になると戦争に駆り出され、女の子だって小学校卒業すると直ぐに働かされたり、顔も見たことのない男と結婚させられたりしてたんです。』


『そう、でもセンセイがそれを解決してくれたんですよ。アイキの力で!』


『それはちょっと買いかぶりすぎだよ。ナクワレ君』


 白石師範は照れ臭そうに頭を掻いた。


『でも、まったく外れてもいませんよ。先生はこの町だけにとどまらず、地道に国中を回られて合氣道を教え、女性や子供たちに生きる力を付けて来られたんです。その結果』小林書記官が助け舟を出す。


 国境紛争や内戦が収まった現在、国内では子供たちが普通に学校に通えるようになり、女性達の悲劇も目に見えて減って来たというのだ。


『・・・・まあ、私のささやかな助力が少しでも国民の役に立っているなら、それはそれで嬉しいんですがね。でもまだまだやらなければならないことがあります。』


 校庭でサッカーをして遊んでいた数人の子供たちが、


『センセイ、センセイ』と呼び掛けてくる。


『センセイ』だけが日本語で、後は現地語だが、どうやら『一緒に遊ぼう』と誘っているらしい。


 彼は『うん』と気合を入れて立ち上がると、上着を脱いでシャツの袖を捲った。


『そんなわけで、申し訳ないんですが、日本に帰るのはもうちょっと先になりそうです。彼女にはそう伝えて貰えませんか』


 白い歯を見せて、子供たちの中に飛びこみ、ボールを巧みに操る白石師範、まるで昔見た青春映画の一場面だな。俺はそう思った。





 


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