その3

一週間後、西アフリカの某国(まあ、何時もの事だが、名前は伏せておこう)の空港に俺はいた。


 直行便がないため、日本から航空機を二度乗り継いで約12時間ほどかかった。


 しかし彼女が『これは私の精一杯のサービスなんだからね。有難く思いなさい』と、一応ファーストクラスの座席を用意してくれたので、あの椅子に縛り付けられる閉塞感みたいなものを感じずに、バーボンを吞んだくれている間に現地に到着したので、さほどの苦痛は感じなかった。


 飛行機を降り、入国手続きを済ませると、既に日は傾きかけていた。


 時計を見ると『16:00』つまり夕方の4時を示している。


 俺は滅多に外国なんか来たことがないので、アフリカと言えば、もう少し牧歌的な雰囲気がするものだと思っていた。(これは偏見ではない。悪しからず)


 ところが町の風景は欧米や日本とそれほどの違いはない。

 

 軍服姿の兵士の姿を頻繁に見かけることを除いて、だが。


(とりあえずホテルにでも行くかな)俺がそう思った時、いきなり街頭に据え付けてあったラウドスピーカーから、大音量で行進曲風の音楽が流れ始めた。


 すると、それまで普通に歩いていた人達が、急に立ち止まったのだ。


 それも一斉に、である。


 俺は妙だなとは思ったが、外国人だし関係ないか、とそのまま歩いていると、近くにいた兵士が、拳銃を抜き、こっちに走って来た。


 彼は早口で俺に何やら怒鳴っている。


 俺は英語なら何とか理解は出来るが、この国の言葉は勿論分からない。


 だが、自動拳銃を腰のホルスターから抜き、そいつを俺に向かって突き付けているんだ。


 友好的でないのは確かだ。


 しかし自分の身は自分で守らにゃならん。


 俺は銃身(オートマティックは遊底部分を掴めば拳銃はまず動かない)を掴みながら、兵士の腕をねじり上げ、拳銃をもぎ取り、銃口をこめかみに突き付け、


『外国人旅行者を出迎えるには、あまりサービスが良くないんじゃないか?』と、英語で呼びかけた。


 すると近くにいた民間人達が目をむいて何やらざわめいている。


 間もなく、白ヘルメットに旧ソ連製のAK47を構えた数名の兵士たちが、こちらに向かって走って来た。


やばいな・・・・)


 俺だって拳銃とAKじゃ勝負にならないくらいは判別がつく。


 潔く銃を足元に投げ捨て、兵士の手を離した。


 ヘルメットは俺の顔の周りに銃口を向け、何やら叫んでいる。


(やれやれ、着いた早々これかよ・・・・)


 もう笑うしかないってのはこのことだな。



 数時間後、俺は空港近くの


『憲兵隊詰所』


 で手錠をかけられ、椅子に座らされていた。


 向こうは相変わらず現地語と、分かりにくい訛りだらけの英語で、俺に尋問を試みてくる。


 向こうは俺の荷物からパスポートと日本の私立探偵認可証とバッジを見つけ出した。


俺は英語で『自分は日本の私立探偵で、この国には仕事でやって来た』と返しただけで、それ以上は何も答えなかった。


 すると一人が立ち上がり、どこかに電話をかけて戻って来た。


 それからまた一時間が経過した頃、背広姿で小柄の眼鏡をかけた日本人が現れた。


 彼は、その国に駐在している日本大使館の書記官だという。


 俺が事情を簡単に説明すると、彼は現地語で兵士たちに説明をし、結局俺は一時間半ほどで釈放をされた。


『幾ら腕に覚えのある探偵さんだからって、無茶はいけませんな』


 建物を出て、彼の運転してきた車に乗り込むと、書記官氏・・・・小林という名前だという・・・・・は、苦笑しながら俺に問いかけた。


『この国では毎日午前9時と午後4時にはスピーカーで国歌を流すんです。約3分半ほどですがね。その間国民は立ち止まって直立不動の姿勢でいなければならんと、法令で定められておりますんで』


『外国人でも?』


『例外は認められません。従わないと貴方が遭ったのと同じになるんですよ』


 この国は穏健とはいえ軍事政権だとは聞いていたが、これは俺のミスと言わざるをえまい。


『ところで貴方は、何をしにいらっしゃったんです?』


 本来、探偵が業務に関わることを第三者に喋るのは違反なのだが、命を助けて貰ったんだ。仕方がない。


 俺はこの国にいる筈の白石秀平という合氣道家を探しに来たと話すと、


『ああ、白石先生ですか。それなら直ぐにお会い出来ますよ』


 と、至極当たり前のような口調で答えた。




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