第10話

 穿いた長剣を抜き放ち、練り上げた魔力を通す。眼前に迫るは無数の光弾。

 一息でその全てに斬撃を放ち、さらに迫る光弾は大きくバックステップで距離を取る。

「ただ狙うだけでは当たらないですよ」

「分かってるわ!」

俺の挑発に乗るわけではないだろうが、お嬢は苛立たしげに俺の言葉に応え、左右に一発ずつそれまでとは違い俺自身を狙っていない光弾を放った後に加速する光弾を打ち込んできた。

「やれば出来るじゃないですか。その調子です」

「うるさい!あなたの方が魔法に関してだけは後輩でしょうが!」

「お嬢は搦め手が苦手ですから、俺でも避けやすいんですよ」

言いつつ、右に跳んで迫ってきている光弾をやり過ごす。球が届く前に動けば、左右を閉じ込められる理由にはならない。

 跳んだ先には、白い球が浮かんでいた。浮かんでいたと言うより、よく見ればゆっくりと動いているから第一陣の時にゆっくりとした速度で打ち出していたものだろう。

「っ!?」

その球体から、突如俺の方に光条が伸び出した。慌てて身を翻して回避する。

 この面倒な構造を作るのはジーンが得意だった。

 そう思いジーンの方を仰ぎ見ると、してやったりと良い顔で口端を釣り上げている。

 そこからは光条と光弾の乱れうちだった。避けるならば、素直に俺を狙ってくる光弾が有るため動かなければならないが、動けば狙ったように光条が動いた先であらぬ方向へその触支を伸ばす。それを回避した先にはまたも光条が有るという塩梅だ。

 さらには飛んできた光弾の中にも光条を発する物が現れ、それらは高速に光条を回転させる。

「大分避けづらいですが!まだまだですね!」

横へ飛び、全身の筋肉を使って身体に回転を加えながら俺は挑発するように言葉を発する。少し楽しくなってきて多少の制御が利かなくなってきた自覚がある。

「なんなら、光条を発する光弾を土煙で隠しなさい!その方がとっさの判断の訓練になります!」

「訓練!?」

俺の言葉に真っ先に反応したのは、お嬢でもジーンでもなかった。

 反応したのは護衛の面々。その顔はギラギラと輝くようだ。

 護衛の面々の妙な食いつきに驚いたのか、お嬢とジーンは攻撃をやめる。その隙に、護衛達は居ても立っても居られないかのように駆け出して俺の横へ整然と並びだした。

 ・・・・・・こう言っては何だが、騎士、兵士と言う人種は多かれ少なかれ、訓練中毒者が多い。自分が強くなることに心血を注がなければ大抵の者は偉くなれないからだ。因みに、俺にもその自覚は多少有る。

 そして、訓練中毒者は難儀なことに困難な訓練である方が燃えるのだ。

「お嬢さん、お坊ちゃん方、良い練習の的が揃いました。的がこれだけ居れば数を打てば当たります。我らを助けると思い、レディグレイ様に加勢なさいませ」

あらぬ方向へ飛んでいく光弾は正直に自分の元へ飛んでくる光弾よりも避けづらい。正確に飛んでくる光弾も有るのだから尚更だ。難易度を上げるためにそう呼びかけると、一人、また一人と町娘、町息子達がお嬢の元へ動き出す。

 動かないのは貴族の息子や娘達だ。彼らが互いの顔を見合わせている内に、お嬢は光弾の作り方や飛ばし方をレクチャーしていく。

 その間に俺は護衛達に板の作り方を教え、大体何をやっていたかを伝えておく。

 教官もこちらに混ざって大まかなことを聞き、念の為の救護班になって貰うことになった。ついでに、この訓練の発破役にもなってくれるという。



 大体の処理が終わり、護衛役とお嬢を筆頭にした魔法初心者達が対峙する。御貴族様はまだ見学のようだ。

「それでは、先程と同じように何でもあり、威力は十固定としましょう。制限時間は六百拍。勝ち負けなし。互いに避けられるだけ避け、当てられるだけ当てることとします。・・・・・・はじめっ!」

教官のかけ声と共に、歪な球達がお嬢達の頭上に浮かび上がる。

 それらが一斉に放たれた。

 舞い踊るように、咲き乱れるように飛んでくる光弾。それらを始めは一斉に魔力の板で防ぐが、圧倒的に板の数が足りない。

 板の妨害をすり抜けた光弾達が俺達護衛に殺到するが、それぞれが当たりそうな光弾を見極めて身を翻す。

「こりゃあ、良い訓練だ!」

護衛の一人が気色に染まった声を出す。

「魔法!身のこなし!相手の魔法の観察!」

「どれもいっぺんに訓練できるとはなぁっ!」

口々にこの訓練を賞賛しながら最小の動きで光弾を避けていく。

 最小の動きなのは自分達で見切りを鍛える側面も有るだろうが、何よりスペースが足りないからだ。

 なぜ足りないか。答は簡単。死ぬ威力ではないため、誰も彼もが光弾の密集する場所、つまりは俺の近くに居座ろうとするからだ。

「タコ野郎共!散会しろ!身動きが取れんだろうがっ!」

「へっ!一人良い思いをしようったってそうは行くか!」

俺の散会せよと言う檄に異を唱えながら、誰も彼もが最小の動きで光弾を避けていく。

「身動きできないなら撃ち落とせばいいでしょう!?」

誰かが、迎撃用の板を飛ばして光弾を相殺する。それを見た護衛達が沸き立った。習うように板を飛ばし始める。

「その手があったか!」

目から鱗というように俺も足を止め、光弾を作り出して迎撃し始める。

 そうなると、光弾が入り乱れて辺りに散乱光が飛び散り始め、見極めが極端に難しくなった。それを護衛達は嬉々として訓練の向上と捉えて全てを撃ち落としてさらに散乱光が散る。

 三百拍が過ぎる頃には、眩い光で集中している場所以外見えなくなっていた。気付くことが有れば、最初の頃より大分光弾が収束している。ような気がする。

「くそっ!魔力が後少ししかねぇっ!」

「下がって光弾の密度を下げろ!避けながら魔力を回復するんだ!」

魔力の乏しい、平民上がりの護衛が悲鳴を上げ始める。それを聞いた俺は自分の迎撃の手数を増やしながら指示を出す。

「魔力が余っている者は前に出て手数を増やせ!足りなくなった者から後ろへ行って待機!」

「了解っ!」

上に立ったことの有る経験者が檄を飛ばし、それに呼応するように俺達は動き出す。

 こちらは組織だった動きになれている騎士達だ。相手より統制が取れる分有利だろう。

 対して、相手は組織的な動きが取れない素人だ。この分なら残りの二百拍は余裕で対処できるだろう。

「ぐあっ!?」「ぐはっ!?」

そう思った矢先、両脇の何人かが悲鳴を上げ始めた。

横目でみると、散乱光の先に光弾が無数に浮かび、こちらに殺到している。

「両翼は左右の奇襲に備えよ!前面よりは数が少ない!総魔力の四分の1を切ってない者は全面へ!二分の一を切っていない者は両翼の迎撃に当たれ!」

「了解っ!」

当たった当たったとはしゃぐ生徒等を見ながら、檄を飛ばされた俺達はその様に動く。

 しかし、俺はさらなる相手の先手を打つべく後方へと足を向けた。

 ジーンならば、これだけで終わらない。

 五百拍を過ぎた頃、やはりジーンは正面への攻撃に紛れさせつつ後方へ光弾を集め始めた。それを尽く迎撃する。

 後ろを振り向いて彼女を確認すると、悔しそうに目尻を釣り上げているのが見えた。

 後方へ飛来する光弾が無くなったのを確認して前列に戻ると、光弾が波のように押し寄せていた。この短時間で大分制御能力が向上したらしい。



「そこまでっ!」

教官のかけ声が響き渡る。教官は何故かホクホク顔だ。

 光弾が止むと、まばらだが拍手が上がった。今まで見とれていた御貴族様。その低位の者達が上げたものだ。

 互いに礼をし、教官と御貴族様に向けて礼をする。その後で護衛の中から檄を飛ばしていた男が歩み出、それに呼応するようにお嬢が前に出る。一言二言言葉を交わしてから互いに互いの健闘を称えて握手をしていた。

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