第11話

 あれから二日経った。生徒達にしても、護衛たちにしても、あの魔法訓練はとびきりの訓練だったらしく、参加者は次の日使い物にならなくなっていた。

 魔法訓練の教官から話を聞いていたらしいクラスの担任は、朝礼の時に独自判断で今日一日を休講とする宣言を行う。

 クラス全体が沸き上がるかと思ったが、そんな気力もないらしく、へばった様子で下校の準備を始めていた。

 そこで気になったのは、クラスのお嬢を見る目が二極化していることだった。貴族連中は敵意を隠さずに睨みつけるものと、憧れを持って見る者に分かれ、平民達は押し並べて憧れと尊敬を持った目で見ていた。

 因みに、仲良し組はさらに親しくお嬢に接するようになっていた。



 次の日はひどい有様だった。お嬢に貴族連中の敵意を向けていたグループは昨日のことで鬱憤がたまっているのか事ある毎にお嬢を睨みつけ、憧れを持ってお嬢に目を向けていた者の中で下級貴族は離れていった。憧れを持ってお嬢に目を向けていた者の上級貴族は中立を保っているが、お嬢からの距離は離れたようだ。

 それを察知した賢い平民達も、心配そうな視線は送るが離れている。この分だと、幾ばくもかからず普通の平民も離れるだろう。



 昨日、一昨日は何事もなかった。しかし、今日はどうだろうか?何事か有るのではないだろうか。そう危惧した俺は、今日から訓練の再開と机の制作に取り掛かるよう伝えてきたお嬢に護衛を申し出たが、却下されてしまった。

「マックス師匠、なんか今日は上の空って感じですね」

護衛たちと共に朝食後の運動として野外運動場の外周を五十周した後、シン殿が声をかけてきた。見るとエリック殿も一緒に心配そうな視線を俺に投げ掛けている。

「なんか、ざわつくんだよな。・・・・・・何事もなければいいが」

言いつつ、今日は机の制作が控えているので入念に長剣の手入れをする。

「心配性ですね。まぁ、主がわざと悪役を演じるって言ってる時点で心配の種はつきませんか」

「言っててもしょうがないのはわかっている。・・・・・・子供のする事だし、お嬢の実力が有ればどうという事もないのは分かってるんだが・・・・・・どうもな」

「そんなもんですかね。自分はマシュー様がそんな事してもそこまでになる自信が有りませんよ」

「俺もそこまで意識していた気がしなかったんだがな。・・・・・・そうだ、今日は机を作るんだ。見たい者は集まるように言ってくれ」

「了解です。新しい技を拝めるんですね。伝えてきます。シンはあっちをよろしく。俺はこっちだ」

「あいよ!」

俺の言葉で散っていく二人。見れば、段々と連絡役が増えていって効率よく俺の言葉が伝わっていく。

・・・・・・こういう伝令の訓練も面白そうだ。



 乾燥した木材を前に、長剣を構え、書いた図面を思い浮かべる。

 先ず、必要なのはやはり天板だろうか?

 先ずは簡単な天板にしようと思い、練り上げた魔力を剣に通し、纏わせ、一息に振るっていく。

 振り終えると歓声が上がった。魔力の使い方の応用ではないから、こんな事で歓声が上がるとこそばゆい。

 続いて足だ。デザインより少し太めの角材を作っていく。

 後は、飾り棚か。

 余った材木から適当な厚さになるように切り出していく。

「すげぇ。机作るって言うから鋸の技でも見れるかと思ったが、剣技でこさえちまった」

「すげぇ。あの断面、見て見ろよ。歪みが全くないぞ。どれだけ素振りしたらあれだけ歪みなく振れるようになるんだ?」

感嘆の声を上げるのは、マックス殿やシン殿と同い年らしき最年少組。少し上に行くと、真剣な面持ちで自分に再現できるかどうか自問しているようだ。

 その声を無視して俺は切り出した材木に細工を施し始める。もちろん、剣先でだ。

 先ずは天板の側面を丸く削り、その上で唐松模様を彫り込み、天板上部には円の中に風が躍動する様を見いだせる模様を彫り込んだ。

 次いで足はシンプルに円柱にし、天板に合わせる部分には組木細工を元にはめ込んだら動かないように細工し、天板の裏面にもそれと合わさる窪みを彫り込む。

 飾り幕を足と足の間にはめ込み、そこへお嬢の好きなリボンを連想させる飾り穴をあける。

 飾り棚には全面からの強度確保のため、上部の門にレースをかたどった木彫りをはめ込んだ。

「ぜ、全部剣でやっちまった・・・・・・」

唖然とした面持ちで独りが呟く。見ると、全員が唖然としていた。

「お、ちょうど昼だな。解散」

ニスを塗って空を仰ぐと、丁度太陽が天辺に来ていたので号令を出して俺はその場を離れる。・・・・・・誰もついて来なかった。



 食堂にやってくると、今日はちょうどいい時間帯だったのかカウンターに並ぶお嬢達を見つけた。食べたいメニューを言って席を取る事にする。

 程なくしてお嬢達がやってきて昼食を摂ることになった。

「そう言えば、机が出来上がりました。午後は椅子の制作を予定しています」

「そう。順調そうね。こちらは何事も無いわ。暇で暇でしょうがないくらい」

「何事もないのは良いことです」

「マックス様?嘘ですわ。朝、教室についたら汚い布がレディグレイ様の席に置かれていましたわ。その他にも、お花を摘みにレディグレイ様が立つと、追いかけるように貴族の令嬢が三人ほど教室から出て行かれましたの」

お嬢の言葉にホッとしたのも束の間、マシュー様からの爆弾発言でせき込んでしまった。

「あら?汚い布は私に清浄魔法を使って欲しい方がいらしたのでは?きっと、思い出の品だったのでしょう。ボロボロになるまで使い続け、川に落としてしまったのでしょうね」

不思議そうに見解を述べるお嬢は、クラスメイトの敵意や悪意に鈍感らしい事が分かった。

「お嬢、用足しに行った時何かされなかったか?」

「・・・・・・・・・・・・はて?」

訪ねた俺に、お嬢は記憶を探るような仕草をしてから、本当に記憶が見当たらないと言うように小首を傾げた。とぼけている様には見えない。

 となると、俺の方で何が起きたか推測しなければならないか。

 そう思い、今一度お嬢を見る。今朝のお嬢と何が違うか改めなければ。

「そう言えば、お嬢、朝の髪型と今の髪型、違いますね?」

「ん?あぁ、それでしたらお花を摘みに行ったときに水を被ってしまいましたわ」

「・・・・・・その時に、外から人の声はされましたか?」

やっぱりなんか有ったじゃねぇか!

 そう叫び出したくなるのを抑えて、感情が表に出ないように勤めながらお嬢に聞く。

「えっと、えっと・・・・・・マルセル様とシーニャン様、それからマイティ様の声が聞こえた気がしますわ!」

俺の声をどう捉えたのか、お嬢は慌てた様子で今一度記憶を探り答える。

 お嬢は些末後とは基本的に思い出さないだけで、記憶力は確かだ。更に、確認するようにマシュー様へ視線を投げる。

 マシュー様は確固たる表情で頷いて見せた。

「マックス?お願いだから気を静めて?領に居たときは土いじりなどであのとき以上に汚れて居たもの。気にする程のことでも有りませんわ」

答えたのに雰囲気の変わらない俺を見たのか、お嬢は懇願するように手を震わせながら頼み込んでくる。

 お嬢は俺の意図に気付いた様子もないので毒気を抜かれた俺は大きなため息を吐くしかなかった。

 すると、周りの皆も同じ様にため息をつく。少々、自分で思っていたより気が立っていたようだ。

「マシュー様、パトリシア様、サキ様、ウィンベル様、レーニャ様、改めてになりますが、お嬢をよろしくお願いします。何かあったときは、ジーンをお使いくださいませ。的確な報復を行えると思いますので」

「報復って、私、何もされて居ませんわ。物騒なことを仰らないで」

「お嬢、黙ってもらえますか?貴方の身に起こっていることは偶然ではありません。それを理解してください。・・・・・・ジーン、お嬢への説明は任せた」

「分かったわ。お嬢様の所為で手出しできなかったし、この鬱憤、晴らさせて貰うわ」

俺の言葉に、やる気を滾らせるジーン。厠の件も知っていたが、お嬢が気にしていないので報復に出ることが出来なかったのだろう。

 いつもなら俺がその言葉にやり過ぎるなと言い含めるのだが、今回、それは有り得ないので頷くに止める。

 それを知っていたお嬢は冷や汗を垂らしてどう落ち着かせようかと慌てたように思案し始めた様子だ。



 椅子を作り上げてニスを塗り、乾かすために机と一緒にその場に放置して何人も通さぬだけの簡単な結界を張り、共用スペースに戻った。

 そこではジーンが教官となって人の思考パターンの授業が行われていた。

 丁度、悪意を持った者がどの様な行動に出るかを解説しているところだった。



「そのような輩、厠で謹慎でもしていればいいのです!」

説明を終えると、お嬢はワナワナと肩を震わせ怒鳴るように叫んでいた。そのすんでで低減魔法を使って注目される事を防いだ。

「どうしましたお嬢?お嬢が叫ぶところなんて久々に見ましたよ」

ゆっくり近寄りながら声をかけると、叫んだ勢いのままお嬢は俺を睨んできた。

「お嬢にも俺達の気持ちが分かってくれたのなら嬉しいですよ」

「えぇ、えぇ!わかりましたとも!これは言葉に出来ないほどの憤りを感じますわ!自らの悪徳なる感情に突き動かされ、あまつさえ自らが命に代えても護らなくてはならない民草に害を及ぼそうなどと!貴族の風上にも置けない愚行!国王がお許しになられても、この私が許しませんわ!」

憤懣やるかたないと言った面もちでお嬢は叫ぶに叫ぶ。そこに自分が受けた屈辱を晴らすような感情が見られれば文句の付けようが無いのだが、お嬢は義憤のみで憤怒を募らせている。・・・・・・やっぱり、お嬢は聖女様何じゃ無かろうか。

「それでは、どうなさいますか?」

「決まっていますわ!前言の通り、厠に謹慎なさって頂きます!」

「・・・・・・えっと、どうやって?」

「もう、手は打って有りますわ。渡したときは半信半疑で罪悪感が有りましたけれど、今になってはいい気味ですわ!後の三週間、彼女らは厠と寝食を共にすれば良いのですわ!」

「そうですか。では、魔法を解きますのでお嬢は気をお鎮めください。・・・・・・それと、机と椅子が出来上がりました。椅子の方はクッションを取り付けて居ないので、仕上げはジーンでよろしいですか?裁縫は苦手ですので得意な者に任せたいのですが」

「わかりましたわ。それでは、ジーンに仕上げて貰いましょう。・・・・・・ジーン、よろしくて?」

「賜りました。マックスの腕に負けぬよう、精進致します」

お嬢の質問に、ジーンは一も二もなく返事をし、無表情ながら闘志を燃やしてやる気を漲らせていた。

「俺の木工など、大した事無いですよ。後一つぐらい家具を作ろうと思うのですが、なにがいいでしょうか?」

「マックスの作る木工は職人をも唸らせるわ。謙遜するのも良いけど、マックスの場合は嫌みになるので気をつけなさいな」

俺の言葉をどう捉えたのか、ジーンが言い募ってきた。俺は曖昧な表情を浮かべるしかなく、わかったわかったと小さく両手を上げる。

 それを見て、ジーンは『ふんすっ』と鼻息荒くため息をついていた。


 お嬢に詳細を聞くと、その三人は十二才という年で便秘に悩んでいる様だったので、この前の授業で作った下剤を処方したんだとか。

 しかもその下剤、ただの下剤と思うことなかれ。薬草による下剤効果だけでなく、魔力による下剤効果も上乗せし、更には効果が最低三週間続くように魔法を掛けた地獄の錠剤だと言うのだ。

 確かにお嬢は調合の技術も玄人・・・・・・いや、知識だけでは職人レベルだ。そして、便秘気味だという者に手を伸ばすのは、お嬢の性格を知っていれば誰でも想像に難くない。

 しかし、その下剤の効果が極悪だった。誰かそそのかした奴が居るに違いない。

「私でございます」

俺の問いかけに答えたのは、少し誇らしげに胸を張るジーンだった。

「私が僭越ながら、申したのでございます。下剤に頼らないようになるよう、効果を強めに、長引かせるように。と」

いくら何でも長引かせすぎだ。しかも、効果は強すぎて空になっても催すように調整されているとのこと。

 体力が尽きて死ぬんじゃ無かろうか。


 俺の懸念は当たらずに、貴族令嬢の誰それが亡くなったと言う噂は流れず、その後、俺たちの間で話題にあがったご令嬢は連休に突入するまで教室に現れなかったらしい。

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