第8話
さて、今日はお嬢がご要望の机を作るか。
そう算段をたてながら共有スペースへ顔を出した俺だったが、今日は生憎、お嬢が城へ登るとの事なので一度部屋へ戻って持っていた図面やらを置き、城へ登っても平気な服に着替えることになった。
昨日の内にその予定を聞いていれば二度手間は無かった筈とも思ったが、なんでも、昨日の夜遅くに王の使者が来て「明日、準備が整い次第王城に来るように」と命じられたらしい。もう、寝る準備を終えた後だったためこちらへの連絡は憚られたらしい。
そう言う事なら仕方ない。しかし、そう言った緊急案件を次の日まで知らないのも不味いと思い、ジーンに通信魔法の概略を教えて習得するか聞いてみると、ジーンではなくお嬢が目を輝かせて是非にと言ってきた。
城まで馬車で向かうが、その馬車の中で概略を説明しておいた。
「そう言えば、王はどうして城へ来るよう賜れたのでしょうね?一介の領主に過ぎない私に」
城内に入り、騎士の案内を受けながらこそこそと俺に話しかけてくるお嬢。
「私見で宜しければ。・・・・・・先の課徴金の件ではと思います。関与した者を幾人かを捕らえ、解決の目処が立ったのでその報告かと。何故王が率先して居るかはわかりかねますが」
「その事くらいしか、やはり思い当たりませんか。・・・・・・国王との接触は極力控えるようにとお父様からも、お母様からもきつく言われていましたし、接点と言えばその事くらいですものね」
何故国王との接触を控えるよう言われたのかは疑問に思わないのか。俺の言葉に返してくるお嬢にはその様な疑問は無いようだ。
「何にせよ、この際です。返事のないあれやこれやを聞いてみるのも良いかもしれませんね」
「そうね。そちらは考えておいても良いかもしれないわ。魔法関係は私が聞きますので、折を見て他の事をあなたに話を振ります。用意しておいてね」
どうして俺なのか。お嬢やジーンの方が適役だろうにお嬢はそう言うと反論させないためにか俺を離れてジーンの方に近づいていく。
呼び出されていたのはお嬢、マシュー様、サキの三人だった。それに護衛と侍女の同伴も許されていたので俺とジーン、ライツ嬢とエリック殿も居る。
いつ教えたのか、ライツ嬢は通信魔法を習得していたらしいので、エリック殿は俺のように二度手間を食らう羽目にはなっていなかった。
案内されたのは、何時だかに案内されたイヴリング商会の応接室よりもずっと広く、豪奢な造りの待合室だった。俺とサキは平民よろしく調度品を眺めながら時間を潰し、貴族の者達はぎこちないながらも用意された椅子に座り、ぎこちない動きで慎重に用意された紅茶に口を付けている。
そんなにぎこちなくするなら立って楽にしたらいいのに。そう提案すると、
「貴族たる者、用意された物はしっかりと使用し、また、いつ何時どのような場面でも優雅たれ」
と言って拒否され、あまつさえ睨まれてしまった。ついでに、真贋を見極める能力も必要で、ここにあるもの全てが本物で高価な物らしい。そのような事実が、人生経験の浅すぎる四人を追い詰めている。
・・・・・・やはり、貴族という生き物は理解に苦しむ。
「皆様方、お待たせしました。王の準備が整いましたのでお連れ致します。」
執事風の男に呼ばれて後ろについて行くと、城の奥の奥に通された。
そこは他と違い、それ程大きな部屋ではなく備え付けられている調度品も先ほどの待合室からすれば随分と格の落ちる品物で整えられていた。
そこに居たのは、周囲の調度品と同じくらいに格の落ちたワイシャツとズボンを纏った太った男。国王だった。
「あら?あなたは・・・・・・」
それを目に留めたお嬢はぱちくりと目を瞬かせ、無作法に国王に近付いていく。
「両親の葬儀に、真っ先に駆けつけていただいたおじ様ですわね。あの時はお礼を言いそびれてしまい申し訳ありませんでした。今日出会えたことを幸運に思います。ありがとうございました。励ましていただいた言葉を胸に、今日まで精進させていただいておりますわ」
優雅に淑女の礼をしながら、今までの思いの丈を述べるお嬢に対し、国王は好々爺とした微笑みで答えた後、三人に席に着くよう促した。
「昔に一度だけ会っただけの私を覚えていてくれるとは嬉しいの。あの時、お忍びで葬儀に出席したため自己紹介はできなんだ。レディグレイ伯爵、この場を借りて謝罪しよう」
座った途端に国王は頭を下げ始めた。此処で漸く目の前の人物が国王だと分かったらしいお嬢は、目を点にして固まった。
「さて、先ずは自己紹介と行こうかの。儂はオルムトン=ディ=アブラム。国王をやらせて貰っておる。知らなかったのは・・・・・・レディグレイ伯爵のみのようじゃの」
なんじゃつまらん。とでも言うように国王はイタズラに引っかからなかった子供のように口を尖らせる。
ここにいる者達は一度でも国王と面識ある者だったのか、俺達が自己紹介を始める前に国王が一人一人に声をかけてくださった。
「マクスウェル君は叙勲式以来じゃな。その後は・・・・・・息災そうで何よりじゃ。お主の報告はいつも元気でやっているくらいしか書かれておらなんだからちょっと気になって居ったのじゃ。うむ。壮健そうで何より。これからもレディグレイ伯爵を支えてやっておくれ」
こんな感じで一人一人、確かに想っておいでで、今まで以上にやる気が湧いてくるようだった。
「さて、今回ここへ来て貰ったのは他でもない。サキ君からもたらされたレディグレイ伯爵領への不正に関する事じゃ。情報がもたらされて次の日から捜査を始め、幾人かの関係者を捕らえた。そこからさらに捜査を進めているのが今の現状じゃ。今、この場で解決の報告はできなんだが、そろそろ二ヶ月経つからお主等の様子見と経過報告にと思うて城に来て貰った次第じゃ。学園生活中に忙しいとは思ったがの、もうまもなく休みに入って自領に戻ってしまうのではと思って決断したのじゃ」
許しておくれ。そう言って国王は頭を下げる。その姿を見た俺達は慌てるしかない。
気にしてない事や国王に謁見できる誇らしさなどを全員で口々に述べて、漸く国王は目元を潤ませながら頭を上げた。
「子供達にここまで敬愛されると、望外にうれしいモノなのじゃな。賢王と呼ばれてきたが、今までの行いが報われた様じゃ。・・・・・・それに、君達は城に巣喰う不正も暴いてくれた。次代には希望があるの」
そんな事を一人ごち、ハンカチを取り出して国王は目許を拭った。
「そう言えば陛下。私がお送りした魔法に関するレポートなのですけれど、お返事が欲しいのですわ」
あれから暫く、国王に請われるままに学園の生活をお嬢、マシュー様、サキの三人で語っていた。そして、ある程度切れ目を見てお嬢が話を切り替えた。
国王はお嬢の言葉に驚いた様子だ。
「そう言えば、学園に来ている護衛の方々もアルグレイ領の研究成果を聞いて驚かれていましたね」
その様子を不審に思われたであろうお嬢に言い聞かせる形で、国王にレポートを送っているという事実を認識させる。
「申し訳ないのだが、私は報告を受けていないな。新たな不正の可能性がある。何か詳細が分かる書類が無いだろうか。・・・・・・あれば、できれば一ヶ月以内に送っていただけないだろうか」
「その必要はありませんわ。ここにありますもの。・・・・・・ジーン、レポートの原本とレポートをお渡しした人物のリストを」
「畏まりました。・・・・・・こちらになります。五年分になりますのである程度の量がありますが、ここにお出しして宜しいでしょうか」
それまでお嬢の側で控えていたジーンは、レポートと人物名が記された紙を取り出して国王に提出する。その外にある事を述べると、国王は「少々待ってくれ」と断ってから両手を三度叩いた。すると部屋の外で控えていたらしい先ほどの執事風の男が部屋には行ってくる。
「何アレかっこいい。ジーンかマックス、アレ、できない?」
何事か話し始める国王を見て、お嬢は目を輝き始めた。
「無理です。やる事が多くて常に控えていられません」
俺とジーンが異口同音に答えると、お嬢は肩を落としていた。
「執事と家政婦を多く雇えばその者達の内で出来るようになると思いますよ」
その姿を不憫に思ってしまい、方法を教えてもお嬢の顔は暗いままだ。
「ジーンとマックスでやりたい」
そう口を尖らせて呟くお嬢は、大分幼くに見えた。場が場だけに俺は表情を引き締めたままだったが、場が違えばどんなに頑張っても頬が緩んでいたに違いない。ジーンも同様だろう。
「よし、ジーン君、この者に着いて行きなさい。宰相は信頼の置ける男だし、どこの派閥にも関係しない中立な奴だ。しっかりと事の重要性がわかり動いてくれるだろう。宰相に報告してくれ」
「畏まりました」
国王の言に、ジーンは疑問も持たずに執事風の男の後ろについて行く。・・・・・・ジーンは気付いてなさそうだが・・・・・・まあ、良いか。危険でないのは確かだし。
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