第7話
マックス師匠に断ち切る術をご教授いただいてから三日、確かな手応えを掴んでいた俺とシン殿は、「もうこれ以上、これに関して俺が口出しする事はない」と言われてマックス殿と一緒に立ち木を相手に一心に技を振るっていた。マックス師匠は十本断ち切って休憩するのに対し、俺達は多くても三本。精進有るのみと言うことを実感させられる。
その断ち切る術の応用として、マックス師匠はレイピアを用いて立ち木に無数の穴を穿ち断ち切る様をまで見せていただくという、俺達にこの技の広がりをも示してくださった。後は、俺達の創意工夫によって幾万、幾億もの姿に変わっていくだろうと語られていた。
そして、毎日雑木林から普通でない打音が響く事で興味をそそられていたのであろう、他の貴族の護衛たちが、今日は見学に来ていた。年齢的には俺達と変わりない12の者から上は今が盛りと思われる三十に届くかと言った者まで、立ち木に向かうには細過ぎる長剣でバッタバッタと切り倒すマックス師匠を見て度肝を抜いている。
その様子に、マックス師匠はこの術が秘匿されて居るものでは無いと示すように、説明しながら技を振るっていた。
「断ち切る術は、言わば騎士の中では基本の術だ。エイドリック殿やシン殿が二日で修得したように本来ならば簡単な部類に入る。・・・・・・俺は二年かかったけどな」
乾いた笑いで言うマックス師匠は、俺達に、俺達以上の羨望の眼差しを送ってくる。それを受けた俺達は、嬉しいやら申し訳ないやらで気持ちが一杯になった。
それからと言うもの、マックス師匠から術を教わった者たちは一日で、遅くとも二日で断ち切る術を修得してマックス師匠の受けていた雑木林の伐採、計四百本が全て切り倒された。最後の日はマックス師匠が立ち木を切らずに見て回っていただけにもなった。
次の日。
「次は切った木の乾燥だ。火魔法と風魔法、両方使える者はどれだけ居るだろうか」
昨日の内に運び出したのだろう。昨日までに切り倒された木々は全て何山かに分けられ堆く積まれていた。
その前で、教官のように振る舞うマックス師匠は先程の問いを発した。・・・・・・ちらほらと申し訳無さそうに手が上がる。
この国で魔法は純度の高い者ほど優秀とされている。純度の高い者ほど威力の高い魔法を使えるからだ。
「よし。これだけ居るなら半分は任せられそうだな」
そう言って、マックス師匠は頷きながら手を挙げた者に近くにくるよう言いつつ魔力を練り始める。
マックス師匠は始め、何も言わずに何かをする。そう覚えた者は魔力を見るために集中し始め、その中でマックス師匠は左右の手に魔力を集めそれぞれで循環させ始めた。
左右の魔力に色が灯る。
右の手には赤。左の手には緑が発光するようになっていき、十分な光量になったとき、解き放たれた。
しばらく両手から発せられていた赤と緑は唐突に止まり、その光景に魅了されていた俺達は、数瞬のあいだ何が起きたのか分からなかった。
「この様に火と風を合わせて熱風を生み出すと、どう言うわけか木の乾燥が早まる。まあ、騎士になったんだ。行軍の途中に薪の調達もするだろう。そう言うときに使えれば重宝するんじゃないかな?・・・・・・ん?どうした?」
振り返って珍しく説明を続けるマックス師匠は、固まってしまった俺達にどうしたのかと聞く。
「わ、我々にはその様な純度の魔法を行使できません」
「ん?魔力を分ければ、純度は勝手に上がるだろ?三年前に王国に詳細なレポートを出しておいた筈だぞ?」
「・・・・・・聞いたことがありません」
「またか。・・・・・・まあいい。やり方を教えよう。一属性しか使えない者、あるいはその逆も聞いて置くように」
そこから、アルグレイ領で研究し、王国に詳細なデータと共に送ったレポートの内容を事細かに俺達は教わった。教わるだけで三日もかかった。
そこから一週間。訓練に明け暮れて、気付けば二週間の休みまで残すところ後一週間を切っていた。
「そう言えばエリック様、ここの所護衛の皆様が疲れているのに溌剌としたご様子ですけれど、何か知っていますわよね?あなたもその様に見られますもの」
「はいっ。マックス師匠に騎士の訓練を見ていただき、魔法の手解きを受けておりますっ!最近、自分の実力が上がっていることがわかるのでその所為かと存じ上げます!」
「・・・・・・と、言うことですが、マックス?家財道具を作っておいででしょうか?」
「あ、アハハハハ・・・・・・」
とある日、マックス師匠とシン殿と俺はレディグレイ様に呼び出されていた。そこにはレディグレイ様とマシュー様、パトリシア様がおり、皆一様に青筋を立てている。
「笑い事ではありませんわ!護衛の者達全員が!護衛の仕事をすっぽかして朝から晩まで訓練と称し居なくなっているんですのよ!」
笑って誤魔化そうとするマックス師匠に、言葉を受け継いだのは意外にもパトリシア様だった。
この方は普段、物静かで怒るところを今まで一度も見てこなかったが、今回ばかりはそうもいかなかった様だ。
「おかげで、おかげで可愛らしいレディグレイ様が護衛を誑かす悪女の誹りを受けているんですの!」
バンッと、白い手のひらを机に叩きつけるほど怒っています!と言う風にパトリシア様はマックス師匠詰め寄るが、如何せん身長差がありすぎてかわいらしく見える。
「ん?お嬢の目標と一致していますね」
助け船を出したのはシン殿だった。
いつの頃からか、護衛たちの間でマックス師匠の呼称が広がり、お嬢=レディグレイ様になっている。
「あ、失礼しました。レディグレイ様」
「別にそれは良いですわ。これからは呼びやすいようにお願いします。それより、どう言うことです?私の目的と一致していると言うのは?」
思わずこぼれたであろうシン殿のお嬢呼びに気を害するでもなく鷹揚に応じ、レディグレイ様は先を促す。
「レディグレイ様は入学からこれまで、悪役令嬢になるべく努力なさっているのは訓練の合間ですが見てきておりました。そのためにジーン様を筆頭にここにいるお二方、それにサキ殿、ウィンベル殿、レーニャ殿と知恵を振り絞っているのも知っております。そこで今回の悪女との誹り。外部からではありますが今までの努力の結果であるのではと愚考いたしました」
その言葉は、青天の霹靂とでも言うようにレディグレイ様を貫いた。見る間にレディグレイ様の瞳が輝き出す。
「マックス、そのまま続けなさい」
「賜りました」
「それと、早く机を作ってください」
「・・・・・・畏まりました」
どうやら、レディグレイ様はマックス師匠の作る机を心待ちにしていたらしい。
そんな事を考えながら、俺は訓練中に作れてしまった通信魔法を使い、共有スペースの中で隠れている同志、護衛どもにレディグレイ様より訓練の許可が下りたと報告した。
途端に、地鳴りと勘違いするほどの鬨の声が小さく、小さく響いた。
俺達護衛は、マックス師匠が使う音声(おんじょう)低減魔法を既に修得しているのだ。
俺達の話が一段落すると、マシュー様達はサキ達を呼び寄せて報告会を開いた。
なんでも、貴族しかいないAクラスに在籍する者が、平民の多いDクラスの者を罵っている所を良く見かけるようになったらしい。それから、Aクラスの者の中で実力の低い者の内何名かが退学したらしい。
Aクラスの者の退学は、何故かレディグレイ様の仕業になっており、気の早い者はアレクシアーーレディグレイ様ーーを罵倒し始めている。罵倒しているのは子爵以上のご令嬢だ。さすがに男爵令嬢は罵倒するわけにはいかないらしい。
「はて?私が何かしたかしら?」
「一応、アルグレイ領からきた令嬢って事で最初から目を付けられていた見たいです。で、今回アルグレイ領の税金がらみで摘発が少しだけあったのでアルグレイ領を疎んじて重税を課していた貴族が槍玉に挙げたのでしょう」
狙われる謂われが無いわと首を傾げるレディグレイ様に、サキが狙われる理由の一つとして先の課徴金のことを告げる。
「自分が犯した罪なのに、私を恨むの?変な人達ね」
「そう言った輩は罪を他人になすりつけて甘い蜜をすするものなのよ」
尚も疑問を呈するレディグレイ様に、悪人の思考はよく分からない物なのよと諭すように言って聞かせるマシュー様。・・・・・・同い年ですよね?
「そうですわ!突っかかってきた輩をけちょんけちょんにすれば悪女の噂が広まりません事!?」
「逆に聖女の誉れを授かるのでは無いでしょうか」
良いことを思い付いたとでも言うように、レディグレイ様は元気に声を上げられるが、パトリシア様の指摘でしおしおと萎んだ。
「せ、聖女はいけないですわ。聖女になんかなった日には毎日のように貴族、それだけでは済まずに王族まで婚姻を届けに来るでしょう。・・・・・・それだけは避けなければなりませんわ」
青くなったレディグレイ様はイヤイヤをする様に頭を振る。
何故そんなにも婚姻が嫌なのだろうか。例えば王族と婚姻がなれば、自分が王族の仲間入りを果たせ、真っ先に子が成ればその子が王太子に選ばれる確率が高くなり、そうなれば行く行くは王の母として自分の地位が盤石なモノになろう。それは、男では成し得ないサクセスストーリーではないか。
そう思うのだが、当の本人、レディグレイ様は婚姻に消極的だ。今もなお、婚姻の申し出には辟易しており、婚姻の申し出が来ないようにと出来もしない悪役を演じようとしている。
不思議だ。実に不思議だ。
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