02 そのような輩、厠で謹慎でもしていればいいのです!

第6話

 一ヶ月が経った。その間に、王宮から使者が来て課徴金があったとの報告があった。・・・・・・しかも五年間分。

 五年前と言えば、レディグレイ様が伯爵号をお継ぎになられた年で、税金の額が跳ね上がり始めた年でもある。・・・・・・やはり不正があったか。

 使者からは不正の調査に、協力して欲しいとのお達しがあり、レディグレイ様は一も二もなく了承。

 登記簿と財務調査書、納税関係の書類などの原本をその場で提出した。

 これはジーンの運搬魔法によるもので、重要書類は全て彼女が管理している。

 書類の提出が終わったところで、課徴金の返還が申し渡された。しかし、課徴金の額が余りにも多額のためすぐには用意できないとの事だった。

 別に問題ないとレディグレイ様が仰ると、使者の方は呆気に取られていた。しかし、そこで引き下がってはいけない事情が有るのか、使者の方は課徴金の全額返済が終わるまでアルグレイ領には納税の義務が発生しないと言う書類を文言とともに渡し、去っていった。

「王国が、私たちの窮地にお気付きになられ、お助けくださった」

そう言って、レディグレイ様は滂沱の涙を流して泣いたらしい。使者たちが来た次の日の授業を欠席したレディグレイ様の容態を聞いた俺に、ジーンはそう教えてくれた。


「お嬢!また領庫から子供達のために文具を購入したのですかっ!?」

王宮の使者の訪問から一週間経ったある日、いやな予感が走った俺は護衛任務をすっぽかして歳出のチェックをしていた。そこに見慣れぬ費用の書類があったので共有スペースにいるお嬢の元へ殴り込んでいた。

「あら?今回は私の文具購入費用を回しただけですわ?王都では物価が高いのと、それなりの文具を購入しなければならなかったのでそれなりの金額設定をしていましたし、余った分は領民に返還すると決めて居たじゃない。一銅貨も使わなかったのですから文具十組も購入できましたわ」

晴れ晴れとした様子で応じるお嬢は、どこか「どこからでもかかってらっしゃい」と言うような泰然とした様子。

「文具は後回しにして下さいと何度も進言致しましたでしょう!それよりも訪問に来た貴族様をもてなす為の家財道具に回すべきです!伽藍堂の屋敷では政務もままならないでしょうが!」

「お金のない貴族にどこの貴族が訪問してくると言うの?願ったり叶ったりですわ。どうせ訪問してくる貴族は婚姻目的ですもの、回れ右して勝手に返ってくれた方が手間がかかりませんわ。政務なんて報告書を読んで判子を捺すだけですもの、床でやっても変わりませんわ」

「嘘でしょう!王都に来てから机で政務をされるようになって、一日の処理済み書類が屋敷でやっていたときより五割り増しになっているんですよ!?せめて執務机くらい用意して下さい!」

「うぐぅ!?」

事実に言い返せなくなったお嬢は変な声を上げて俺を睨みつける。

 そこに今までの一部始終を聞いていたマシュー様、パトリシア様が堪えきれないと言った様子で笑い出した。

「お二方、仲がいいのは宜しいのですけど、取り敢えず矛を納めなさいな」

一頻り笑った後、マシュー様が堪えるように肩を震わせながら仲裁に入る。言い負かした手前、俺はそれを頷いて受けるが、お嬢は言い足りない様子だ。

 それでも渋々頷いたのは、良い反論が思い浮かばなかったからに違いない。

「ねぇ、マクスウェル様?こう言ってはなんなのですけれど、レディグレイ様のしなさっている事は貴族が見習うべき行いなのですよ?自分の身を切り、民草のために善政を敷く。口で言うには易いですけれど、実践するには難しいことなのですわ」

「それは、存じ上げております」

「そしてマクスウェル様の言っていることもわかりますわ。主には立派であって欲しい。善政を敷くと言う内面的な物以外にも、出で立ちやお召し物、囲われる調度品にも立派な物をと思うのは家臣の悲願ですわ。レディグレイ様、家臣のお気持ちも汲んでやらねば上に立つ者として失格ですわよ」

「・・・・・・・・・・・・」

マシュー様の言葉は俺の心に刺さる。レディグレイ様は納得いかない様子で口を尖らせ俯いている。

「なんにせよ、先立つ物が無いご様子。でしたらマクスウェル様、あなたが一時凌ぎの為の家財道具をお造りになっては如何かしら?アルグレイ領の民草は十二分な教育に加えて工芸や裁縫等も体験なさっているとレディグレイ様から聞きましたわ。それが臨時収入になっていることも教えて下さいましたの。木材は、・・・・・・そうですね、学園の雑木林が拡大しすぎていると小耳に挟んでいますので、私から伐採の許可を貰っておきましょうか」

つらつらと述べられる言葉に、俺ではなくお嬢が顔を上げた。俺がお嬢を見ると、この上なく名案だというように力強く頷いてくる。

「あ、雑木林の伐採時には是非私の従者、エイドリックとパトリシア様の従者、シン様をご同伴なさって下さい。アルグレイ領の騎士の技を見る良い機会ですわ」

そう煽てられて、押し切られるような形で不承不承頷いてしまった。


 そこから三週間。お嬢の護衛の任を臨時だが解かれてしまった俺は作成する机と椅子の図面を引いたり、それらに塗るニスやその道具の購入、使い慣れるための練習にと慌ただしく過ぎていった。

 伐採当日。一本だけ切り倒すと思っていた俺だったが、お上の意向で雑木林の元の大きさまで表だけで計二百本。裏も合わせれば四百本もの伐採をお願いされた。裏は手が回ればと言うことなので、兎に角二百本は伐採しなければならない。

 これは伐採に一週間はかかるかもしれない。損な覚悟を決めつつ、エイドリック殿とシン殿の前に進み出る。

 目の前にあるのは樹齢十年くらいの若い木だ。しかし、普通なら斧を用いて伐採するほどの頑丈さを持っている。

 息を整え、絶つために意識を固め、己の持つ魔力を練り上げていく。

「あれ?」

裂帛の呼気と共に手にした長剣を振り抜くと、ややあった後にシン殿から拍子抜けしたような声が上がった。その声に構うことなく納刀し、振り向く。

 エイドリック殿は小難しい顔で眉間にしわを寄せ、シン殿はポカンと口を開けている。

「今ので了解したものは挙手を」

無理だろうな。とは思いつつ、二人に声をかけるが二人は互いに顔を見合わせてから首を横に振る。

「それで良い。俺も何も知らされずに一回見ただけでは何も分からなかった」

言いつつ、断ち切った木を倒して次の木の前に移動する。

「二人とも、魔力は見えるか?」

「多少なら」

俺の問いに、二人とも自信なさげに答える。・・・・・・俺よりマシだった。

「そうか。この絶ち方は魔力が見えるのと見えないのとで一年くらい習得に差がでる。誇ると良い。俺は先ず、魔力の感知から始まったからな。・・・・・・次はゆっくりやるから、魔力の動きを主に追っていくと良い」

言って、もう一度己の魔力を練り始める。二人にわかりやすいように、いつもより倍は多めに魔力を練り上げゆっくりと剣に魔力を浸透させ、更に魔力を込めて剣から魔力を溢れさせ、その溢れ出した魔力を研ぎ澄まし、そのままゆっくりと魔力の刃を木の幹に当てていく。少し押し込むと、何の抵抗もなく木の幹に剣が入っていきそのまま反対側へ抜ける。

「おぉ!」

先程の絶ち切り方がわかったのか、二人から歓声が上がった。しかし、魔力の動きがわかっただけでは木は断ち切れない。

「一度練習してきた方がいい。大体の場合、躓くのは此処だ。魔力の動きだけでは足りないんだ。実感してみると良い」

二本目の木を倒しながら二人に指示すると、二人は我先にと俺が断ち切った木と同じ様な木を探して取り付いていた。

 更に三、四本断ち切ったところで疲れてしまい、様子を見ようと二人の方へ振り向くと、二人は肩で息をしながら座り込んでいた。

「断ち切れなかっただろう。俺もそうだった。この絶ち切り方は魔力を多く使うし、魔力を普通に放ちつつ断ち切ろうとするだけではダメなんだ」

「はいっ!」

疲れているだろうに、彼らは元気よく返事する。

「正しい方法は、先ずはイメージだ。ダマスカス鋼を知っているか?」

「聞いたことはあります。なんでも、それで作られた刃物はその刃に美しい波の文様が浮かび上がるとか」

シン殿の言葉に頷いて返す。

「そう、それだ。その波の文様はダマスカス鋼の製造過程で得られる特殊なものだ。ダマスカス鋼の製造は秘匿されて久しいが、一説に延ばした鋼を幾重にも重ねているらしい。・・・・・・普通の鋼の造り方は知っているな?」

「はい。精錬した鉄を今一度溶かして、藁を投げ込むんでしたよね。それでどうして堅くなるかはわかっていませんが」

競うように、今度はエイドリック殿が答えを返す。

「そうだ。そして、堅くなった鋼は脆くもなる。堅くなり過ぎた鋼は加工し辛いし、なにより脆すぎるそこら辺の塩梅は鍛冶屋の仕事だ」

そこまで言って、一旦話を切る。昔、同じ様に教えを請いた先達に、同じ様な事をされたのだ。師曰わく、気付く者はこれだけで神髄に気付くらしい。・・・・・・本当だろうか?

 かくして、二人は考える素振りを見せながらも、話しの続きを待つ。

「要は魔力を単なる鋼に見立てろと言うことだ。目指すはダマスカス鋼。折って畳んで薄くする。それを幾度にも練り上げ刃に見立てて切る。そういう使い方をして漸く断ち切ることができる。慣れれば一瞬だ。・・・・・・こんな風に」

無造作に横手で近くの木を断ち切ってみせる。これが出来るようになったのはつい最近だ。師には、出来の悪い弟子で申し訳ないやら何やらで涙が出る。

 俺の説明でやる気が持ち直したのか、二人は取り付いていた木から離れ、魔力を練り上げる事に集中し始めた。それを横目に、俺は休憩をして消費した魔力の回復に務める。

「そう言えば、マクスウェル殿は確かへいみ・・・・・・」

ふと思い付いた事を口で転がそうとして、何かに思い当たったようにシン殿が口を噤む。

「マックスで良い。それから事実だから言葉を止めるな。確かに俺は平民出だぞ。親の顔も知らないがな」

「申し訳ありません。ですが、平民出だと言うことは魔力を感知できないのでは?魔力を感知できるのは貴族のみと教えられたのですが」

「ん?その事か?その事に関しては詳細なレポートを三年前に王国に上げていた筈だが。・・・・・・まあいい。アルグレイ領の研究で、平民でも誰でも魔力を感知出来るようになったぞ。まぁ、若い方が習熟は早いがな」

「マジですか・・・・・・」

二人の声が同時に聞こえる。どこか落胆したような声音だった。

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