第5話
三人だけの護衛隊を臨時に組織し、マシュー様とレディグレイ様、パトリシア様、サキ、ウィンベル、レーニャをお守りするため学園を出た。護衛隊にはマックス殿とパトリシア様の護衛であるシン殿それから私だ。その外にジーン殿とライツ、パトリシア様の侍女、ミュー殿も同行する。
護衛隊の指揮は年齢的にマックス殿がなり、マックス殿は難色を示したが、かの精強で知られるレディグレイ領の近衛兵の指揮下に入れることを誇りに思うとシン殿共々胸の内を明かすと、照れ臭そうに渋々請け合ってくれた。
平民が上に立つと難色を示す貴族が居るので、不和を生じる恐れがあるため指揮官に難色を示したようだった。・・・・・・年も近いのに出来たお人だ。
その様な些事で少しばかり時間をとられたが、概ね時間通りに学園を出た。近場の店には生徒の人垣ができ、ゆっくりと買い物もしていられないという事で道具関係はサキの実家であるイヴリング商会、教科書はレーニャのサツワタン書店で購入する事が決まった。
昼食はそぞろ歩きの途中で食べるらしい。
「王都って、香辛料と砂糖が安いですねぇ。ハチミツはその分高いみたいですが」
「香辛料と砂糖は比較的穏和な隣国と貿易しているらしいですよ?大量購入しているので、此処に来るのは比較的安いみたいです。・・・・・・大量購入と言っても、アルグレイ領までは行き届かないみたいです」
「王国内で一番税金納めてるのですから、香辛料くらい先に回して欲しいですわね・・・・・・」
ふと、レディグレイ様が屋台に並んでいる香辛料と砂糖、それにハチミツを見比べて恨めしそうに呟くと、情報通のサキが手近な情報を提示する。
「え?この国で一番税金を納めているのはガザルク領ですよ?大金貨二百枚と公表されています」
「あら?私の領には大金貨四百枚の請求が来ましたわ。家財を売り払って、それでも足りないので領民に頭を下げて回ってお金を作りましたの」
苦労しましたわ。と、何でもない事のようにレディグレイ様は仰るが、今までのやりとりを聞いて慌てたのがマシュー様だ。
「レディグレイ様?税金は王国から請求は来ませんのよ?大抵の場合、国に収支報告を行ったときに利益の十パーセントを納付する事になっています」
「あら?それは知っていますわ。ですが十パーセント?収入の五十パーセントの間違いではなくて?・・・・・・そして、その外に大金貨五十枚。計四百枚ですわ」
「しゅ、収入の五十パーセント!?そんな大金納付したら生活できないじゃないですか!騎士たちの食事はどうするんです!?」
「騎士たちには悪い事だと思いますし、今でも心苦しいのですが、平時には野に下って貰い、農業などで生活を立てて貰っていますわ。それから、週の何日かは領の学園にある訓練施設で腕の立つものを身分の差なく集めて貰って訓練をしているの」
おかげで多少の魔物ならばそこらを歩いている町民でも倒せるようになりましたわ。と、これまた何でもない事のように言葉を紡ぐレディグレイ様。
「でも、これ以上税金の納付額を上げられると困ってしまいますわねぇ。自宅には、もう家宝しかありませんし、民に借りているお金も返さないと・・・・・・」
それに、身を粉にして働いて下さっているジーンとマックスにも給料をあげたいし。と続けて、レディグレイ様はマックスをちらっと伺う。
「俺達の給料は後回しにして下さい。領民のお陰で食うには困ってませんし、領民もお嬢が困っているのはわかっています。まだ結果が出るにはかかりますし、領民たちは負担が減って活気に満ちています。この先は明るいですよ」
その視線を受けて、マックス殿はレディグレイ様の曇った顔を吹き飛ばすように明るい口調で返す。その横でジーン殿は呆れたように溜め息を吐いていた。これは、いつものやり取りなのだろう。
「サキ、今のやりとりは?」
「バッチリ録音しました。国王に送りつけてやりましょう」
その隣で、マシュー様とサキがこそこそとなにやら話し合っている。
「さて、暗い話は此処までにしましょう!レディグレイ様の話を聞いていたら、私が一肌脱ぎたくなりましたわ!」
サキとの話が終わったのか、マシュー様は殊更明るい口調で言い、手近な洒落た喫茶店へ足を進める。
「申し訳ございません。お昼の代金を肩代わりしていただいて・・・・・・」
「良いんですのよ。あなたのお陰でこの国に巣喰う膿みを少しだけ取り除けそうですから」
「は?」
「それよりも、先ずは授業に使う道具を買いに行きましょう。サキ様のご実家ですわね?案内して下さいますか?」
「あ、はい。勿論です!」
サキは一つ気合いを入れると一行の先頭に立って街の繁華街を進み始める。その後ろをレーニャ、ウィンベルの町娘が追い、更にその後ろをマシュー様、レディグレイ様、パトリシア様の三人が優雅に追う。
サキは度々後ろを振り返って立ち止まり、離れていた貴族三人を待つ気遣いを見せ、その間にレーニャとウィンベルが目に付いた店の紹介を交えて三人に退屈を覚えさせない。とても貴族に対して慣れた接し方だった。
「すみません、気を使っていただいて。人前ですと足を早めるわけにもいかなかったもので・・・・・・」
「大丈夫ですよ!御貴族様相手は慣れていますからね!」
イヴリング商会に到着し、一番始めに口を開いたのはレディグレイ様だった。それに応じたのはウィンベル。他の町娘三人も頷いて首肯していた。
「さあ、いらっしゃい!ここが王都一の大商会、イヴリング商会ですよ!」
先頭に立って、サキはイヴリング商会の戸を開く。
「いらっしゃ・・・・・・おぉ、サキじゃないか。どうしたこんな時間に?それと・・・・・・?」
「あ、手紙に書いた仲良し組だよ!それと、はい、王国の不正の一端が記録されたレコード。国王様に持って行っといて」
俺達一行がぞろぞろと店内にはいると、壮年の男が快活に出迎えた。その男は先頭のサキに目を付けると相互を崩してハグをする。
ハグをされたサキはハグをし返した後、青い正八面体を男に渡し、手を取ってこちらに向かってきた。
「ウィンベルにレーニャ、パトリシア様にマシュー様、それにレディグレイ様だよ。こっち、あたしのお父ちゃん」
間に立ってそれぞれを紹介し、紹介された本人は略式で挨拶をした。
「マトスです。以後お見知り置きを。・・・・・・ん?レディグレイ様というと、もしかしてアルグレイ伯爵閣下の・・・・・・?」
「はい。今は学生ですのでレディグレイのみですが、領地に戻ればレディグレイ=アルグレイですわ」
「なんとっ!・・・・・・先代伯爵閣下には本当にお世話になりました。ご存知とは思いますが十五年前にこの地を治めていただいていた伯爵閣下には感謝の念が絶えません。ささ、今日は何をご所望でしょう?今日の佳き日に、私が一肌脱ぎましょう!」
喜色を浮かべて握手を求めるサキの親。サキはその様子をポカンと見つめていた。
「家、今日は学校の授業に必要な道具を買いに来ただけですから、その様なご厚意は身に余るというか・・・・・・」
「おい、聞いたかシュベルト!アルグレイ伯爵閣下が授業道具を所望だ!手早く用意しろ!ウチが潰れかけたのを立て直して下さった恩人だ!心してかかれっ!」
「はっ!只今っ!」
店主の激が飛び、それに答える者もサキの親と同い年ぐらいで、嬉々として店内を走り始める。
今、所望の品を集めておりますのでこちらでお待ち下さい。
そう言われて通されたのは、商談に使われると思わしき豪奢な作りの部屋。泰然としているのはマシュー様くらいのもので、俺も含めて促された椅子の端に腰掛け、椅子が傷まないようにと身動きがとれない。
その中にサキが含まれているのが意外だった。聞いたところによると、この部屋は店長であるマトスのみ入ることができる商談部屋で、サキ自身、この部屋に入るのは初めてだったらしい。
暫くすると、十二組の授業道具をマトスが抱えて持ってきた。レディグレイ様以外はお近づきの印と言って代金が免除された。
「ここ、昔のアルグレイ領でしたのね・・・・・・」
お礼を厚く言ってイヴリング商会から立ち去ると、暗い表情でレディグレイ様がぼそりと呟いた。顔には、「このお礼、どうやって返そう」といった旨の表情が見て取れる。
「さあ、次は教科書!レーニャ様!案内お願いいたしますわ!」
どんよりとした雰囲気をぶち壊そうと、マシュー様はヤケクソ気味に明るい声を出す。レディグレイ様もその声で気付いたのか、頭を振ってから明るい表情を取り戻し、輪の中に入っていく。ふと見たマックスは、安堵の溜め息を吐いていた。
結局、教科書代も払わずにすみ、何ともいえない雰囲気の中で学園に帰ることになった。荷物は、荷物運搬魔法を持っていたジーン殿が一括で持ち帰り、部屋にそれぞれの荷物を送ることで話しが纏まった。
荷物を持つ必要が無くなった一行はどんよりしがちな雰囲気を吹き飛ばすべく甘味のお店でお茶をしてから至福の表情でお帰りになられた。
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