第3話
ガザルク伯爵令嬢ご一行と別れて、一度割り当てられた部屋へ戻り、身だしなみを整えてから今一度共用スペースに戻ってきた。早すぎたのか、まだお嬢の姿はなく人もまばらだ。癖としておくようにと上司から言われているので、人の位置をさり気なく確認し、一息付く。
暫し佇んでいると、エイドリックと言ったか?あちらの従者の男の方が共用スペースに姿を表した。彼もさり気なく人の位置を確認し、俺に会釈をしてから離れた位置に腰を下ろしていた。
「すみませんっ!遅くなりましたっ!」
それから暫くすると、お嬢が顔を赤くして共有スペースに駆け込んでくる姿が見えた。駆け込んでくると言っても、優雅な早歩きだったが肩で息をしている。女性寮は走ってきて、共有スペースで優雅な所作になるよう気をつけたのだろう。
「ジーンが、私はいいって言ったのに着替えを強要してきて・・・・・・」
遅くなった理由を述べているのだろう。
「構いませんよ。よく言うじゃないですか、女子のお色直しは時間がかかるって。女子を待つのも男の甲斐性ですよ」
そんな事より食堂に行きましょう。と、尚も何かつらつらと述べ立てるお嬢を促して食堂へ向かう。共有スペースを出ようとした頃に、ガザルク伯爵令嬢様も共有スペースに入られたようだった。
一応、ガザルク伯爵令嬢様と離れるように行動していたのだがお嬢はそんな配慮など気にもとめず、食堂でガザルク伯爵令嬢ご一行と合流した。・・・・・・まぁ、お嬢が喜んでるから、変な気を使ったのが無粋だった気がしないでもない。マシュー様も嫌がる事なく、むしろ進んでご歓談なされているからそんな感情が積もるのかも知れない。
「まぁ!ライツ様とエイドリック様も同い年でしたのね!?嬉しいですわ!」
「そうですのよ!しかもライツったら私が同い年なの忘れてて、去年の入学案内が届いた日なんかいつもの三倍くらいポカをやらかしまくったんだから!」
「やめて下さいマシュー様!その事は内密にと約束して下さったではありませんかっ!?」
女子、三人集まれば姦しい。あれ、流言だと思っていたが本当のことだったんだなぁ。
と現実逃避したくなる程騒々しく食事は進む。食事の前に、その空間内の騒音は低減して周囲に漏らす魔法をかけておいて良かった。念のためにと張っておいた過去の俺に拍手を送りたい。
そう思いつつも、笑いに笑い、お腹を抱えたり目端を拭ったりするお嬢を盗み見る。心から笑っているのだと安心して、今一度食事に口を付けながら周囲を警戒する。特に何事も起きなそうだが、護衛という仕事の手前、怠るわけにはいかない。
大盛況の内に食事はお開きになった。途中からジーンも話しに加わって戦々恐々となったが、なんの問題も起こらずに終わったことに、神への感謝の念が絶えない。
後はお嬢達を女子寮に押し込んで今日の任務は終わりだ。日報を書いたら食堂に戻って一杯引っ掛けよう。
次の日から、お嬢は友人と呼べる子達を何人か作っていった。初日にマシュー様とお友達になれたことで自信が付いた様子だ。
これなら、これから三年間を過ごすこの学園も楽しいものになるだろう。そう思って居たのだが。
「決めました!私、悪役令嬢になります!」
四人の友人を前に、力強くお嬢はそう宣言する。声は初日の食堂で使った魔法をかけているので、周囲の目は集まらない。
今は起き抜けの朝食前。いつものように仲良し組で集まり、護衛任務中の者達も含めて着席させると開口一番にお嬢がそんな事を宣った。
・・・・・・いや、無理でしょ。
この時ほど上下の隔たりなく、お嬢以外の全員が心を一致させた事例はこれまで、これから先含めて無いだろう。
「一つ伺いますが、悪役令嬢とはどのような?」
「悪いことをする令嬢の事ですっ!」
普段は物静かなパトリシア様が挙手をして、取り敢えず言葉の意味を探る。答えたお嬢は鼻息荒く、やる気に満ち満ちていた。
「それをするメリットは?」
「婚姻希望者が、来なくなります!」
マシュー様が継いで質問を投げる。それを目を輝かせてお嬢が答える。
・・・・・・あー、誰かの入れ知恵だな。
半ば諦めの境地が身内の中を駆け巡る。既にその気になってしまったお嬢には何を解いても無駄だろう。それに、ジーンが微かにほくそ笑んでやがる。この事態、知って居やがったな!
「まぁ、なんだ。がんばれ?」
「うんっ、頑張るっ!マックスも手伝ってねっ!」
多分、一日で絶望するだろうから、取り敢えずエールを送っておく。返ってきたのは、大輪の花よ咲けよと言わんばかりの笑顔だった。
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