第2話
「およ?ここら辺、人が少ないじゃない。やっと落ち着けるわー」
ライツが人払いの魔法に突っ込んでいき、能天気に声を発する。
「ささ、お嬢様、こちらにお座り下さいませ」
ライツは付いてきて居るであろうと思っているマシュー様に席を勧めようとするが、マシュー様はライツの近くにいない。俺共々人払いの魔法の一歩手前で立ち止まっていた。
「マシューお嬢様、どうかなされました?」
辺りをキョロキョロと見渡し、大分かかってマシュー様を発見すると、のぞき込むようにしながら俺の一歩前にいるマシュー様へ呼び掛けた。マシュー様は片手で目を覆い、嘆くように呆れ果てていた。
「ライツ、お前何も感じないのか?私の一歩前から人払いの魔法がかかっているぞ」
この意味はわかるな?言外にそう詰問し、マシュー様はライツの返答を待つ。
「こ、こここここれはとんだご無礼を!申し訳ございません!」
「私に謝るな。早く出てこい」
「いえ、ちょうど良いときにきてくれました。丁度こちらも話の種が尽きてしまい魔法を解かせようとしていたところです」
ピンと背筋を伸ばし、慌てて頭を下げるライツに溜め息と一緒に退場を促すマシュー様に、待ったをかけたのは、聞いたことのない鈴の音と間違うばかりの澄んだ綺麗な声だった。
見ると小柄なライツよりもなお小さい、よく手入れされた髪と肌、若干気弱そうに垂れた緑の瞳。これだけ見れば名だたる名士の出かと思うのだが纏う生地は三流品と、アンバランスな出で立ちをした少女が悠然とこちらに歩いてきていた。
従えるのは男と女の計二人。従者だろう。
男の方は垢抜けない田舎ものの所作をしており、茶髪に黒瞳。平民に多い出で立ちだが、付け焼き刃ではない騎士の歩き方をしている。女の方は先頭の少女よりも所作が洗練されていて、銀髪にやや意志の強い、若干つり上がった青の瞳。・・・・・・本当にこのお嬢さんの出がわからない。
「私はレディグレイと申します。ここは平等を謳う学び屋ですわそれ以上は要らないでしょう。こちらは従者のジーンと、マクスウェルですわ。以後、お見知りおきを」
優雅にスカートを摘まんで挨拶をするレディグレイと名乗った少女に、俺達は動けなくなってしまった。
レディグレイ=アルグレイ。彼女が騙って居なければその人だ。この国を裏で支え続ける技術の大本営、レディグレイ家の忘れ形見。
とは言え納得できるところはままある。少女に似つかわしくないほど洗練された所作、堂々とした立ち居振る舞い。
「・・・・・・はっ。これはご丁寧に。私はマシューと申します。そちらに居るのは従者のライツと、こちらに控えて居るのがエイドリックにございます」
マシュー様には珍しく、呆然としていた数秒を取り戻すために慌てて自己紹介を返す。そんなマシュー様を苛立つでもなく待っていたレディグレイ様は、目を輝かせて、
「まぁ!あなたが北東のガザルク伯爵様の四女様であらせられるのね!噂はかねがね伝え聞いておりますわ!」
ささっ、こちらへ遠慮なくっ!と勢いに任せ、喜色に任せ、自ら席をお取りになってマシュー様をお招きくださった。
あちらの二人はいつもの事なのか呆れた雰囲気がダダ漏れで、マクスウェルと呼ばれた男は眉間に手を当てている。
こちらは先程の優雅な立ち居振る舞いからは想像できないほどの少女善とした振る舞いに度肝を抜かれ、招かれる儘にフラフラと席に着いていた。
「あ、従者の方も是非ご一緒にっ!今は生徒の一人ですよ?任務は有るでしょうが、ぜひお座り下さいっ!」
ハキハキと紡がれるレディグレイ様の言葉には一切の邪気はなく、聞いた物に「彼女が言うなら、まぁ、少しぐらいは良いか」と思わせる力ーーいや、安心感がある。着席した俺達の前に、いつ煎れたのか紅茶と茶菓子が差し出された。
「さ、どうぞどうぞっ。ジーンが入れてくれた紅茶と、マックスが焼いてくれた茶菓子は私の領の自慢ですのっ」
余程嬉しいのか、にこにこしながら茶を勧めるレディグレイ様。お人好しなのか純真無垢なのか。さりとて演技とは見えない。
マシュー様はその勢いに呑まれ、緊張した面持ちでカップに口をつけた。アルグレイ様の笑みが深くなる。
「あら?これは私達の領の茶葉?かしら・・・・・・?」
舌打ちしてマシュー様のカップを打ち払おうとした寸前、不思議そうなマシュー様の声で打ち払うのを止めた。止めたのは本当にギリギリで、カップに手の甲が触れている。
「あら?エリック、どうしたの?」
「・・・・・・勘違いを起こしたようです。すみません」
「あら、そう?敏感なのは良いことだけど、程々にね?」
気を害した風もなくそう言って俺の謝罪を何でもないことのように受け、もう一度紅茶に口を付ける。
それを驚愕の眼差しで見つめるのはアルグレイ様だ。今、この結果で考えるとアルグレイ様はマシュー様に驚いて欲しかったのかもしれない。
拙いことをしてしまった。どうにか、謝らなければ。どう許しを請えば許して貰えるだろうか。
数瞬の逡巡だったが、それだけでアルグレイ様の従者、マクスウェルが何事かをアルグレイ様に囁く。俺はそれをみれるはずもなく片膝を床に着けた。
「此度はーーー」
「あら?そうなの?ふえ!?エイドリック様!何を騎士礼なんかしていらっしゃるんですか!?やめて下さい!」
俺の謝罪はレディグレイ様の悲鳴にも似た声に遮られた。
「エイドリック様は主を守るために当たり前の事をしたのです!咎めるつもりは全くありません!それより、こちらの配慮が足りなかったのです。謝るべきはこちら。申し訳ございませんっ!」
そう言って九十度以上に腰を曲げて頭を下げるレディグレイ様。呆気にとられる俺。
「まぁ、ここはこれっきりと言うことでどうでしょうか」
呆然とレディグレイ様を見つめる俺と頭を下げたまま動かなくなるレディグレイ様。そこに助け船を出したのはマクスウェル様だった。
その声に我に返った俺は、早々に立ち上がってレディグレイ様の謝罪を受け入れる胸を伝え、改めて先程よりかは大分軽い謝罪を述べてレディグレイ様がそれを受け入れる。そうしてからようやっと席に戻った。
「ジーンのお茶煎れの腕を誉めて欲しくて」
笑みが深くなった理由だそうだ。そりゃあ、自慢の従者の煎れるお茶だ誉めて欲しくもなるだろう。それに、実際旨い。ガザルク領の茶葉がこんなに旨いとは知らなかったと思えるほどの旨さだった。
その旨を伝えると、ジーンは少し頬をゆるめ、レディグレイ様は自分の事のように手を叩いて大喜びしていた。
しばし歓談をしていると、分かってきた事もある。レディグレイ様は純真無垢、心清らかだ。その有り様は伝説に謳われる聖女様のよう。従えるマックスーーマクスウェルは思った通り平民の出だが幼い頃に騎士号を授けられ、騎士号を送ったレディグレイ様に剣を捧げている。ジーンは、いや、ジーン様はなんと子爵家の令嬢で、なぜかレディグレイ様にお仕えしているとのこと。しかも、今年の主席卒業生だったらしい。
それに返すように、こちらも自分は男爵の息子、ライツは男爵の娘でライツと俺は幼馴染みであることや騎士見習いとしてマシュー様にお仕えしていることを話した。
それにしてもレディグレイ様の人と成りは立派と言う他ない。聞き手に回れば適度な相槌と驚きの声でもって相手の口を滑らかにし、自分が語り手に回れば理路整然と、誰でもわかるように話を噛み砕いて言葉を唄う。それと小柄な体で精一杯表現されるものだから愛らしくて仕方がない。誰もが彼女と歓談した後には彼女の幸せを願ってしまうだろう。
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