勇者、終わる
「リーヒートーさーまー。いったい今までどこにいっていらしたんですか」
着いて早々、眉をつり上げたリテがそう言って出迎えてくれた。
まぁ、怒っていて当たり前か。何も言わずに出て行ったのだから。
「あら。あなたのお仲間、ご立腹みたい」
隣にいた魔法使いが僕のほうを見たので、僕は肩をすくめた。
「かっかっか。まぁ、良いではないか。こうして無事に帰ってきたのだから」
トウザブロウは笑っていた。彼は怒っていない様子だった。
「一応、謝っといたほうがいいんじゃない? 相当心配していたみたいだし。ねぇ、勇者様」
背中を叩かれたので、僕は渋々リテとトウザブロウに向かって謝る。
「す、すまなかったな」
「すまないと思うなら、今後こういうことはやめていただきたい。――ところでそちらのお嬢さんは?」
リテがつり上げていた眉をおろして、魔法使いのほうに視線を向けた。
「彼女の名はカマド。自称世界一の天才魔法使い」と僕は紹介する。
「あんたね。自称は余計よ。まあ天才って部分は褒めてあげなくもないけれど」
「自称が嫌なら、世界一だって証拠を見せてほしいな」
「今は見せられないわ」
「ほらやっぱり自称じゃん」
「うるさいわね」
カマドと僕が言いあっている横でトウザブロウは楽しそうに笑っていて、リテは何故か頭を抱えていた。僕は首を傾げた。
「リテ?」
何かをぶつぶつ呟いている。
「……いや、まさか……」
それから僕の視線に気づいたのか、リテはこちらを見て微かに口角を上げてみせた。
リテはこの魔法使いカマドについて何か知っているのだろうか。なんとなくそう思った。
「私は神官のリテ。こちらはトウザブロウと言います。もしよろしければ、あなたも私たちの旅にご同行願えますか」
リテは軽く自分とトウザブロウを紹介すると、カマドに向かって丁寧に頭を下げた。カマドは腰に手を当てながら言った。
「最初からそのつもりであたしはここに来たのだけれど」
「は?」
カマドの言葉に、僕は思わず声を上げた。
驚いたと同時に、だから一緒についてきたのか。と納得した。
「あんたたち勇者王子様御一行でしょう。この先の案内兼黒魔法使いの仲間が必要よね。それに……あんただってそのつもりでここに来た。違う?」
カマドに対して、頭を上げたリテは何も言い返せない様子だった。
いつになく真剣な表情で、リテはカマドを見ていた。
「あなたは、どこまで知っているのですか」
「どこまでも。知っているわよ。何せあたしは世界一の魔法使い。この先のことも全部知っているわ。それはあなたもでしょう。神官リテ。すべて知っていて勇者を魔王のところへ連れて行くのね」
カマドが敵を見つけたときのトウザブロウと同じような目つきでリテを見る。
「神のご意思ですから」
「ふざけているわ。そんなもの本当にいると思っているの」
「なんとでも言ってください。私はあくまでも神官の役割ですからね」
「可哀想な人だわ。正直気は乗らないけれど、進むしかないってことも知っているからね。一緒に行ってあげるわ」
僕には二人が何の話をしているのかわからなかった。
カマドが僕のほうを見る。
「あんたもこんなやつが神官で可哀想ね」
「そこは否定しない」
カマドの言葉にそう返すと、トウザブロウがいっそう大きな声で笑った。
***
かつて魔王の城と呼ばれた場所には、今は小さな村があるだけだった。城だったものは取り壊され、跡地として石碑が建っているだけだった。
「魔王! どこにいる!」
僕は叫びながら村に入っていった。
「私はここよ」と声が聞こえたような気がした。
「よく来たわね。いらっしゃい。何もない村だけど、ゆっくりしていって」
石碑の前に立っていた少女が、そう言った。
肩まで長い髪の毛。黒いドレス。どこぞのお姫様と見まがうほどの美しさだった。
「あの」
どこかで見たことがある気がした。
いや、それよりも今この少女は何と言った。
「魔王は……」
僕は当惑するしかなかった。
村には少女以外の誰もいない。それどころか、道中にいた魔物が村に入ったとたん一体もいないのは、どういうことだろう。
「何を言っているの。いるじゃない。目の前に」
「は?」
カマドの言葉に、僕は気の抜けた声を出す。
目の前の少女が、魔王?
拍子抜けだった。あれだけ意気込んでここまで来たのに。
魔王というからには、大きくて恐ろしい今までに見たこともない魔物だと思っていた。それがふたを開けてみたらこんなに貧弱な見た目をした少女だなんて――。
「今回の旅はどうだったかしら。少しは成長できた? ……なんて、こんなことをきくのはおかしな話ね。成長していなかったら何の意味もなくなってしまうもの」
「どういうこと?」
僕が首をかしげていると、魔王は驚いたような顔をして言った。
「あら。もしかして何も知らないの?」
僕は頷いた。
魔王がリテ。トウザブロウ。カマドの顔を順番に見ていく。
「まさか何も言っていないの? あなたたち。それとももしかして、記憶がない? 神託を受けたからここまで来ているはずよね」
「ええ。あたしは神託を受けているわ」とカマドが頷きながら言う。
「俺も受けたな。内容は忘れたが」とトウザブロウが顎に手を当てながら言う。
「私も受けましたが……。神託の内容はリヒト様には伝えていませんね」とリテが顔をしかめながら言う。
僕は驚いて目を丸くしていた。神託を受けたのが、僕だけではなかったようだ。
「何でみんな黙っていたんだよ。そんな大事なこと」
リテもトウザブロウもカマドも僕と目をあわせてくれなかった。代わりに魔王がほほ笑んだ。
「そう。なら私の口から言うわ。私たちはみんな、転生を繰り返しているのよ。もちろん。勇者のあなたも含めてね」
僕は魔王の言ったことに驚きもしなかった。
転生を繰り返している? 彼女は一体何を言っているのだ。そんなものは当たり前である。僕たち人間はみんな何かの生まれ変わりであると、幼いころから神官に教わってきた。何を今さら言っているんだ。
困惑した表情をしていると、魔王は続ける。
「でもただの転生じゃない。ここにいる私たちはみんな、ひとつの魂が同じ役割を持って繰り返し転生しているのよ」
「役割?」
魔王の言葉に僕は首をかしげる。
「始まりは――。こことは別の世界の二人の男女からだったわ。彼らは一緒に死んでこの世界に転生した。魔王と、勇者として。生前二人は恋人同士だった。でも二人にその記憶はあったから、困ったことになってね。勇者は魔王にとどめを刺せなかった」
僕はその話を疑問に思う。
「ちょっと待ってよ。僕の知っている勇者伝説だと、勇者は魔王を打倒したって……」
何かがおかしい。僕の知っている物語と違う。
「あら。そうなの。それは捏造ね。都合が悪いから改変されたのね。誰かさんによって」
そう言いながら、魔王はリテの顔を一瞥する。
リテは顔をそむけた。何かやましいことがあるかのようだった。
「もう終わりにしたかったんです。こんなこと。勇者には今度こそ、魔王を倒してもらわないと困るんです。なので、リヒト様には嘘を教えてきました。それは、認めます。でもあなただってもうこんなこと何百回も続けたくないでしょう。こんな馬鹿げたこと」
リテは吐き捨てるように言った。魔王はもう一度リテを見ると顔をしかめる。
「馬鹿げたこと? あなたそんなふうに思っていたの」
「そうですよ。そもそも勇者のパーティーになんか入るんじゃなかったと心の底から思っています。あのとき勇者が魔王にとどめを刺していればこんなことにはならなかったのに」
「リテ。落ち着きなさい」
カマドが興奮したリテをなだめる。
「あのとき魔王にとどめを刺せなかったのは、俺らも同じだろう」
それまで黙って見ていたトウザブロウが口を開いた。
「のう。勇者よ。今の話を聞いて、お主は魔王を殺せるか。今のお主は、どうやら生前の記憶がない様子。殺せるか?」
みんなの視線が、僕のほうへ向けられていた。
僕はたじろいでいた。確かに僕には生前の記憶がまったくない。神託を受けても思い出さなかったくらいだ。今後も思い出す可能性は低いだろう。
「僕は――。勇者になんてなりたくなかった。王子として生きたかった」
僕は剣を鞘から抜く。
魔王にはなんの思い入れもない。むしろ迷惑な存在だと思う。
「そう。なら終わりにしましょう」
魔王が呟く。彼女は何も抵抗しなかった。彼女は祈るように両手を合わせ、僕の前にひざまずいた。彼女自身も、転生を終わらせたいと願っているのだろうか。それはわからない。でも今僕が彼女に剣を振り下ろせばすべてが終わるような、そんな気がしていた。
僕の剣を持つ手が震えていた。緊張しているのだろうか。いいや、違う。剣を構えた瞬間、僕はすべて思い出していたのだ。僕はこうして何百回も彼女を殺そうとして、失敗している。それを思い出したら自然と生前の、彼女に対する感情が僕の心を布のように覆っていった。
――好きだ。彼女のことがどうしようもなく、好きだ。
僕の目から涙が頬を伝って流れていく。
「リヒト様。何をしているのです。殺してください。早く!」
僕が魔王を殺すのに躊躇していると、後ろからリテが叫ぶ。
「やっぱりダメなのね。今回も」と魔王は言って、息を吐いた。
「ごめん」
僕は魔王に向けて謝る。それから剣を投げるように捨てて、魔王に抱きついた。
「僕にはできないよ」
僕はそう言いながら、魔王を抱きしめる両手に力を入れる。
「リヒト」
魔王は僕の名を呼び、そして抱きしめ返してくれる。
今まで通りなら、この後は神の使いやらが現れてまた転生させられるはずだ。そして案の定、神の使いはどこからともなく現れる。
『二百九十九回目の転生は失敗に終わりました。三百回目の転生を開始してください』
それは機械音ともとれる無機質な声だった。
「私はもう転生しない!」とリテが叫ぶ。
『それはできません』
神の使いがリテのほうに顔を向ける。
「なぜですか。私たちは一体いつまで転生し続けなければならないのです」
『勇者が魔王を倒すまでです』
「それなら二人がいれば十分だろう。なぜ私たちまで巻き込んだのです」
『その質問には以前、答えました。勇者には一緒に旅をする仲間が必要なのです』
「それならば、代わりの仲間を探せばいいのではないですか」
『それはできません。あなた方ではないと意味がないので』
「だからその理由は――」
『時間です。転生を開始します』
神の使いはリテの言葉を遮った。
僕たちは光に包まれる。僕は意識を失うまでずっと魔王の身体を抱きしめていた。次の転生でも最後にはきっと彼女を殺せない。殺したくない。僕はそう思いながら薄れていく意識の中、神の使いの笑った顔を見たような気がした。
勇者は魔王を殺せない 黒宮涼 @kr_andante
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