第11話
「ふう」
添え木の代わりに小屋にあった段ボールを丸めて男の足を固定し―男は放っておけばすぐ治るからいらないと言い続けていたが―一連の処置を終えた少女は、男の隣に勢い良く座った。結局凍傷をどう扱うべきか、少女には分からなかった。
「いやお見逸れした、うちの衛生兵より断然手際良いぞ」
分秒ストーブを見つめた後、少女は、口を開いた。
「あたしね、医者目指してたの」
「へえ」
「親が厳しくてね、実際の怪我人も何度か診させられたの」
「そりゃ大変だな」
「別段家族仲が悪い訳じゃなかったんだけど。それでね、ずっとずっと思ってたんだ。きっと将来私は立派な医者になって。そしたら価値のある人になれるんだろうなって」
「ふむ」
「だけどね、疎開先で虐められて、気付いちゃったんだ。立派な医者になったところで、多分あたしに価値なんかつかない。生きてて辛いのは変わらないんだろうなって」
「そうかな」
「だったら死んじゃおっかなー!って」
少女は不釣り合いに明るい声色で言い、続ける。
「死にたいなんて言っても、誰も相手にしてくれなかったんだ。皆、口には出さなかったけど、どこか知らないとこで勝手に死ねって言ってたよ。だから、見てるとこで死ねなんて言ってくれたのはおじさんが初めてなの。ありがとう、おじさん」
「なに、見ていないところで勝手に死なれるのは飽き飽きしてただけだ。悪かったな、お前は命を粗末になんてしてなかった」
それに、と男は続ける。
「死体の俺が人の命に口出しなんておこがましかった」
そんなことはない。心に浮かんだその言葉を、少女は口にはしなかった。何の痛みも知らない他人から言われるそれの、空虚さを知ってしまっていたから。だから少女はその代わりに尋ねる。
「何でおじさんはゾンビになったの?」
「言ったろ、面白くも珍しくもない話だと」
男はそう前置きして話し出す。ぽつり、ぽつり。
「俺の部隊は遊撃部隊、要はゲリラ戦が役割だった。あの日も敵の軍事基地に奇襲をかけた。つもりだったんが、いざ攻め込んでみればそこにいたのはゾンビ化兵器を持った兵士が数人だけだった。誘い込まれた、そう思ったときには全滅さ。何故俺に自我が残ったのか、それは分からない。訳も分からぬまま、死体に紛れて無様に逃げ帰って今に至る。それだけだ」
男は溜息をつき、呟きを付け加えた。
「お互い、辛かったなあ」
それから2人は、互いのことを話した。男が体験した戦争は少女が想像し得ない苛烈さだったし、少女の受けた虐めの残虐さは戦場帰りの男を震え上がらせるに足るものだった。もしかしたらそれは2人が2人とも、ただ独り言を言い合っただけに過ぎないのかもしれない。互いに、互いの言葉を理解しきれていたとも、受け止めきれていたとも言い難い。が、2人にとってはそれで良かった。
激しさを再び取り戻した吹雪に見守られながら、2人は一夜を明かした。
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