第10話

男の沈思を背負った少女は、少しずつ少しずつ小屋へと歩を進める。付けっぱなしで待っていたストーブの元に辿り着き、男を何とか段の上に寝かせたときには、少女の息はすっかり上がっていた。


「俺のリュックに水が入っている、飲んでいいぞ」

腹に穴の開いた男は、務めて平静を保った声で言う。

「ごめんね、あたしが引き留めていれば」

「何故お前が謝る。勝手に外に出たのは俺だぞ」

「おじさん、クマがこの小屋に寄り付かないように離れていてくれたんでしょ。あたしが引き留めていれば良かったのに」

「いや、俺が甘かっただけだよ」

男の温かい声に、少女は咽び、それを誤魔化すように立ち上がった。

「手当必要かな」

自分の言葉の馬鹿らしさに気付きながら、少女はそれを口にする。腹が開き足が折れた男にかける言葉では無いことを少女も気付いていたが、他の言葉は見つからなかった。棚にあった救急箱を見つけ抱えてきた少女に、男は笑顔を作って言う。

「大丈夫、大丈夫だよ。ゾンビは頭が取れない限り死なないし再生する。こんな怪我でも痛みも無い。気になるなら唾でもつけといてくれ」

「うん、でも、これをほっとくのも変だよ」

少女が男の腹に巻いた包帯はすぐに血に染まった。

「ズボン捲るね」

そのまま折れた部位を見ようと男の足を見た少女は、言葉を失った。男の足は不自然な紫色に変色し、異様に浮腫んでいた。凍傷である。思えば、少女に着込んでいた服を渡していた彼は激しい雪風に対してあまりに軽装であり、極寒の雪中に耐え得る装備ではあり得なかった。

「おじさん、この足…!」

言葉を失う少女に、男はあっけらかんと言う。

「ああ、ごめんな、気持ち悪いだろ?大丈夫、この前試しに半袖短パンで雪山に行ったときの方が酷かった。やっぱりそれも痛くも痒くもないしその内治る」

「だからって」

「ほら、凍傷って要は皮膚が腐るようなもんだろ、ならゾンビの俺には関係ないね」

冗談めかして笑う男に、少女は声を荒げる。

「違うよ!血が行かなくなって凍っちゃったのが凍傷だよ、ああどうしようお湯で温めるのがいいんだけど、この場合どうしてもまた冷えちゃうから余計悪くなっちゃうかな、とにかく骨折の方が先?添えられるもの…木とかないよね、どうしよう」

慌てふためく少女に、男は笑う。

「ははは、詳しいんだな嬢ちゃんは」

「何笑ってるの」

「いやそんな顔するな、こんなのを心配してくれるのが嬉しくてな」


まるでコメディでも観ているかのように笑う男に、少女はふと思う。目の前に横たわる男は、自分と同じ、いや、ある意味で真逆なのではないかと。あたしに対して本当にお節介なこの男は、自分に対してはすごぶる無頓着だ。だから、自分が生きながら食われていようと、冷静にあたしの心配をしてくる。質が悪い。



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