第8話

 問答の間にも、雪は勢いを増し続ける。視界を覆いつくさんとするその白に、少女はやむなく折れた。


「分かったよ、小屋までね」

 そこから十数分歩いて辿り着いたその小屋はプレハブのような質素な造りで、とうに吹雪と呼ぶに相応しい強さに達していた天候に対して、あまりに弱々しく見えた。中に入ると、木造が風に軋む音に合わせ、電球の明かりが頼りなく揺れる。埃を被った机を挟んで壁際に段があり、横になれる程のスペースとなっていた。一部屋しかなくお世辞にも広いとは言えない場所ではあったが、存在を拒むような雪に苛まれてきた2人にとっては温もりすら感じられた。男は部屋の隅に収納してあった大型の石油ストーブを引っ張ってくる。


「この小屋は他の季節なら管理人がいるんだが、冬は無人なんだ。石油が残っていたのは幸運だった」

 そう言いながら男は収納ボックスから灯油缶を取り出し、ストーブを給油する。ボッと小気味良い音を立て、古風な暖房器具は火を灯した。

「トイレはそこから出て左側だ。一度外に出なきゃいけないのが手間だがな」

 荷物を下ろし段に座る少女は、男に目を向けない。

「シュラフは押入れに入っている、寝るときには使え」

 濡れた服を脱ごうともせずせわしなく動く男に対し、やはり少女は俯き応じない。男はそんな少女を一瞥し、言う。

「さて、俺は少し外に出ている。小屋からは離れないから用があれば呼べ」

「はぁ!?」

 小屋は未だ激しい雪風に軋んでいる。思わず目を剥く少女。

「何言ってるの、死にたいの!?」

「いんや。言わなかったか、ゾンビは寒さを感じない。ついでに寝ない」

「だからって」

 動転する少女を手で制し、男は続ける。

「それにお前、腐乱死体と一夜を過ごしたくは無いだろう?」

 腐乱死体、と言うのが男自身のことであると気付くのに一瞬かかった。だが確かに男の身体からは既に悪臭が漂っている。暖房の効いた狭い部屋で一晩中一緒に居たい相手では無いとは言える、かもしれない―そう少女が思う間に、男は小屋の外に出て行ってしまった。



 小屋の軋む音と、男が回していった換気扇が動く音、そしてストーブの稼働音。それらと共に部屋に残された少女は、思考を巡らせる。ここから抜け出して、外の吹雪に身を投じれば、楽に死ねるのだろうか。歩き続けた少女の足は痛み、考える気力も薄れてきていた。再び外に出るのは億劫だ。それに、外に出たらあのおじさんと顔を合わすかもしれない。もし出くわさなかったとしても、帰ってきたおじさんに、抜け出したことがバレたら、それは少し気まずい。そこまで考えて少女は苦笑した。これから死ぬというのに気まずさを気にしている自分に。しかしその思考が誤りとは思わない。もし死後どう思われるか気にしていなかったら、こんな所まで来てはいないのだから。それなら、と少女はストーブに目をくれる。一酸化炭素中毒はどうだろう。換気扇を止めて、部屋を閉め切って、すごく空気を悪くして。眠るように死のう。そうだ、そうしよう。




 どうやら考える内に図らずも眠ってしまっていたらしい。目覚めた少女は、数秒見慣れぬ部屋に戸惑うも、すぐに山小屋にいたことを思い出す。時計を見ると、眠っていたのは半刻程。疲労困憊だった筈だが、そのつもり無く変な体制で寝ていた為、朝までとはいかなかったらしい。すきま風が寒い。おじさんの言っていたシュラフを出そう。そう言えばおじさんの姿は未だ見えない。まだ外にいるのだろうか。トイレに行きつつ、様子を見に行こう。そうしよう。少女はまとまらぬ頭でそう結論付け、のそりと上着を羽織った。

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