第5話

 食器を片付ける男の背に、少女は言う。


「ゾンビが喋れるなんて知らなかったよ」

「俺は多分特別なんだ」

「特別?」

「と、言っても他の奴らのことは分からんがな。もしかしたらあいつらもその気になれば喋るのかもしれん」


 食器をバックパックにしまい、向き直った彼は言う。

「俺は戦場でゾンビ化兵器を食らった。別に面白くも珍しくもない話さ。何故自我があり喋れるのか俺にも分からん。何故人を襲わずに済んでいるのかもな。他に喋れる奴には会ったことも見たことも無い。だから他のゾンビにあっても挨拶なんてしようとせずにさっさと逃げろよ」

 男は少し言葉を切り、続ける。

「つまるところ俺にも分からないんだ。だから、次の瞬間身体をゾンビウイルスに支配され、豹変してお前を襲うかもしれん。何が言いたいかと言えば、その、つまり。逃げるなら今のうちだぞ?」

 真面目腐った顔で、歯切れ悪くそう告げる彼に、少女は苦笑する。

「さっきも言ったでしょ、咬んでいいよって」

 少女は唾を飲み込み、続ける。

「あたしね、旧都から田舎に疎開したんだ。それで、まあ、馴染めなくて虐められて。これも面白くも珍しくもない話だよね?で、死にたくなったから死のうと思ったんだけど」

 歪に笑顔を作る少女に、男は沈黙で返した。

「それでね、でも、皆に分かりやすく自殺したら、負けたみたいで嫌でしょ?育ててくれた家族にも申し訳ないし。だから、死亡率の高い山を調べて。登ってる途中で、良い感じに死ねないかなって」


 少女は先よりは些か整った笑顔を作り直し、続ける。

「だから、おじさんに咬まれてゾンビになるなら、あたしは思い通りなの」

 そうか、と男は軽くため息をつく。


「1つ教えてといてやるとだな、今の俺に咬まれてもゾンビにはならんぞ」

「え?」

「ゾンビウイルスは対象の血液に30分で馴染み、対象を宿主と認める。そのあとに感染力は無い」

「え、アタシ結構色んな本読んだけど、どこにも書いてなかったよ?」

「ああ、一部の軍人、専門家しか知らんことだ」


 男は、それが政府による情報統制であると知っていた。如何に人外に成り果てたとは言え、先刻まで笑い合っていた、人であったモノの息の根を断つのは、そう簡単なことでは無い。ましてや、ゾンビと成り果てたそれに人格があるかどうかなど、当人にしか知り得ないとなれば。かの国がゾンビ化兵器の使用に踏み切った目的もまさしくそこにあった。すなわち、ゾンビ化した仲間を護送、保護する為に人員を割かせること。それに対して本国の政府は、ゾンビとなった仲間への過剰な保護を防ぐ為に、ゾンビウイルスの感染力を誇張したのである。


「さてと」

 男は立ち上がり言う。


「嬢ちゃんの装備を見せてくれ。ここから傾斜も厳しくなるからな、足りないものは貸そう」

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