第2話

 ゾンビ。大挙して街を闊歩し人を襲う、動く死体。彼らの存在は先の戦争で、現実の物となっていた。長過ぎた戦争に業を煮やしたかの国の生物兵器。特異なウイルスによって殺された人たちは、文字通りその身が腐り果てても街を徘徊し、その友や家族に容赦無く牙を向けた。死を恐れるなかれと教えられ、他を殺すことを余儀なくされた兵たちは、しかし仲間を襲う屍となり果てることも、かつて仲間であった死人に手をかけることも、嫌悪しそして狼狽した。結果戦線は崩れ、本国は降伏したのである。



 さて、そのゾンビであると断じられた男は、両眉を上げ、驚いた様子で一歩後ろへ下がる。そんな男に少女は詰め寄り、そのサングラスを見据えて、言う。


「いいよ、咬んでも」


 一時の沈黙の末、男は口を開いた。


「待て待て。何故そう思ったかは知らんが、俺は人間だぞ?」


 失礼な奴だな、と男は鼻で笑う。ゾンビは通常、話すことができない。口から空気が漏れることで声帯が震え、呻き声のようなものを出すことはあるが、そこに何の意味も無い、というのが通説である。つまり、男は話すことで自身がゾンビでは無い証左を示したつもりであったが、少女はなおも食い下がる。


「いやいやいや、絶対ゾンビでしょ」


 男はそれを無視し、少女の脇を通り過ぎようとした。しかし、少女の次の一言に、思わず足を止めてしまうこととなる。



「だって臭いもん」

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