第56話 スタジオハウス

「梨沙ちゃーん、あなたの所、この頃すごい事やってるみたいじゃなーい?」


 社内でそう声をかけられた梨沙が振り向くと『ガルーダ』編集長の新見が、にこやかに立っていた。


「あら、新見さん。ふふふっ、なんです? すごい事って?」


 この人、何を知っているって言うのかしら? と思いながら、梨沙は平然とした風で聞き返した。


「知ってるのよ、ふたつ目のヒルズの屋敷を押さえたって言うじゃない」


 新見は口調も軽く笑顔なのだが、目元は笑っていなかった。これは誤魔化せないと思い、梨沙は言った。


「新見さんのお話し、長くなりそうね。場所を移した方が良さそうだわ」


 新見に連れて行かれたカフェで、梨沙は圧倒されて店内を見回した。広い店内には、まるで民族博物館のように世界各地の民族工芸品などが展示されているのだった。


「なんです? ここは、博物館?」


「いいえ、カフェよ。オーナーの趣味で、個人のコレクションを展示してるの」


 笑顔を浮かべながら、新美はそう説明した。ゆっくりと展示コーナーをひと巡りしてから、カフェコーナーへと梨沙を案内して行く。


 アフリカのカラフルな布、何に使うのか分からない中東の古い道具、キラキラした東南アジアの仏像、これが個人のコレクションとは思えない品揃えだった。


「すっごいコレクションでしょう? 季節ごとに展示品を替えてるから、いつ来ても新しい発見がいっぱいよー。


 ボクね、ここに来るとリラックス出来るし、インスピレーションがボッコボコ湧くの。梨沙ちゃんはどうかしら?」


「ええ? そぉねぇ?」


 梨沙は言葉を濁した。


 新見が編集長をつとめる『ガルーダ』はカラーページの多い美術と工芸品の月刊誌なのだが、美術としての解説よりも、土着の伝承から始まり奇想天外な物語に発展して行く事が多いのだった。


「単刀直入に行こうか、『るるノベル』って、一体何をしようとしてるの?」


 注文した飲み物が出され、奥の席に座ると、新美は顔全体から笑顔を消して、そう言った。


「うちの『ガルーダ』がどんな事を書いてる本か知ってるでしょう? 梨沙ちゃんたちがやろうとしてる事に、協力出来ると思うから、こうやって声をかけてるわけよ」


「アハハ、」


 渇いた声で梨沙は笑い、誤魔化すよりも仲間に引き込む方がいいかと心を決めた。


「教えるのはいいのだけれど。


 すっかり表に出していいって分かるまで、秘密を守ってもらわないと困るわ」


 梨沙の言葉を聞くと、恐ろしい程の無表情だった新見の顔が、一瞬に満面の笑みに変わり、本気でよろこんでいた。


「もっちろーん。で? で? いつ? どこに行ったらいいのー?」


 高い天井。


 大きな窓。


 ゆったりした空間。


「ほーっ」


 スタジオハウスに入ると新見はゆっくりと内部を見て回った。


「これがヒルズの屋敷ですかーっ」


 リビング、ダイニング、キッチン、バー。


「立派ですが、期待したほど内装は豪華ではないのですなーっ」


「ええ、ここはスタジオハウスとして準備したので、インテリアやカーテン、ファブリックのカバーリングなどでアレンジが効くようにシンプルにしてあるのよ」


「なーるほどー、撮影には色々と使われたんでしょーねー?」


「コマーシャルや広告、テレビや雑誌の対談、ドラマや映画にも使われたし、バラエティー番組のレギュラーもあるし、あとネット動画のタレントも利用してるそうよ」


 リビングには不似合いな簡易ベッドも置かれていた。


「これはー?」


「その階段を上がるとロフトがあって、ベッドルームなんだけど、実験のためにここに寝泊まりしていただく方が、目の障害をお持ちなので、階段を上がらないで済むように、一階にベッドも用意したのよ」


 壁沿いの階段を上がるとロフトがあった。そして踊り場の壁には目立たないように作られたドアがあった。梨沙がカードキーを取り出してドアを開け、入って行く。


「おおっ、これはっ!!」


 梨沙に続いて中に入った新美は驚いて声をあげた。


 そこはまっすぐに続く広い通路なのだが、さっきまで新美がいた一階の室内に面する部分は全てマジックミラーになっているのだった。リビングもダイニングもバーもキッチンも、全てが一望出来た。


 その通路の中ほど、一階のリビングに置かれた簡易ベッドがよく見える位置には、事務用の長机と椅子がいくつか置かれていた。山瀬と明海が楽しそうに梨沙たちを待っていた。


「編集長~、いらっしゃ~い~。すっかり準備できてますよ~。今、タカオくんがうえサマを迎えに行ってます~」


「すごいね!! ここ、秘密基地みたいだよ!!」


 山瀬のテンションの高さは、実験が出来るからなのか、それとも研究所の建物から離れたためかと、梨沙はこっそりと考えていた。

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