第57話 実験のはじまり
「『るるノベル研究所』の明海さん、こちら『ガルーダ』の新見編集長よ」
梨沙は二人を簡単に紹介し、明海はペコリと頭を下げた。
「彼女はね、これから実験でおびき出す怪物の目撃者なのよ」
梨沙がサラリと言うので新見はギョッとした。
「えー? 何? 何? 怪物ってー?」
「あら? 言わなかったかしら?」
梨沙はにこやかに言った。怪物の事はまだ何も分かっていないし、ここで実験をしたって現れないかも知れない。
そして、この怪物こそ知らないが、世界中の民俗学などに詳しい新見の知識は役立ちそうだが、イニシアチブは梨沙が取り続けたい。
それで梨沙は、ハッタリだとしても少しでも新見を動揺をさせようとしているのだった。
「明海クンと言ったね? 怪物を見たんだね? どんな怪物なんだね?」
新見は興奮した様子で、明海に次々に質問を投げつけていた。
「え~、どんなって~、気持ちの悪い怪物でしたよ~。こ~んなに、大きくって~、ぬるぬるしてそうって言うか~」
明海は、いつもの調子で要領なしに答えるだけだったのだが、ポケットから手帳を取り出した新見は「フムフム」と言いながら、真剣にメモを取り、質問を続けていた。
「あっ、誰か来た」
マジックミラーの前に立ち、一階の様子を見ていた山瀬がそう言うので、長机の前に座り話しを続けていた明海と新見も一階に目を向けた。
玄関の方に白い杖を振りながら歩く
「あの、杖の人はー?」
新見は上サマのことを尋ねた。タカオの事は社員だと見知っていたのだった。
「『るるノベル研究所』の上サマですよ」
もったいぶったように明海が説明した。
「なぜ、白い杖をー?」
「ぼや~っとしか見えないんですって~」
「目が見えないのですか?」
「いえ~、ぼや~っと見えるそうなんですよ~」
『るるグラス』に関する実験と思っているので、新見は上サマの視力の事が気になるのだった。
「見えるんですか? 見えないんですか?」
「杖がないと歩けないくらい、ピントが合わずにボケて見えてるそうです。
実際に、どう見えているのかは、想像するしかないですが」
二人のやり取りを見かねて、山瀬が上サマの視力について説明をした。
「ほうー、そういう方でも『るるグラス』を使えると? そりゃー、スゴい」
そう言って新見が感心するので、山瀬は目を輝かせた。
「新見編集長! そうなんですよ! 少しでも光を感じられる視力なら、『るるグラス』が使えるんですよ!
上サマは、目が悪くなってからは、テレビも映画も楽しめなかったけれど、『るるグラス』でなら、昔見たまま、目が悪くなる前のように見られるって、よろこんでいるんですよ!
『るるグラス』はねぇ、すっごい可能性を秘めている、画期的な発明なんですよ!」
一方的に話す山瀬に、新見は押され気味だった。
「あ、あ、山瀬クン? ちょっと落ち着いてねー、順を追って話してくれるかなー?」
白い杖をついた上サマに、一階の案内を終えたタカオが、階段を上がって来ていたので、梨沙が中からロックを解除してドアを開け、タカオをマジックミラーのある通路に入れた。
一階に一人残された上サマは、簡易ベッドの近くに置かれたソファーに座ってくつろいでいた。
しかし、素敵なインテリアも見晴らしのいい窓も、目のよく見えない上サマの気晴らしにはならなかった。
やがて上サマは、自分のカバンから『るるグラス』を取り出して、手馴れた様子で操作して何かを見始めるのだった。
「ほぉーっ、本当に『るるグラス』を使ってますなー」
山瀬の一方的な話しを聞きながら、二階に上がって来たタカオや、一階の上サマの様子を気にして、交互に見ていた新見が言った。
それで山瀬は我に返ってタカオを見って言った。
「ご苦労さま、センサーは?」
この実験はコウメイの怪物センサーの試験でもあるので、山瀬はタカオに確認した。
「はい、上サマの簡易ベッドの横の、サイドテーブルに置いて来ました」
サイドテーブルに白いドーナツのようなセンサーが置かれているのが見える。
「『るるノベル研究所』は?」
「はい、全ての『るるグラス』を回収して、点検だと説明しました。
『るるノベル』のサイトもリニューアル中だと表示して閲覧出来ないようにしてあります。
レビューが書けなければ誰も『るるノベル』を見たいと考えないでしょう。
彼らの成果は全てレビューで評価していますので」
山瀬が尋ねるのに対して、この実験のために決めた手順を確認しながら、タカオが答えた。
「『るるノベル研究所』の所員たちは普段通りオフィスにいますが、二階の人々は点検とサイトリニューアルが終わるまで、自由に過ごしてもらうように説明しました。
こちらの都合での点検とリニューアルなので『特別手当をお支払いしての休暇と思ってください』と伝えたので不満は持たれないと思います」
「プラン通りに実行できているようね」
タカオの説明を聞いて梨沙は言った。
「『るるノベル研究所』では誰も『るるノベル』を見ないなら~、こっちで『るるノベル』を見る上サマの所に来るんじゃないかな~? って、プランなんですけど~」
「実に、なんと言うか、フンワリしたプランですなー」
明海が言うのを受けて新見はそう言ったが、そこには特に茶化すような響きはなかった。
マジックミラーの向うから見守られる中で、上サマは続けていくつかの『るるノベル』を見ていた。
そして、簡易ベッドの横のサイドテーブルに置かれた、白いドーナツのような怪物センサーは、いつしかウッスラと青白い光を帯びているのだった。
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