第55話 実験したい

「出口クンの『るるグラス』を怪物が触ったと聞いて、すぐに、その『るるグラス』をコウメイさんに送ったのよね。ダメでモトモトだから」


 梨沙が言うのを聞く明海は無言だった。出口の病室でその時の様子を聞いた時をマザマザと思い出しているのだ。吐き気をもよおすくらい気持ちが悪くなっていた。


 しかし、怪物の触手の感触が出口の言う通りだったなら、コウメイに送られた出口の『るるグラス』には、怪物の痕跡がベッチャリと付いていた事だろうと思った。


「コウメイさんに説明するのはタイヘンだったけれど、怪物が来たら感知する何かの仕掛けを作ってと、お願いしたのよ」


「センサーで感知したとして~、それで? って思いますけど~」


 アレが近づいているとあらかじめ分かったって、不気味さが減るわけじゃないと、明海が梨沙に突っ込んだが、梨沙は明るくサラりと答えるだけだった。


「あはは~、コウメイさんにも、そう言われたわよー。でも、何もしないよりマシじゃなーい」


「送った『るるグラス』には、地球に無いはずの物質が付着していたと、ここに書いてあるね。


 その物質に反応するように作ったとだけ書いてある。作りはしたけど、それで怪物に反応するのかテストは出来ていないと」


 タカオから受け取った、怪物センサーの仕様書を読みながら山瀬が言った。山瀬は、コウメイの発明品を前にすると調子が上がるようだった。


「コウメイさんの所に怪物がいるわけじゃないですから、仕方がありませんね」


「ふぅむ、何かの方法で怪物が現れるようにして、センサーが怪物に反応するか試してみるしかないね」


「真偽は分かりませんが、ヘビーユーザーが『るるグラス』の使用を中断した時、と言うのが、明海先輩と出口さん共通の条件です」


「本当だってば~」


 山瀬とタカオが嬉しそうに話し合うのに、明海が口を挟んだ。


「それを前提に、ここに人を集めて集中的に『るるグラス』を使うように仕向けて、ヘビーユーザーな状態を作っている訳ですよね」


 タカオは穏やかに明海に説明した。


「それで、今度は『るるグラス』を使わない状態にして、怪物が出てくるかの試験をするわけだが」


「二階の人たちに怪物の事を知られるのはマズイですよね」


「そうだな。でも、何とかして確かめたいよな。ツールまで準備出来てるって言うのに、試せないのはストレス感じるよ」


「そ~んな興味本位で実験なんかしたら、絶対パニックになって、すっごい大騒ぎになっちゃいますよ~!」


 明海は、山瀬やタカオの自分の感情とは温度差のあるやり取りにイライラして言った。山瀬は何が良くないのか分からない様子だった。すかさず反応したのは梨沙だった。


「パニックも大騒ぎも困るわ。研究所も『るるグラス』も、騒がれたらダメよ。


 ねーぇ? 怪物が現れても、気が付かない、騒がない、そんな都合のいい人はいないかしらー?」


「梨沙ネエ、何言ってるの」


「いくら何でも、そんな条件の人は探せないですよ」


 山瀬は梨沙と親戚という気安さから心底呆れたという様子で言い、タカオもそれに同意した。


「夢みたいなこと言ってるより、何とか実験やっちゃう方法を考えようよ」


 新しい展開に興味津々の山瀬は、何としても新しい道具を使いたくてしょうがないのだった。


うえサマ~」


 実験をしたい一心で山瀬が色々と言い連ねる中で、明海がポソリと呟いた。


「え? 何?」


 梨沙はそれを聞き逃さなかった。


「上サマなら、たぶん適任です~。オットリとした~、お育ちの良さそうなオジサマで~、二階の人の中でも人望がある感じで~」


「育ちが良くても、人望があっても、怪物と出会ったら驚くでしょう?」


 明海が言うのを聞いて、すかさず梨沙はそう言った。タカオは事務机の鍵のかかった引き出しを開けて、ノートパソコンを取り出して来た。


「上サマは視力に問題があるんです~。ほとんど見えてないそうです~」


「目が見えなかったら、『るるグラス』も使えないんじゃないの?」


 要領の悪い明海の説明に、梨沙は次々と疑問を投げつける。


「それが~、『るるグラス』は良く見えるからって、すっごくよろこんで使ってるんですよ~」


「強度近視とか弱視のようですね。最初に書いてもらう書類にそう取れる内容があります」


 タカオが取り出して来たノートパソコンには、研究所の資料が入っているのだった。


「ええっ? どう言う事?」


「光は入るけれどピントが合わせられないのでしょう。全てボンヤリとしか見えないのだと思います。


『るるグラス』は、網膜にまっすぐにデータを写させて脳に刺激を伝達する仕組みらしいので、ピントが合わせられない人でも見えるって事でしょう」


 コウメイが説明する通りなので、実際どうなのかはよく分からない事だったが、知っている通りにタカオは言った。


「へぇ、それが事実なら、医療や福祉や教育の分野でも需要が望めるって事だねぇ」


 怪物の問題とは別に、新たな野望が山瀬を燃え立たせていた。

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