第54話 怪物センサー

「山瀬クン? この頃なんだか無口じゃない?」


 何となく静まった雰囲気に気がついて梨沙が言った。


「そう言えば、今日は一言も発していませんね~」


「いいえ、今日だけじゃなく、ずーっとよ」


 明海が言うのに梨沙は応えた。山瀬はせわしなく目を泳がせるようにしながら、返す言葉がないように見えた。


「ちょっとー、せっかく『るるノベル』室から『るるノベル研究所』に拡張したのに、どうしてそんなに落ち着きのない様子なの!? あなたこの研究所の所長なのよ!?」


 そう畳み掛けるように言ってしまってから梨沙は、自分が速る気持ちに流されているのに気がついた。テーブルの上で冷めている飲み物で喉を湿すと、穏やかな口調で山瀬に言った。


「ひょっとして、山瀬クン? 今でもこの家が怖いの?」


 梨沙が言うのと同時にAIスピーカーからメロディが流れ、宅配ボックスに荷物が届いたと知らせ、長椅子で眠っている出口以外は皆、何が届いたのだろうと思いAIスピーカーの方を見た。


 もちろんAIスピーカーはそれ以上の事を教えてくれなかった。


「あ、僕が行きます」


 と、タカオが立ち上がり玄関から出て行った。これで梨沙が言いかけた事はなかった事になると山瀬は安堵したのだが、明海が明るくほじり返した。


「え~!? 所長はこの研究所が怖いんですか~!?」


「え? いや、そんな事は」


 タカオが席を外して、明海と梨沙だけになり、山瀬は少し緊張が解けたように見えた。


「何があったって言うんですか~?」


「山瀬クン、子供の頃に神隠しにあったのよ」


 追求する明海に答えない山瀬に代わって、梨沙が言った。


「り、梨沙ネエ!?」


「ええ~? 神隠しですって~?」


「そうなのよ、山瀬クンが中学生の時だったかしら? 小学生の頃だった? とにかくそのくらいの頃にね」


 梨沙が言うのを明海は「うん、うん、それで?」とうなずきながら聞いていた。


「宅配、コウメイさんからです!」


 話しが盛り上がりかけているところに、タカオが、外の門に取り付けられている宅配ボックスから取り出して来た、小さなダンボール箱を持って戻って来た。


 コウメイの名を聞いて、梨沙も山瀬もパッと明るく表情が変わった。自称火星移住者のコウメイは、『るるグラス』を実際に作った開発者だ。


 コウメイの名前が出たので、今度こそ山瀬の話題は消し飛んでしまった。


 コウメイが本当に火星に住んでいるのかどうかは、よく分からないのだが、地球にいながらLINEで普通に連絡する事ができて、色々な便利な発明品を売ってくれるし、『るるグラス』のように新しく開発してもらう事もできるのだった。


 コウメイとの発明品のやり取りは、宅配で出来るのだが、地球での住所は郵便局の私書箱のような物なのだろうと梨沙たちは考えていた。そこから代理人が、火星かどこかにいるコウメイに取り次いでいるのだろうと見ていた。


『るるグラス』のアイデアは山瀬が出したが、その技術は完全にコウメイに依存していた。梨沙はもとより山瀬すら、どんな仕組みで『るるグラス』が人々に映像を見せているのか分からなかった。


 二人ともと言うか、『るるグラス研究所』自体がコウメイの技術を頼りにしていて、コウメイに開発を依頼している物がいくつかあった。


「何かしら? 早く開けてみて!」


 玄関から入って来るタカオに、梨沙は

 そう急かして、明海は事務机にカッターナイフを取りに行った。


 梨沙たちのいる所へ来るとタカオは、明海からカッターナイフを受け取り箱を開けた。中にはエアークッションシートに包まれた何かが入っていた。中身を傷つけないようにエアークッションシートを開くと、手のひらに乗るくらいの白っぽい円形の物があった。


「大きさも形も、ちょうどドーナッツみたいですね~」


 見たままを明海が口にした。


 箱の中には折りたたまれた紙も入っていて、タカオは手に取ると開いて見た。


「仕様書ですね。怪物のセンサーだと書いてあります」


「怪物のセンサ~? そんな物、どうしてコウメイさんが送って来るんですか~?」


 意外だとばかりに明海が言った。


「作ってもらうように、コウメイさんに依頼していたんですよ」


 タカオが明海に説明した。


「どうして~!?」


「ある方が便利だと思ったからよ」


「ネットカフェで出口さんを助けた時に、出口さんが使っていた『るるグラス』を、コウメイさんに渡したんです」


 明海に向かって梨沙とタカオは同時に言って、顔を見合わせて笑った。


「ほら、出口さんが明海さんに怪物の話をした時に、怪物が触手で『るるグラス』を取って、出口さんの顔に着けさせたって言ったじゃないですか」


 まだ出口が病院にいた時の事を、明美は思いめぐらせた。


「うん、言ってた~、触手の感触がどうだったとか、詳しく言ってたよ~」


 思い出して不快だとばかりに明海は言った。

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