第51話 事故物件
「AIスピーカー動いてるわね、お掃除もちゃんと出来てるようだし」
玄関から入って来るなり、梨沙はあちらこちらのスイッチを入れてみたり、細部のホコリの有無を見るなど、細かくチェックを入れた。
「推薦した手前、ガッカリさせたらいけないと思って、週末に電気系統の修理とお掃除をお願いしておいたのよね。
どお? 気に入ったかしら?」
梨沙に付いて二周目を回っている明海に梨沙が聞くと、明海は大きくうなずいて見せた。
「山瀬クン、ここに決めるよね?」
梨沙がそう言うので明海は期待の眼差しを山瀬に向けた。
「そうだね、断固として断るって理由はないね」
誰とも目を合わせないように窓の外を見ながら山瀬は答えた。
「そうだと思って家具も見繕っておいたのよね。持って来てもらうように連絡しとくわ。元のオフィスにある物も、そっくりそのまま運んでもらえばいいから、あなた達はこのまま、ここにいたらいいわね」
「ちょっと早いけど、お昼も買って来たの。このパン屋さん美味しいのよ。食べながら話しましょ」
手にしていた紙のバッグを示しながら梨沙は言った。家の中に家具がないので、庭にあった石のガーデンテーブルに明海とタカオがセッティングして昼食会が始まった。
芝生の庭の周辺には適度に庭木が配置してあって、道路や隣家からの目線はまるで気にならないように出来ていた。
「ここね、このヒルズ全体がね、ある『特別な役員』の所有なのよ。それで、その役員の趣味でこんな豪勢な住宅街に作っちゃったの」
誰に問われるでもなく梨沙は話しはじめた。
「なんか、誰の事か分かる気がする~」
明海にそう言われて梨沙は笑った。
「それで出来上がってみたら、アパートと低層マンションはともかく、戸建て住宅はまるっきり入居者がいなかったのよね、大きすぎて」
「確かに、大き過ぎですね。なんと言うか、掃除が大変そう?」
改めて建物全体を外から眺めながらタカオが言った。
「いや、そうじゃないよ~、これだけ広ければ、全部散らかすのに時間がかかるから、掃除の問題はないよ~」
「明海先輩、散らかると掃除は別の問題ではないですか?」
「しょうがないから全部社宅用に借り上げてるわけ」
明海とタカオのやり取りに笑いながら梨沙は話しを続けた。
「もしかして他も全部空き家なんですか!?」
タカオの言葉に梨沙はコロコロと笑った。
「いいえ、いいえ、私たちがずっと住んでますよ。ね、山瀬クン?」
どうも山瀬はこの話題に乗り気でない様子なのだが、梨沙は気にせず続けた。
「あと、作家の先生や文化人の方々に住んでいただいていたりね。
実際に、ずっと住んでるからよく知ってるけど、見掛け倒しじゃなくて、ちゃんと住みやすいのよ。だから、ずっと空き家だなんて勿体ないわ」
「どうして、ここだけ空き家なんですかね?」
真顔でタカオが聞いた。
「事故物件だからだって、社長が言った事があるけど? それで誰も入りたがらないって」
「事故物件~!? じゃあ、ここで自殺とか殺人とかが、あったって事~!?」
梨沙の答えに明海が大袈裟に反応してみせた。
「ああ、もう、そんな訳ないでしょう!? どうして建てた時から事故物件になれる訳!?」
イライラしたように山瀬が言った。
「建てた時から事故物件? じゃあ、一度も人が住んでないんですか?」
「そうなのよ、一度も誰も住んでないから、事故物件だって説明をする義務がずっとあるって、社長がいってたの」
冷静にタカオが質問し、真顔で梨沙が答えた。タカオと明海は改めて建物を見ている。
「山瀬クンは、本当に怖がりなのよね、『るるグラス』の試作品の時の様子見たら分かるでしょう?」
梨沙の言葉を聞いて、明海は合点が行った様子だった。コウメイから送られて来た『るるグラス』の試作品で
『るるグラス』で見えたという脳内映像の恐ろしさに悲鳴を上げて椅子から転げ落ちていた山瀬を、明海は思い出していた訳だが、その頃を知らないタカオはキョトンとして山瀬と他の二人の顔を交互に見るしかなかった。
「さて、私はこれから『START』編集室に行くわね」
昼食を済ますと、梨沙はそう言って出社して行った。明海たちがゆっくりと食事の後片付けをしていると、梨沙が頼んだという家具などが次々と届き始めた。
オフィスに使う一階の広いリビングやダイニングルームに置くソファーやテーブルセット、間仕切りなどの他に、二階の各部屋に置くロッカーや寝具など、そしてキッチンの食器類からトイレに置く物まで、細かな気配りがされていた。
午後の遅い時間になると、元のオフィスで使っていた物も運ばれて来たし、アルバイトの出口まで、梨沙に道を教えられてやって来た。
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