第47話 Exit

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 たすけて

 ネットカフェ xxxxにいる

 もう うごけない

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『c13』掲示板の『るるノベル』スレッドでその書き込みを見た瞬間、明海は突き刺さるような胸の痛みを感じハンドルネームを何度も見直した。


 Exitイグジット


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『るるノベル』やばい

 グラスしてない時まで

 何か見るようになった

 自分るる廃人か!?

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 Exitというのは数日前の日付でこの書き込みをしたまま書き込みが途絶えていた。『るるノベル』のヘビーユーザーで毎日いくつもの書き込みをしていたのに『るる廃人』か? と書き込んだのを最後に消えてしまったので明海は気にしていたのだった。


「ネットカフェ難民だったのか~」


 明るい展開は思い浮かばないシュチュエーションだった。いても立ってもいられず明海は山瀬に助けを求めた。


「室長~、Exitさんが~」


 山瀬はタカオにExitがいると言うxxxxというネットカフェを探させて明海と一緒にそこに行かせた。そして明海とタカオは想像もしなかった壮絶な状態の若い男を見つけた。


 自分で垂れ流した汚物にまみれ、とても汚れた状態で床に倒れていた男は『るるグラス』を掛けていた。男には辛うじて意識があり「Exitさん?」という呼び掛けにうなずいた。


「何日も、食べてなくて、動けなくなった」


 かすれた力のない声でExitは途切れ途切れに言った。


 タカオから現場の様子を聞いた山瀬は(行き倒れに出会うなんて)と途方に暮れたのだが「とりあえず救急車を呼べ」と言って病院に運ばせた。


 病院に運ばれたExitは全身を清潔に洗浄され患者服を着せられて、点滴が施され、流動食を与えられた。栄養と水分の補給がされるとExitは体力を回復して行った。


 ところが動けるようになるとExitはすぐにベッド横の物入れに置かれた、ネットカフェから一緒に運ばれていたExitの私物の中の『るるグラス』とスマートフォンを取り出し『るるキット』を見はじめた。


 Exitは一日中『るるキット』を見続け、体力の限界になるとスイッチが切れるように眠りに落ちていた。ネットカフェにいる時もこの調子で『るるキット』を見続け食事もせずにいたのだろうと思わせた。しかし病院では時間になると入院食が運ばれて来るので、空腹と脱水症状で倒れる事態にはならなかった。


 Exitの異常な行動は『るるグラス』に問題があるからなのかExit個人の問題なのか分からなかった。山瀬の判断でExitは脳波などの精密検査を受けたのだが、特別な異常は見つからなかった。しかしExitは食事の時もトイレに行く時も『るるグラス』を外さなかった。


「Exitさん、ひょっとして、こんなのが見えるんじゃない?」


 明海は自分が描いた怪物の絵をExitに見せた。天井に届くほど背が高く、頭部は丸く大きくて、胴体は無く脚の代わりに触手のような物がたくさん生えている。その何かが斜め上から人を覗き込んでいる、つたない絵だった。


「明海さん、なんで知ってるの?」


 差し出された絵を見ると驚いた顔で明海を見てExitは言った。


「私も見たのよ~。他の事しないで『るるノベル』しようよ~って言うんでしょう?」


 明海に言われてExitはコックリとうなずいた。


「だからって~、水も飲まず、ご飯も食べずに『るるノベル』見てたら、本当に死んじゃうよ~」


 そう明海に言われてExitはブルブルと顔を横に振った。


「無理だよ!! アイツに逆らうなんて出来ないさ!! 水を買いに行くんだ、トイレに行くんだと言ったって聞きゃしない!! あのヌメヌメでクネクネした触手で顔を押さえつけてグラスを無理矢理掛けさせられるんだよ!!」


 涙目で訴えるExitの言葉に明海は何も言えなくなった。クネクネと動く細長い物体、その表面で不規則にまばたきするいくつもの目玉。(それに顔を押さえつけられるですって~!? その感触がヌメヌメしてるだぁ~!?) 明海自身が正気を保てないと思った。


「僕、もう次の『るるキット』見なくちゃ。長く間を開けるとアイツが来るから」


 そう言ってExitは、自分で『るるグラス』を賭けて『るるキット』を見はじめた。


『るるノベル』室に戻った明海は山瀬に病院でのExitの様子を報告した。


「もう~、身体は回復しているし、脳の検査しても異常はないし、退院させない理由がないと病院側は言ってるんですよ~」


 明海の話を聞いて山瀬も困惑するばかりだった。


「回復したなら退院してもらって元の生活に戻ったらいいんじゃないの? 何が困るのかなぁ? ネットカフェの特殊清掃もしといたし、理由付けて入院費は会社で出すんだし、それじゃダメなの?」


 明海が見たという怪物を見ていない山瀬には明海の懸念するものが分からないのだった。


「Exitさん一人の生活に戻したら、きっとまたご飯食べずに『るるノベル』して、次は発見されないで死んじゃうかも知れないんです~」


 いつにない明海の勢いに山瀬は押され気味だった。


「Exitさんより前にも『るる廃人だ、何かが見える』って書き込みしたきり消えちゃったユーザーさんがいるって言ったじゃないですか~、あの人たち、きっと気づいてもらえないまま死んじゃったんですよ~!!」


 確かに明海の考えているような事態になっているかもしれないし、もしも明海の言う通りだとしたら問題になる可能性があると山瀬も思った。


「だからって何が出来るって言うわけ!?」


「なんとか理由付けて監視してください~! 一人で放り出したら死んじゃうんです~!」


 山瀬と違って明海はExitの身を心配していた。ずっと掲示板サイトで書き込みを見て来たのだから無理なかった。山瀬は深いため息をついた。


『るるグラス』のヘビーユーザーに変死が続いたら問題になるかも知れないが、『るるグラス』の問題なら、矢面に立つべきは山瀬ではなく麗華なのだ。山瀬が策を講じる必要はないとの思いがあった。


「幻聴幻視じゃないわけね?」


「そうです~、それは私もハッキリ見ましたから。脳の検査だって異常なかったじゃないですか~」


 山瀬は明海がExitに見せるために描いた怪物の絵をもう一度見た。山瀬は明海を信じないわけではなかったが、それでもこれは有り得ないと思った。


 と言うより、こんなものがいると考えると頭がおかしくなりそうだった。それが『るるグラス』に関連しているなんて(やめてくれ~!!)と思考停止なのだが、その一方では、もしもこんなクリーチャーがいるとしたら、それと遭遇した人物を手元に置いておくのも悪くないと考えていた。


 結局、Exitは『るるノベル』室でアルバイトをする事になり、近くの社宅に住むようになった。


「良かったね出口クン。ご飯も食べて、トイレも行って、『るるキット』たくさん見て、レビューしっかり書いてね!!」


 Exitこと出口が見てレビューを書くべき『るるキット』は次々に投稿されていた。明海はむしろアルバイトは出口だけでは足りないくらいだと思っていた。

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