第46話 c13

 ただならぬ様子で床に座り込んでしまった明海にタカオは駆け寄った。タカオの声で明海の様子に気がついた山瀬や他のスタッフも駆け寄って来たが、明海は顔を上げて気丈に言った。


「ごめんなさい、大丈夫です~」


『るるノベル』室長の山瀬は明海とタカオを会議室に呼んで、何があったのか話を聞いた。明海は最初こそ歯をガタガタさせていたが、やがて落ち着いて説明をはじめた。


「『c13』って言う掲示板サイトに『るるノベル』のスレッドがあるんでチェックしてるんですけど~、時々『自分はルル廃人だ』って書き込みがあるんですよね~。


 sns廃人、動画廃人、ゲーム廃人、ネットにハマってる人って珍しくないから、誰も相手にしないんですケド~」


 ===============


『るるノベル』やばい

 グラスしてない時まで

 何か見るようになった

 自分るる廃人か!?


 ===============


「これが、ついさっき見た書き込みなんですけど~」


 明海は自分のスマートフォンで『c13』の書き込みを見せた。明海から受け取った山瀬の手元をタカオが覗き込み、それぞれ自分のスマートフォンに同じページを表示させて、明海の話を聞きながら『c13』の『るるノベル』のスレッドを読みはじめた。


 日付けを見ると明海が示した書き込みは三日ほど前のものだが、この書き込みに対するレスポンスは付かないまま、他の書き込みに流されていた。


「今までもそうなんですけど『るる廃人』だって書き込みする人って、本当に廃人かって思うくらい『るるノベル』にハマってるヘビーユーザーなんですよ~。


 どの人も固定ハンドル持ってて、この人も固定ハンドルでしょ?


 熱心に書き込みしてくれてたんですよ~。見た『るるノベル』の感想とか『るるキット』のレビューとか次々と書き込みしてくれてたんです~。


 それが『るる廃人だ、何かが見える』みたいな書き込みすると、その後パタッと書き込みしなくなるんです~」


「それで?」


 冷静な様子で山瀬が先を促した。


「え~、さっきまでは、それだけの話だったんですけど~」


 ちょっと言い淀んでから明海は続けた。


「私も~、昨日から幻聴幻視があって~、ホラ、私はレビュー書くために、投稿された『るるキット』一日中見てるヘビーユーザーなので~」


 明海はおどけたように頭をかいてみせてから、深いため息をついた。


「なんか、強烈なの見ちゃいましたよ~」


 明海の異変の直前に会話もしていたし、一番最初に異変に気付いたので、明海が何を見てあんなになったのか気になった。


「私の説明の十倍怖いと思って聞いてくださいよ~」


 と前置きして明海はどんな怪物を見たのか説明をはじめた。


「あ~あ、私じゃなく茂辺地先生に現れていたら、もっと迫真の表現をしてくれたのに~」


 話すうちに、すっかり普段の様子に戻っていた明海はふざけたような事を言った。


「その怪物は『るるノベル』に出てくる物ではないんだね?」


 山瀬はやっとそれだけ言った。


「私は怪物の出てくるのは見ないです~。茂辺地先生のも見たいけど見てないんですよ、怖いから~」


『るるグラス』開発初期に試作品のテストで茂辺地原作のマンガを見た山瀬の驚きようから、『るるグラス』には表現の強さなどを調節する機能がつけられ、『るるノベル』と『るるキット』にはレーティングが付けられていた。「恐怖表現あり」「怪物出現」はレーティングの要素になっていた。


「それで『るる廃人』だって書き込みをしたヘビーユーザーたちも、明海先輩と同じ物を見たんじゃないかと?」


 タカオは明海の言おうとする所を先取りして言った。


「そうそう~、そうなの~、私はそれを心配してたの~」


 ===============


『るるノベル』やばい

 グラスしてない時まで

 何か見るようになった

 自分るる廃人か!?


 ===============


 その朝、ハンドルネーム Exitイグジットは『c13』にそう書き込んだ後、もう随分長い事住まいにしているネットカフェの個室から出て用を足して来ようと立ち上がった。その耳元でフガフガと空気の漏れるような音が聞こえた。


 ーーどこへ行こうって言うんだい? もっと『るるノベル』しようよ


 Exitの頭の中には、フガフガという不明瞭な音の意味が渦巻いた。同時に両肩の後ろからクネクネと動く細長い何かが伸びて来て、Exitの肩をグッと押した。


 恐怖に顔を硬直させたままExitは逆らうことも身を交すことも出来ず、そのまま座り直した。Exitを座らせると細長い何かは耳元でグフグフと不明瞭な音を出し続けながら、Exitの前のPCデスクの上をまさぐっていた。


 ーーもっと『るるノベル』しようよ


 Exitの頭の中では背後の怪物が発するグフグフと言う不明瞭な音の意味がグルグル回り続けている。PCデスクの上をまさぐり『るるグラス』を探り当てたクネクネと動く何かは、つかんだ『るるグラス』をExitの顔の前に持って来て掛けさせた。


 ーーもっと『るるノベル』しようよ


 耳元ではグフグフと不明瞭な音が続いている。Exitは諦めた表情でスマートフォンを操作して『るるノベル』のサイトを開いた。『るるキット』投稿ページから未だ見ていないキットを選ぶと、同時にExitの背後から伸びて来ていた細長い何かはフッと消えた。


(自分マジ『るる廃人』だ)


 Exitは無気力な表情で『るるグラス』越しにネットカフェの個室の壁を眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る