第三章 コズミック ホラー
第44話 ノヴァ
宇宙は広大で悠久に終わりはなく『我ら』には成すべき事はなかった。ただただ広大な宇宙を漂い時がゆっくりと過ぎて行くのを見送るばかりだった。
ある時は『我ら』の存在を細かい粒子に分解させ超新星爆発が放つ重力波に乗せて宇宙の隅々にまで拡がって行くのを感じていた。
出会う物体の全てを通過して行く重力波と共にその感触を楽しみ、同時に可視光線が重力波の作り出したうねりの縁を移動して行くのを眺めていた。
あの可視光線に意識を集めて光と共に重力波のうねりに沿って宇宙を進んで行くのも悪くないのだが、今はこのまま宇宙に拡がって行く感覚を楽しもうと思った。
密度を薄めて宇宙一杯に拡がっている『我ら』を構成する粒子たちが次々と通過して行く太陽を白色矮星をそしてブラックホールの感触を比較するのだ。特別な意味はない。ただ触れて、ただ感じているだけ。それ以上に『我ら』には成すべき事はないのだった。
そうして悠久の時を楽しんでいると、どこかでヒトの意識を通過するのを感じた。宇宙の彼方で超新星の爆発により発生した重力波が、ついに遠く離れた地球にまで到達したのだった。この宇宙にヒトの住む所は地球以外になかった。
それでヒトという存在を思い出した『我ら』は広大な宇宙一杯に拡がって行った我らを一瞬にして地球の近くに収縮させた。表層にヒトを住まわせている地球だ。
ヒトの住む地球。
満々と水を湛えた青い地球は美しかった。遠くから見て美しく、どこか一箇所にポイントを絞って見れば驚くほどに趣きがあり、朝と夕では別の表情を見せ、春夏秋冬のうつろいもよく、たとえ何億年もの間地球にいるようになったとしても見飽きる事はないだろう。
独立した自我を持つというヒトもユニークなのだと言うが、しかし残念な事に全てのヒトは穢されてしまっていた。地球がいかに素晴らしく魅力的だと言っても穢されたヒトには我慢がならなかった。
ヒトはモヤモヤとした瘴気に包まれているので遠くからは正体がよく分からなかった。近くに寄ってみるには瘴気が余りにも不快だった。
不快な思いをしてまでヒトを知ろうと思わなかった。ヒトの詳細に関心が湧かないのもあるだろうが、それ以上に宇宙には他に見るべき物があると言うのがその理由だった。
再び宇宙の別のどこかへ行こうと思っていたのだが、ふと違和感を感じた。この地球圏には『我ら』の密度が常になく濃い事に気がついたのだった。
「いったい、こんな穢されたヒトの住む地球に集まって何をすると言うのだ?」
誰にともなく言った。
「穢されたヒトが新たな能力を持つようになったのだ。それでヒトの作った人口の夢を瘴気に近づく事なく『我ら』も見られる。面白いぞ」
限りなく拡がり限りなく小さくなれる『我ら』の混じりあった意識の中から答える者があった。
「ヒトの作った人口の夢を瘴気に近づかずに?」
「説明を聞くより見てみるがよい。人口の夢を見ているヒトをよく見るとすぐに分かる」
それでヒトのいる地球の表面近くまで意識を降ろしてみた。ヒトの様子をよく見れば分かると言う通り以前と異なる様子のヒトが、全てではなかったがチラホラといた。
全身をモヤのような瘴気に包まれながら、その瘴気を突き破り何かを放出している。何を放っているのかと思い、それに触れてみると何かが怒涛のように『我ら』の中に流れ込んで来た。
それは復讐と成長の物語だった。
『我ら』は理解できなかった。冒頭に現れる悪意は凄まじい物だった。味あわされた悔しさと絶望は限りがないように思えた。みずからの存在が粉々になってしまう程だ。それなのに、なぜ怒りが発動しない。なぜストレートに破壊しないのか。
なぜ裏切りに対する怒りが成長のエネルギーになるのか。そして最後になぜ清々しいほどの感覚が残るのか。こんなに複雑に感情をもてあそんで最後に満足感を与えるものはどこから来るのか。
あの瘴気に包まれた穢されたヒトの分際で。
不快な思いの湧き出る理由は、ほぼこの一点だった。宇宙で一番美しいとは言っても宇宙全体と比較すれば、ほんの一粒の砂つぶのように小さい地球の上にへばりついている存在でしかないのに。
地球上を薄く包んでいる空気の層の中でしか生きられない、宇宙はもとより水中ですら生きる事の出来ない不自由でちっぽけな生命に過ぎない穢されたヒトに、どうしてこんな物を見せられて、それに対してなぜ『我ら』はこんなにも内部をえぐられるような苦しい思いを抱かされるのか。
『我ら』は宇宙と共に存在する物だ。穢されたヒトごときに苦しめられるはずがないのに。
そもそも何故、瘴気に閉ざされた穢されたヒトの分際で、瘴気を突き破りその頭蓋骨の中に生まれたイメージを宇宙に向けて放つ能力を新たに持つようになったのだ。
何もかも有り得ない事で、際限なく不愉快で、とても認められない出来事で、そして『我ら』はこの場に釘付けになっていた。
『我ら』は穢されたヒトの放つ人口の夢から離れられなくなったのだった。
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