第41話 かすめ盗る
『START』編集室の談話コーナーで渋い表情をして明海はテレビを見ている。怪我が回復して出社した野呂はチラチラと視線をそらしながら明海とテレビを交互に見ていた。タイミングよく編集室に居合わせた根津は、ワイドショーによって自社の動きを知ることになった。
「美味しいところだけ持ってっちゃって~」
テレビにはいつも以上に着飾った麗華が映っていた。その顔には派手なサングラスを掛けている。『るるグラス』麗華スペシャルだ。
「そーお? 記者会見って、そんなに美味しいかしらー?」
梨沙はどうって事ないという風だった。なので明海は代わりに怒っているのだった。
「センスないデザイン!!」
『るるグラス』のデザインは梨沙のこだわりによって有名ファッションデザイナーに依頼される事になっていたのだが、もちろんテレビの中で麗華が掛けているのは、有名デザイナーでなく麗華による物である。
『るるグラス』のCMコンセプトは『人前で見るな!!』なのだけど、『るるグラス』そのものは装着しているのを人に見せたくなるアイテムでなければダメだと、梨沙は言ったのだった。
『るるグラス』のイメージキャラクター『るる』は『START』のマンガ家ではなく、人気イラストレーターによって描かれるはずだった。
女性向けマンガ誌『START』が企画して商品化したエンターテインメント ツール『るるグラス』なのだが、そのコンテンツは『START』掲載のマンガに限らず、どんなジャンルが参入して来るか分からなかった。
なので普遍的に受け入れられるキャラクターになるように造ろうと言っていたのだ。
「す~っかりモデル気取りね~」
『るるグラス』を掛けた麗華はテレビカメラの前で次々と気取ったポーズをして見せている。
麗華を取り囲んだ記者たちに質問されて麗華は『るるグラス』の説明をするのだが、まったく要領を得なかった。
「何回言わせるのよ『るるグラス』はね網膜に映すの、普通そうでしょう、何をって、何でもよ!!
そんな事よりアタクシが作った『るるグラス』とアタクシを綺麗に撮りなさいよ!!」
「あ~~~サイテ~~~」
明海は頭をかきむしって焦れったがった。
「『るるグラス』について語ることなら、いくらだってあるのに、あんな言い方して~。せっかくの露出のチャンスだったのに~」
ところが明海の嘆きとは反対に、その日のうちにインターネットには麗華の動画が飛び交いはじめた。
ーー『火星人ルル』が帰って来たwww
以前にほんの一時バズって、ある日を境に跡形もなく消えてしまった『火星人ルル』を人々は忘れていなかったのだ。記者会見での麗華の様子を加工して作られた動画が作られ、ひとつがウケると次々とバリエーションが作られsnsのタイムラインを騒がせて行く。
以前の『火星人ルル』と大きな違いがひとつあった。
前の『火星人ルル』は色々な内容を語っていたのだが、いったい何を『買いなさい』と言っているのか結局分からなかった。
それに対して、今回の記者会見での『るるグラス』は、麗華の様子を伝えるテレビのワイドショーが取材して解説している事であった。
「これでいいのよ。麗華は『るるグラス』の責任者なんだから」
「でも~、麗華さん、自分が作ったって言ってますよ~? コウメイさんと『START』編集室で作ったのに~」
何にもしてない麗華がそんなポジションになるのか、明海は納得できなかった。
「あのね、誰が作ったかよりも、どうやったら効果的に広報が出来て人々に知られて、買っていただけるかの方が重要なのよ。
ネット上で『火星人ルル』現象があったから、一回の記者会見で終わらずに、地上波テレビのワイドショーで毎日話題にしてもらえてるじゃない?」
「確かにそうですけど~」
ひとつの出版社内で大物ぶっていただけで何の実績も持たない謎の人物だった麗華が、今ではネットを飛び出て、全国放送での謎のキャラクターになっていた。
「それでも麗華さんが掛けてるのなんか、買いたいと思わないです、デザイン的に~。アレ売るなんて~、あんなパーティグッズみたいなの~」
いくら『火星人ルル』がネットで人気でワイドショーで騒いでると言っても無理だと明海は泣き言しか言えなかった。
「でしょ? 当然よ!!」
梨沙があっけらかんと言うので明海は、その意味が分からずにいた。
「だから、こちらのプランも全部やるのよ」
「えっ!?」
「ファッションデザイナーが作った『るるグラス』も販売するし、イラストレーターが描いたキャラクターでのキャンペーンもするわ。こちらのやりたい事は全部やっていいのよ。その上『火星人ルル』の人気も利用できるの」
水面下でコレを仕組んだのは山瀬だった。梨沙も知らない所でコウメイに囁いたのだった。
「あのさ、『るるグラス』の開発費はコウメイが持つって言ってくれたけど、それ、誰かが出してくれるなら、その方がよくない?」
『START』編集室でのホットライン会議で『るるグラス』のプランの大筋が決まって来た頃に、山瀬はコウメイへのプライベートホットラインでそう言った。
「そりゃ、出してくれる誰かがいるならね?」
「いるよ。バカスカ金使うのに躊躇のない人がいる」
そう言いながら山瀬は表情を崩すまいとしていたのだが口元に笑いが出て、どうしようもなかった。
「麗華にホットラインしてさ、『るるグラス』を売り込んでごらんよ。なんなら『るるグラス』の企画開発室を新設すると社長に宣言しに行けって、麗華を焚き付けてみてよ」
コウメイは山瀬の提案の通りに動いて、その着陸地点として麗華が『るるグラス』麗華スペシャルの記者会見を開く事になったのだった。
「これからも麗華には、もっと露出してもらうよ。メディアに麗華が派手に取り上げられるほど、『るるグラス』は延びるんだよ」
コウメイからも梨沙からも、なぜ麗華に手柄を持って行かせるのかと聞かれると、山瀬はそう答えていたのだった。
「中身があろうと無かろうと麗華が大物になる程に、僕は自由になれるんだ」
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