第40話 覚めて見る夢
「じゃあ、最大の問題はホラーが怖すぎって事ね?」
大体の所が決まって来るとコウメイがまとめに入った。
「茂辺地先生原作のを見たのが僕だけなので、何とも言えないけれど」
と山瀬が言う。
「見たって言っても途中まででしょう?」
「副編集長のあの様子を見ちゃうと~」
「ちょっと手が出せないわねぇ」
梨沙と明海は口々に言った。
「『リアル過ぎる恐怖』っていうのは『るるグラス』の売りのひとつになるって考えているのに、こうまで敬遠されるのは、逆にショックだよ」
自分がデモを見ていた時の様子を見ての梨沙たちの反応なだけに、山瀬はお手上げという感じだった。
実際、茂辺地原作『暗闇』のストーリーを見ている時に感じた恐怖は普通じゃなかった。しかし、後になって思い出してみるとそれは怖いと思った記憶でしかなく、あの怖さそのものは感じられないのが少々不思議と思っていた。
「フゥム」
コウメイは長く呻吟した後に話はじめた。
「これ企業秘密なんだけどね、『るるグラス』で網膜上に映してるのって静止画だけなのよ。
詳しくは教えないけどさ、感情の領域を刺激してストーリーに合わせて喜ばせたり悲しませたりスリルを味あわせてるわけ。あと、『思い出補正効果』みたいな脳の仕組みを活性化させて脳内でアニメーションさせたりさ」
コウメイが説明するのを聞いて山瀬は「あっ」と思った。しかし、いち早くそれを言葉で言い表したのは梨沙だった。
「脳の仕組みで見てるですって? そう言えば、なんだか眠って見る夢みたいな雰囲気だった気はするけど?」
デモを体験した感覚を梨沙はそう言い表したのだが、山瀬もそうだと思った。あれは夢と気付かず悪夢を怖がっている時の感覚だ。ハッキリと目覚めた後では、それほど怖いと思わない事が多い。
山瀬は悪夢もよく見たし、金縛りにも苦しめられて来たのだが『るるグラス』で感じた恐怖は金縛りの感覚にも似ていると思った。
夜中にふと目が覚め「来る」という前触れの感覚があって、その後ズン!!と身体が動かなくなる感覚、それと同時に周囲の空気が変わり、このままずっと身体を動かせないのではないかという恐怖心に包まれてしまうのだ。
そして、はじまる時と同様にスイッチが切り替わったように突然動けるようになり、自分を取り巻く空気が一瞬に変わる感覚。どれを取ってもそっくり同じかも知れないと思った。
「で、その人ごとに生きてる世界が違うからさ、同じストーリーでも感じ方が微妙に変わって来るのよ」
「じゃあ~、ひょっとして同じ人が同じストーリーを見ても、その時期によって変わるとかも~?」
「それもあるね」
「でさ、山瀬チャンが『暗闇』のストーリーで尋常ではない恐怖を感じたなら、それって山瀬チャンが抱く恐怖が引き出されたって事だからさ」
山瀬は心当たりがあるという表情をした。
「つまり、それってトラウマって事ね」
と梨沙が言った。
「そう、だからレベル設定とかパラメータとかで調節できるように改善するけどさ、トラウマが刺激されたり元々怖さを感じる領域が鋭敏な人は危ないってのは変わらないわけでさ。
これ、ホラーだけじゃなくてサスペンスやスリラーでもドキドキが過ぎてしまう人ってのはどうしても出てくるのさ」
コウメイはやや歯切れ悪く言った。
「じゃあ~、『ホンコワ』動画みたいに注意書きをズラ~~~ッと書き連ねるとよくな~い?」
タイムリーな事に数日前、サブカルに強い根津から仕入れていたネタを明海は言った。
「『るるグラス』で具合が悪くなったら、直ちに映像を止めてくださいって~?」
「正直、それしかないわな。あと、AIにモニターさせといて、どんな感情にしても一定のレベルに達したら強制終了するって安全装置もつけてね」
「その注意書きが逆にホラー好きな人の興味を惹くのかも知れないわね。あれは『見るな』と言うメッセージとしてあるのじゃなくて『本当は見たいんでしょ』って意味だわ。
本当の怖がりの人はそんな注意書きのついているホラーは最初から見ないんだし、見込み客である『怖いけど見たい、でもヤッパリ怖い』って揺れてる人たちって、注意書きを繰り返し読みながら結局見るのでしょうね」
「あの注意書きって絶対に興味を持たれるように考えて作ってありますよ~」
「『るるグラス』が眠って見る夢に似てるなら、睡眠中の夢は良い夢も悪夢も自分の都合で見れないでしょう? 自分で選んで見たい時に見れる『るるグラス』の夢って良いと思うわぁ」
梨沙も明海も自分で茂辺地原作のホラーを『るるグラス』で見るかは分からなかったが、見たい人は多いだろうと思っていた。
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