第39話 脳の中の嵐
椅子から転げ落ちそうな様子で絶叫していた山瀬が、まるで寝ぼけた子供のようにポカンとしたり目をパチクリしているのを梨沙は困惑した表情で見ていた。
「ああ、これは、何と言うか、モード設定とかパラメータの調節みたいなのが必要だね。強烈過ぎたよ」
山瀬はホットラインのコウメイに対して言っているのだが、梨沙と明海にはVR映像のコウメイが見えないので、まるで山瀬が夢の続きでうわ言を言っているようにしか見えなかった。
「副編集長~?」
野呂が錯乱した時の記憶が蘇ったのか、明海は不安そうでさえあった。
「山瀬クン? どういう事なの?」
おそらくホットラインのコウメイからも何かを言われているのだろう、山瀬は空中に目を泳がせるようにしていた。その様子はますます異様に梨沙たちの目に映っていた。それを察した山瀬は、まずこの状況を整理しなければと思った。
「ああ、このままじゃダメだね、ちょっとそのままで待っててくれる?」
山瀬はそう言うと壁際のロッカーを開けコウメイが以前に宅配で送って来た箱を取り出した。中には簡易VR映像とホットラインのツールが入っているのだ。
山瀬は梨沙と明海にツールを渡して使い方を教えた。やがて二人のスマートフォンもホットラインが通じるようになり、VR映像のコウメイが見えるようになった。
「ハイ、お二人さん、VR会議にようこそ」
VR映像のコウメイは言った。
「VR会議?」
「いや~、副編集長までおかしくなったかと焦ったじゃないですか~」
梨沙と明海を談話コーナーに誘導しながら二人のスマートフォンにスタンドなどのツールを繋げ準備する山瀬に対して、二人は口々に言った。
「山瀬クン、さっきのギャーっも、このVR会議のせいだったの?」
「えっ、このVR映像、危ないんですか~!?」
やはり明海は麗華の動画を見るうちにおかしくなった野呂の事が頭から離れないのだった。
「いや、そうじゃなくて」
どうやって説明したら良いのかと山瀬は途方に暮れていた。
「お二人にも見てもらった方が話が早いでしょ?」
面白そうにやり取りを見ていたコウメイが言うので、山瀬は受け取ったばかりの
「網膜上に直接動画を映すグラスだよ。『START』に掲載したマンガをデータ化したデモがいくつか入っている。掛けるとメニューが見えるから好きなのを選んで」
「茂辺地さん原作のは選ばない方がいいですよ」
梨沙たちに説明する山瀬の様子を愉快そうに眺めるコウメイはイタズラそうに言った。
「うん、茂辺地先生のはやめた方が身のためだよ。マジで何とかしないと事故続出になっちゃう」
山瀬は真顔で言った。
「さっきの山瀬クンみたいに危なくなったら強制終了してあげるから心配しないで、心行くまで楽しんでね~」
涼しい顔でコウメイは言った。
明海はギャグ漫画を見ているのだろうかケタケタ笑い転げはじめた。梨沙はアクションマンガを見ているようで真剣な表情で小刻みに身体を動かしていた。アクション特撮の女性戦士とか美貌のヴィランが出来るのじゃないかと思うくらい動きのキレが良かった。
相次いで見終わったようで梨沙も明海も満足そうな笑顔になった。
「何コレ、凄いじゃなーい!!」
「ギャグ漫画、サイコー!! ね~ね~、もっと見てい~い?」
山瀬の狙いを知りたい梨沙は切り上げたが、明海は別のデモを見はじめていた。二番目は悲恋のラブロマンスを選んだらしく、程なく明海はグスグス泣きはじめた。
「これ新しいエンターテインメントなのは分かるけど、これでどうするつもりなの?」
梨沙は冷静に詰めはじめた。しかしコウメイは山瀬の提案に乗っかっただけなのだ。そして山瀬にはおぼろげなヴィジョンはあったが具体的な計画がある訳ではなかった。要するに二人とも山瀬にアイデアがありコウメイに技術があって、作れるから作っただけだった。
「『START』誌とこのグラスは別に販売したらいいよ。グラスの初期状態に『START』誌のマンガをプリインストールしておいてウェブサイトのリンクも入れたら『START』誌の読者以外も誘引出来るでしょ」
VR映像の視覚効果と話術だけで集客して、火星移住者の技術で作ったという発明品を地球人に販売するのを生業とするコウメイがスルリとプレゼンをはじめた。
「『START』誌の方でする事は。まず、グラスの宣伝記事の掲載。次に掲載マンガの各話データを作ってウェブサイトにアップロード。そして誌面にはQRコードを印刷しておくの、スマホで写せばデータに繋がれるから。回し読み対策として読み込み回数の制限もね」
梨沙は関心を持った様子だった。
「読者の体験談も記事にして載せたらいいね。snsでも流して」
山瀬も言う。
「ネット以外でもCM流して露出させたらいいわね。『決して仕事中に見てはいけません』ってコピーでね」
と梨沙。
「『人前で見てはいけません』」
二本目を見終わった明海も加わった。
「ぐふふっ、それじゃ何時なら見れるのよ」
おかしくてしょうがないと言う様子でコウメイが言った。
「だから良いのよ」
梨沙も乗り気だった。
「『火星人ルル』みたいなのがいいで~す。ルルが『通勤電車で見てはダメ』って言うと『じゃあ何処で見るんだよwww』とかってツッコミの字幕が何行も流れる~」
「じゃあ商品名は『るるグラス』だね」
こうしてブレーンストーミングは進んで行った。
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