第34話 ロミオメール

「ノック ノ~ック~」


 パーティションで仕切られた野呂のスペースの入り口で明海はドアをたたく仕草をしながら言った。


「はーい、なんですか? 明海さん?」


「ネコ田先生からのお土産で~す」


 アトリエ事故から復活して連載を再開したネコ田は編集室からお祝いの旅行をプレゼントされていた。そのお土産のお菓子だった。


「はい、ありがとう」


 見た事のない絵と文字と色彩で装飾された外装のお菓子を受け取ると野呂は自分のマグカップの横に置いた。几帳面な野呂のデスクはいつも整頓されていて、物を置く場所は決まっていた。


 大きなデスクの端の空きスペースに野呂のスマートフォンが置かれているのに明海は気付いて(あれ?)と思った。野呂が座ってパソコンに向かっている位置から遠くて不便そうだと思ったのだ。


 その視線に気付いた野呂が口の前に人差し指を立てるので、明海は(あれ!?)と言おうとしていた声を引っ込め、野呂と野呂のスマートフォンを交互に見た。ボリュームを小さくしてあるスマートフォンからは人の話す声がしている。通話中だったのだ。


「ーーだからね、もう野呂さんも気付いているでしょう? あなたが後悔してるのアタクシ良く分かっているのよ。あなた気が付かない振りをするかも知れない、強がり言って、でも、それ、後悔なのよ。アタクシが教えてあげる、それが後悔という感情なの。野呂さん、アタクシ怒らないから、アタクシの元に戻っていらっしゃいーー」


 明海が聞き耳を立てると小さく聞こえて来るのは甘ったるい作り声だったが、麗華の声のようだった。


(え!? ロミオ電話!?)


 何か言いたげに口をパクパクさせる明海に向かって野呂は口に人差し指を当てる仕草を繰り返して、絶対声を出すなと伝えてから、パソコンの画面にLINEアプリを出して明美に何かを送信した。


 着信音がしたので明海がスマートフォンでLINEを開くと野呂が送ったのは野呂のメッセージではなく、誰かから来た内容を転送して来たのだった。それはすごい長文で、まさしくロミオメールに他ならなかった。


 うっかり声を出しても良いように野呂のデスクを離れて明海はそのロミオメールを読みはじめた。いや、差出人は麗華なのでジュリエットメールと言うべきなのだろうか?


 明海が一通目を読んでいる間に野呂は次々と麗華からのメールを転送して来た。どれも長文なので読んでも読んでも終わりが見えなかった。


 ロミオメールとは復縁を迫るかつての交際相手や元夫から送られて来ると言う物で、明海はロミオメールのまとめサイトでしか読んだ事はなかった。


 斜め上からなだめすかせて丸め込もうとする物や、法律やモラルを振りかざして萎縮させようとする物、ただただ自分の怒りをぶつけたり、泣いて泣いて罪の思いを植え付けようとしたり、罵詈雑言を書き連ねる物など、野呂が転送して来たメールにはありとあらゆるパターンが網羅されていた。


 明海が数多くの麗華のメールを読んでいる間に、麗華からの電話も終わったようで、野呂も明海のいる談話コーナーに出て来た。


「なんで? なんで!? 麗華さん、野呂さんにロミオメールなんか送って来るんですか~!?」


 今まで声にしなかった分を明海は一気に質問しまくった。


「うーん、変わった人だからねぇ、麗華さん」


 そう言って、しばらく沈黙してから気が付いて野呂は言い足した。


「あっ、個人的な付き合いは一切ないですよ? あれ、たぶん、他の辞めちゃった人にも送ってるはず」


「あんなに沢山いつ来たんですか~!?」


「あれで全部じゃないですが、一時に来たのではなくて、だんだんと貯まったんですよ。まぁ、多い時で1~2日に一回くらいずつですかね?」


 あの長文を二日おきに、野呂以外の辞めた者達にもメールしたり電話したりしてるなんて、どれくらいの時間を投入しているんだろうと明海は思った。


「麗華さんヒマなんだ~。他にやる事ないんでしょうかね~? 趣味とか~? 友達とか~?」


 無邪気に言う明海を野呂が生真面目で薄紙で包んだような厳しさを隠した優しい表情で見返していた。明海は背筋にヒヤリとした物を感じた。


「野呂さん、番号変えた方が良くないですか~!?」


「私は会社に、というか『START』に残ったでしょ、電話もLINEも通じなくしたら、編集室に突撃されるかも知れないし、電話は聞き流して長文LINEは本気で読まなきゃいいだけですよ」


「野呂さんったら大人対応ですね~

 神経削られませんか~?」


「多少は削られますが、でも、電話もLINEもスマホから飛び出しては来ませんので」


 野呂がそう言うので、確かにその通りだと明海は思った。


 同じに聞こえる言葉で表現している、その本当に示そうとする意味が、それぞれの体験して来た事象によって、どれほど大きくズレて行くものか、この時の明美は想像もしていなかった。


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